#47 京浜東北線走行音収録 前編
その週末、一月十日、土曜日。いよいよ『春の大音鉄まつり』が開幕した。記念すべく第一部は、京浜東北線の走行音の収録だ。
冬休みの初めに買った青春18きっぷが余っていたので、今回はそれを使うことにする。京浜東北線を二往復して、各駅停車と快速をそれぞれ一往復ずつ録るつもりだ。
改札で18きっぷを見せ、最後のスタンプを押してもらった。今日は、18きっぷの有効期間最終日でもある。これで冬が終わりなのかと、なんだか名残惜しくなってくる。
ホームに降り、やってきたE231系の快速電車に乗り込む。日暮里で京浜東北線に乗り換え、そのまま大宮へ向かった。常磐線で鉄道旅に出かけるときは、上りに乗っても下りに乗っても『sunrise』が聞けるので、爽やかな気持ちになれる。
京浜東北線の電車に四十分ほど揺られ、大宮に着いた。電車を降り、ひとまずホームの先端に行って、車両の「顔」を撮る。そのあと、側面の方向幕などを撮ってから、車内に戻った。走行音を録るときには、車両の音もそうだが、車両自体も記録しておきたいのだ。
いつもどおり車端部の座席に座る。そして、MDプレーヤーにディスクを入れてマイクを繋ぎ、感度などを調整してから、マイクを床に置いて録音を始める。この作業もだんだんと慣れてきた。音鉄を始めたばかりの頃は、人目が気になっていたのだが、それも今ではほとんどなくなった。
発車メロディーが流れ、電車は大宮を発車する。ドアが閉まると、静かな車内に三菱GTO‐VVVFの独特な音が響いた。話し声や雑音などもなく、聞こえてくるのはただそれだけだ。滑り出しは好調だと思う。
しかし、それも束の間だった。浦和で父親と母親、そして子供二人の親子連れが乗ってきたのだ。こういうとき、親は静かにしているのだが、子供が喋り出すことがある。それも大声でだ。
「ねぇ、どこまで乗るんだっけ~⁉」
ほらやっぱり。嫌な予感は的中した。両親がすぐに「静かにしなさい」と言い、一瞬は静かになったものの、そのあとすぐに今度は兄弟での会話が始まった。ああ、だめだこりゃ……。
(早く降りてくれ……!)
心の中でそう祈る。だが、こういうときに限ってなかなか降りないのが常だ。この親子連れの場合も、結局王子まで降りなかった。
とまあ僕はまあまあ落ち込んでいるので、話を変えようと思う
京浜東北線に乗っていると、『清流』に「洗脳」される。それもそのはずで、京浜東北線の南行(なんこう)は、南浦和~御徒町間のほとんどの駅で、『清流』が発車メロディーに使われているのだ。でも、駅によって音程がバラバラで、それがまた面白い。
さて、そんな話で気を紛らわせているうちに、電車は田端に到着した。田端を過ぎると、山手線との並走区間になり、ところどころで205系やE231系の音が聞こえてくるようになる。京浜東北線は日中、田端~浜松町間で快速運転を行うが、この時間帯は各駅停車だ。だから、加速音や減速音をたくさん聞くことができる。要するに「乗り得」な時間帯というわけだ。
まだ朝の八時台だが、この時間でも東京に出かける人は多い。車内には、ちらほらと立ち客も出てきた。
長かった「『清流』ゾーン」が終わり、秋葉原で『雲を友として』が流れてきた。この辺りから、都心という感じがしてくる。
東京では、『JR‐SH5』が流れてきた。それに合わせて多くの客が降りていく。この時間帯は、新幹線に乗り換える人も多いのだろうか。降車客の中には、そんな感じの人もちらほらといた。
品川を過ぎると駅間も長くなり、電車はスピードを出して走るようになった。京浜東北線は、通勤路線の割にはよくスピードを出すイメージがある。三菱GTOの音のあとに、高速域の迫力あるモーター音を聴けるのは、本当に気分がいい。
大井町、大森と停車し、電車はまもなく蒲田に到着するところだ。ここで一つ、することがある。それは何かというと、MDの交換だ。
京浜東北線は、全区間を乗りとおすと約二時間ある。だが、僕の持っているMDは八十分しか録音できない。というか、どのMDも、モードを変えない限り、録音できるのは八十分が限界だ。だから、途中のどこかの駅でディスクを交換する必要がある。だが、停車時間の少ない駅でそれをやると、ディスクを替えている間にドアが閉まって発車してしまう。そうなっては困るので、ある程度停車時間のある駅を狙って、ディスクを交換しなければいけないのだ。
京浜東北線の場合、南浦和か蒲田で停車時間がある場合が多い。しかし、南浦和でディスクを交換すると、南浦和~大船間は八十分を超えてしまう。だから、ディスクの交換は蒲田でするのが適当だというわけだ。
蒲田に到着して、ドアが開いた。停車時間があるといっても、せいぜい一分ほどだ。その短い停車時間の間に、素早くMDを交換しなければならない。ここは、腕の見せ所だ。
ドアが開いたのを確認したら、まずはすぐに録音を止めて、プレーヤーからディスクをサッと取り出す。そうしたら、前もって出してあった新しいディスクをプレーヤーに入れて、読み込ませる。
(早く読み込め、早く読み込め……!)
MDプレーヤーの液晶には、「READ」の文字が表示されている。これが終わるまでがじれったくてしょうがない。
―と、その時……
なんと発車メロディーが鳴り出してしまったではないか! あっ! と思い頭の中がショックで満たされそうになるが、すぐに反対側のホームの発車メロディーであることに気づく。危ないところだった……。
(よし、読み込み終わった!)
ディスクの読み込みは無事終わったようで、すぐに録音を始めた。液晶には「録音中」の文字が表示され、それを見て安心する。録音済みのディスクは、「録音済み」と書かれたケースにしまっておいた。
(ふぅ……、間に合ってよかった……)
その数秒後に、発車メロディーが流れだした。ギリギリといえばギリギリなのだが、同じことをやって失敗してしまったこともあるので、無事成功といっていいだろう。
蒲田を発車して、六郷川を渡ると、電車は神奈川県に入る。川崎の次の鶴見から先は、発車メロディーのラインナップが大きく変わり、東洋メディアリンクス製や、JR‐SHシリーズの曲が多くなる。
新子安や東神奈川のあたりでは、京急の電車と並走することが多くある。京急の車両は本当に足が速い。こちらも一生懸命に加速するが、あちらの走りは段違いで、あっという間に軽々と抜かされてしまう。まるで京急の車両に「やーいやーい、追いつけるもんなら追いついてみろよ~!」とからかわれているみたいな気分になる。
横浜を出てすぐに、東横線の線路が近づいてきた。見ると、ちょうど東横線の電車が桜木町駅に入線しているところだった。
(この光景も、あと三週間で見納めかあ……)
そう思うと、なんだかしんみりした気持ちになってきた。
桜木町を過ぎるとだんだんと乗客が減ってくる。磯子あたりまで来ると、車内はガラガラだ。車内が空くとモーター音がよく聴けるので、この辺りは絶好のモーター音堪能エリアだ。湘南の、起伏に富んだ地形に建ち並ぶ家々を眺めながら、僕は209系の走行音にじっくりと聴き入った。至福のひと時だ。
大宮から約二時間、電車は大船に着いた。二時間も座りっぱなしでお尻が痛いので、少し駅の中を散歩しようと思う。
せっかく大船に来たので、発車メロディーでも録ろう。そう思ったので、僕はさっきまで床に置いていたマイクを一脚に取り付け、発車メロディーを録る準備をした。特にフルコーラスを期待しているわけでもないので、時間は三十分ほどにしたい。あくまでも、体が回復するまでの暇つぶしだ。
大船駅の発車メロディーは、大きく分けると三曲しか使われていない。だが、実際には同じ曲でも音程が違うものがあり、意外とバリエーションに富んでいる。
電光掲示板を見て、適当に列車を選んで発車メロディーを録った。二番線で『Gota del Vient』の標準バージョンを0.6コーラス、五番線で『Gota del Vient』の低音バージョンを0.7コーラス、八番線で『Cielo Estrellado』の低音バージョンを1.2コーラス、そして九番線で『Water Crown』の標準バージョンを0.9コーラス録ることができた。
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