第4話 打ち明け話

 翌日、梓は一人通学路を歩いていた。家には創生の龍の魂魄である子どもがいて、梓の頼みで少年の姿のままだ。

 少年一人を置いて行くのは気が引けた梓だが、彼自身が家でじっとしているからと言ったのだ。高校に行かなければならないから、それを信じるしかない。


(明日には母さんが、明後日には父さんが帰って来る。……どう言っても、俺が誘拐犯みたいにならないか不安なんだけど)


 母親は龍磨たつまの娘だから、もしかしたら創生の龍の話を信じてくれるかもしれない。しかし、父親はどうだろうか。


「変にキョドってもだしな……。ここは正直に話すしか」

「正直にって?」

「そりゃ……って、うわぁっ!?」


 突然独り言に割って入られ、梓は飛び上がりそうな勢いで驚いた。振り返れば、そこには大輝たいきの姿がある。


「た、大輝か。脅かすなよ、びっくりしたー」

「オレは普通に声かけただけなんだけど……。まあ、いいや」


 そんなことより、と大輝が身を乗り出すようにしてじっと梓を見つめた。その目力の強さに、梓は一歩後ろへ退く。


「な、何だよ? 今日は宿題きちんとやったぞ」

「それは毎日やれ。オレたち自身のためでもあるんだからな。って、そうじゃなくて」

「お、おお」


 とりあえず、歩こう。梓の提案に、大輝は頷いた。そして歩きながら、彼は「昨日見たんだよ」と言葉を発した。


「見たって、何を?」

「……お前が、見たことない男の子と一緒にいるところだよ。従兄弟にいたか、あんな子」

「あー……」


 梓は頭を抱えたくなった。立ち止まっては遅刻するため、歩きながら頭もフル回転させる。


(忘れてた、こいつのこと。従兄弟いるの知ってるしな……従兄弟に子どもはいないし)


 変な汗が背中を伝う。梓は視線を彷徨わせ、何か言わなければと「あー」や「んー」といった無意味な声を発する。

 しかし、これはもう仕方がないと覚悟を決めた。大輝も何も言わず、前方に気を付けながら梓を睨むように見つめている。梓に逃げ場はない。

 はぁ。息をつき、梓は隣を歩く大輝に目を向けた。


「……ぜんっぜん現実味のないファンタジーな話聞かせるけど、良いか?」

「何だよそれ。でも、梓が真剣に話してくれるなら、ちゃんと聞くよ」

「さんきゅ。……でも通学路じゃ足りないや。帰りに、何か食って行こうぜ。その時に全部話すから」

「じゃ、最近駅前に出来たドーナツ屋行こう。甘くないのもあるんだってさ。あ、梓の奢りな」

「奢らないから」


 大輝の無茶ぶりを断り、梓は少しだけほっとした。もしかしたら、大輝は最初の味方になってくれるのではないかという期待だ。

 それから二人は一旦その話を止め、授業や宿題、その他のことについていつも通りに話しながら登校した。一限目は生物で、今日は実験室集合だ。




「えっと……あ、ここだ」

「駅ビルの中なんだな。そんなに客は多くなさそう」

「土日は女性客ばっかりなんだってさ。流石にその中に突撃する勇気はないから、お前が付き合ってくれて助かった」

「甘いもの好きだもんな、大輝は」


 苦笑いと共に言葉を返すが、大輝の目は既にショーケースの鮮やかなドーナツに奪われてしまっている。梓は肩を竦め、親友の肩を叩いて店内を進んだ。


「いただきますっ」

「いただきます」


 二人の前には、ドーナツを二つずつ入れた籠がある。皿ではなく籠というのが、おしゃれなカフェらしい。

 大輝が選んだのは、チョコ味のドーナツにおいチョコがけしたものと、シンプルなケーキドーナツ。梓が選んだのは、甘さ控えめの生地のドーナツを輪切りにして卵サラダを挟んだものと抹茶のドーナツだ。それぞれ単品で、飲み物は自由に飲めるレモンウォーターだから無料だ。

 壁際の席に座ると、その周辺には丁度客の姿はない。ここならば、多少重い話をしても迷惑にはならないだろう。


「……んで、あの子は一体誰なんだ?」

「ぶっこんで来るよな、お前」

「ん?」


 既に二つ目のケーキドーナツを頬張っている大輝に呆れつつ、梓は水を一口飲んでから本題に入る。


「俺が変な夢を見るって話をしたのを覚えてるか?」

「ああ。助けを求められるっていうあれだよな」

「それに関係するんだ。昨日……」


 前置きを短くして、梓は大輝に昨日あった出来事を出来るだけ省略せずに話した。店内だったが、傍目には読んだラノベの話をする学生くらいにしか見えていない。

 梓が話し終えると、大輝は眉間のしわを指で伸ばす。


「つまり、あの子は創生の龍の魂が具現化したもので? お前に助けを求めたわけは、この国と世界の破滅を回避するため……ってことか?」

「流石秀才、理解が早くて助かる」

「にわかには信じられない話だけど……オレはあの子を見ちゃったからな」

「作り話だって笑うか?」


 不安になった梓が問うと、大輝は「いや」と首を横に振った。


「そういう創作、得意じゃないだろ。それにオレは、梓が真剣に正直に話してくれたってわかるから、信じるよ」

「ありがとう、大輝」

「どういたしまして」


 ニッと笑った大輝を目の前にして、梓はほっと胸を撫で下ろした。龍を名乗る子ども、そしてこの世界の危機的状況のこと、それらを信じてもらうのはとても難しいと思っていたのだ。第一関門突破というところだろう。

 安心して二つ目のドーナツに手を出す梓に、既に食べ終えた大輝が問う。


「そういや、あの子の名前って何ていうんだ?」

「……名前、知らないな」

「何でだよ」


 ぽろりと呟かれた梓の言葉に、大輝は突っ込みを入れた。

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