#48 京浜東北線走行音収録 後編
元気になったので、快速大宮行きで大宮に戻ろうと思う。次は、最高の環境で録れるといいな。そう思いながら、車内に入る。
大船を発車すると、電車は京浜東北線の線路と別れる。電車は根岸線内をのびのびと走る。
磯子辺りまでは乗客はかなり少ないのだが、関内あたりまで来るとどっと乗ってくるようになる。桜木町でもたくさん乗ってきたので、「おっと……?」と思ったが、横浜で乗客の多くが降りた。幸い、横浜からはそんなに乗ってこなかったので、車内は再び空いた。空気が入れ替わった車内の中で、ひとまずほっとする。
電車は直線区間を快走しながら、東京方面へと向かう。駅に発着するたびに、車内に響き渡る三菱GTO‐VVVFの音。小さい頃は、いや、今もそうだが、この音を聞くと、「東京に来たな~」と思ったものだ。
川崎を過ぎると、ちょっとした緊張感が出てきた。そう、本日二度目のMD交換タイムが近づいているのだ。
余談だが、僕は七十四分用のMDと八十分用のMDだったら、迷わず八十分用のMDのほうを買う。八十分用のほうが割高なのに、なぜそっちを買うのか。それは、走行音を録るとき、七十四分用だと収まりきらないのに、八十分用だと収まりきることがよくあるからだ。
例えば、今乗っている京浜東北線の大宮~蒲田間は七十五分以上かかる場合があるし、中央・総武線の津田沼~三鷹間は七十五分前後かかる。それに、常磐緩行線・地下鉄千代田線の我孫子~代々木上原間の所要時間は七十六分だし、常磐線の上野~土浦間も、七十五分以上かかる列車がある。わずか数分のためにディスクを交換するのも面倒なので、七十四分用ディスクと八十分ディスクの差額は、「ディスクを交換しなくていい代」だと思っている。
さて、蒲田に到着した。さっきと同じように、ドアが開くと同時に録音をやめてディスクを取り出す。すぐに新しいディスクをプレーヤーに入れ、そのディスクを読み込んでいる間に、録音済みのディスクをしまった。発車メロディーが始まる前に、無事録音を再開できた。
品川を過ぎ、田町に到着した。ここから先、田端までは、『雲を友として』が多く使われている、いわば「『雲友』ゾーン」だ。好きな曲なので長く鳴ってほしかったが、田町では七秒ほどで切られてしまい、その次の浜松町でも五秒ほどしか鳴らなかった。
浜松町から先は、田端まで快速運転をする。ただ、快速運転といっても、カーブが多く駅間も短いのでそんなにスピードは出さない。次の東京に到着すると、『JR‐SH5』の発車メロディーと一緒に乗客がたくさん乗ってきて、車内は混雑した。
そのまま上野まで車内は混み、上野で半分くらいは降りた。鶯谷、日暮里、西日暮里と通過し、電車は田端に到着だ。この電車で『雲を友として』を聞ける最後のチャンスである。
(鳴ってくれないかな~)
そう思いながら曲が流れだすのを待っていたが、期待むなしく、発車メロディーは四秒で切られてしまった。ここまでの最短記録だったので、さすがにがっかりした。
赤羽から先は乗客もぐっと減り、モーター音を堪能できるようになった。荒川を渡り、電車は埼玉県に入った。
川口、西川口、蕨(わらび)と、電車はVVVFの音を響かせながら、順々に停まっていく。「ウァ~ン←、ウワァ~ン←、ウワァァ~ン←、ウォ~ン←」という特徴的な変調音が、本当に癖になって心地がいい。たまに、宇都宮線や高崎線の列車に颯爽と抜き去られていくのもまた一興だ。
南浦和を過ぎると、いよいよラストスパートという感じがしてくる。浦和からさいたま新都心までは、今年の四月に変更された『希望のまち09』が発車メロディーに使われている。今までにない印象のメロディーだったので、変わったときには驚いたが、今ではだんだん慣れてきた。最近は、どんどん新しい曲調の発車メロディーが増えてきていると思う。
そして、終点の大宮に到着だ。途中、少し話声が入ったり混んだりはしたものの、全体的にはまずまずのいい環境で録ることができたと思う。百点満点中七十点くらいだろうか。
ホームに下りる。そろそろお腹が空いてきたので、お昼にしようと思う。京浜東北線のホームをぶらついていると、駅そばがあったので、そこで食べることにした。
(へぇ~、駅そばでラーメン食えるんだ~)
僕は、メニューの中に「佐野ラーメン」があるのを見つけた。駅そばならぬ「駅ラーメン」だ。面白そうだったので、僕はそれを頼むことにした。
店員さんに食券を渡すと、数分してからラーメンが出てきた。醤油ベースのスープで、麺の上にはチャーシュー、なると、メンマ、そしてネギと海苔が乗っていた。見た目はとてもしっかりとした、まさにラーメン専門店のそれで、駅そばとは思えないクオリティだ。さて、味はどうだろうか。
口に運ぶと、まず出汁のきいたスープの香りが口の中に広がった。そのあと、もちっとした麺を噛んでいく。これは美味しいぞ。
どんどんと箸が進み、ぺろりと完食することができた。立ち食いそばでラーメンを食べるのは初めてだったので、なんだかすごく新鮮な感じがした。味は二重丸だったし、店員の接客も、ものすごくよかった。僕は去り際、店員さんに「美味しかったです」と言って店を出た。大宮駅で食事をする機会があったら、ぜひまた来ようと思う。
体も心も満たされて、二往復目。ホームに停まっていた大船行きに乗り込んで、いざ録音開始だ。
本日二回目の、大宮駅の『希望のまち09』が流れ、大宮を発車する。一本目では、子供の話し声で走行音を台無しにされてしまったので、次こそはよく録れてほしい。
大宮から十分ほどで、一本目の嫌な記憶が残る浦和に到着した。着いたとき、また子供が乗ってきたら……、という不安に駆られたが、幸いそんなことはなく、平和に浦和を発車した。思わず少しほっとする。
心地よいモーター音、温かい車内、そして満腹感……。電車の揺れも加わり、僕はだんだんと眠気を感じてきた。今日は走行音の収録だ。放っておけば、マイクとMDが記録すべきものは全部記録しておいてくれる。やることもないし、このまま寝てしまおうじゃないか。僕はそう決めて、袖仕切りに寄りかかって目を閉じた。こうやっていると、電車の音だけが自分の頭の中に入ってきて、まるで最高音質の走行音を聴いているかのような気持ちになる。
川口、赤羽、東十条……。この辺りまでははっきりと覚えているのだが、そこから先は意識が飛んでいて覚えていない。ふと気がついて目を開けてみると、もう田町まで来ていた。「ああ、よく寝たな」と思いながら、体を伸ばす。209系の硬い椅子で、よくここまで快眠できたものだと思う。さては疲れてきているな……?
品川で少し停車した。冷たい空気が車内に流れ込んでくる。その空気のおかげで、『春』を聞くころには完全に目が覚めていた。
蒲田で恒例のMD交換タイムがあったが、今回も難なくディスクを替えることができた。これで六枚目、ものすごい勢いでディスクが消えていく。一枚あたり120円で買ったから、六枚で720円……、おっと、考えるのやめよう……。
川崎からは少し乗客が増え、車内は少し賑やかになった。でも、声がはっきり聞こえるレベルではないので、このくらいだったら気にならない。
そんな乗客たちも、東神奈川や横浜、桜木町で降りていった。同じ列車にずっと乗っていると、だんだん人間観察をしたくなってくる。京浜東北線は乗客の入れ替わりが多いので、なかなか面白い。
人が減って、モーター音に聴き入る。終点の大船までは、あと十五分ほどだ。車窓を見ながら、「丘の上に建ってるあの家に住みたいな~」なんて考えるが、「きっと値段高いんだろうな~」とも考える。ほんと、のんびりしてていい気分だ。
そして大船に着いた。ひとまずホームの端に行き、車両の顔を撮る。それが済むと、今度は自販機に行って、飲み物を買い足した。体が疲れたといえば疲れたが、さっさとこの「作業」を「片付け」たくなってきたので、折り返し、同じ車両で録ることにした。
『Water Crown』の低音バージョンが流れだした。さっきは十番線発だったが、この電車は九番線発なので、同じ『Water Crown』でも、別バージョンのものが聞ける。このバージョンは使用駅が少なめなので、標準バージョンに聞き慣れていると少し変な感じがする。
軽やかなジョイント音を立てて、電車は大船を発車した。行きは関内辺りから乗客が増え始めていたが、時間帯のせいか、さっきよりも乗客の増え方は穏やかだ。ただ、都内に入ってからは、今日一日東京で遊んできた帰宅客が、多く乗ってきそうだ。
横浜を過ぎてからは、今のうちにモーター音を聴いておくぞ! とばかりに、床下のほうに聴覚を集中させた。一日聴いても飽きないというのは、いい音の証拠だろう。京浜東北線の沿線に住んでいる人が本当に羨ましい。
さあ、川崎を過ぎて、本日最後のMD交換タイムだ。これが上手くいけば、有終の美を飾れるはずだろう。ただ、ここまでの三回がうまくいっていることで気が緩んでいるかもしれないので、しっかりと気を引き締めなくてはならない。
蒲田に到着し、ドアが開いた。古いディスクを取り出し、新しいディスクを読み込ませていたのだが、なんと、ここで発車メロディーが流れだしてしまった。思わず、体がビクッとなる。なんとか戸閉め放送には間に合ったものの、モヤモヤ感は拭えない。品川あたりまで、悔しい気持ちでいっぱいだった。
田町に到着した。ここから田端までは、「『雲友』ゾーン」だ。僕の悔しい気持ちも、好きな発車メロディーに慰めてもらおう。
僕が落ち込んでいるのを察してくれたのか、どの駅でも発車メロディーは長く鳴った。乗客が増え、話し声も多くなったが、「訳あり」音声になってしまったせいか、そんなことは半分どうでもよくなってしまった。
上野を過ぎると、乗客は徐々に減り始める。夕暮れ時の上野の森の脇を、電車は駆け抜けていく。
荒川を渡ったあたりから立ち客はいなくなり、あとは座席に座っている人が減っていくだけになる。浦和を過ぎると、僕の座っている三人掛けと、その向かい側には乗客がいなくなった。妙にのびのびとした気分で、すっかり暗くなった外を眺めた。もちろん、VVVFの音を聴きながら。
大船から二時間の旅を終え、電車は大宮駅のホームにたどり着いた。今思ったが、「大宮」と「大船」は、響きが似ていると思う。今日は朝八時前から走行音を録り始めたが、すでに時刻は五時半を回っていた。なんだかすがすがしい気持ちで、ホームに降り立つ。
(一日ありがとうね)
209系、そして何より録音機材に、僕は心の中でそう言った。余韻に浸っていると、ちょうど向かい側のホームの発車メロディーが鳴り出したので、僕はそれに乗って帰途に就いた。南浦和で武蔵野線に乗り換え、新松戸で常磐緩行線に乗り継いで、我孫子には十八時四十六分に着いた。疲れたが、「録れ高」は十分だったと思う。
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