第55話 そして日常は少し変わる
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
いつもの平日の朝、梓は制服を着て家を出る。
りゅーちゃんと東京で別れてからしばらくして、夏休みは終わった。
あの翌日も東京にはいたのだが、何となく皆観光する気にはなれずに大人しく別邸で過ごした。湿っぽくするのはりゅーちゃんに笑われるからと、思い思いに過ごしていたのだ。
体を動かしたくて別邸を出た梓は、庭から聞こえて来る聞き覚えのある声に誘われるようにしてそちらへ向かった。
「……あ」
「やあ、梓。どうしたんだい?」
「優さんこそ。……っていうか、七海さんと誠も?」
声をかけてきた優だけではなく、七海と誠もそこにいた。二人は顔を見合わせ、へへっと笑ってみせる。
「ちょっと体を動かしたくなってね」
「僕も。で、外に出たら優さんと七海さんが話していて、僕も入れて欲しいって頼んだんだ」
「成る程。同じってことか」
ククッと笑った梓に、三人は顔を見合わせる。それから成る程という顔をして、優が梓に「一緒にやるかい?」と尋ねた。
「うん、是非」
「じゃあ二対二……いや、三対三かな?」
「え?」
梓が振り返ると、そこには苦笑いを浮かべる大輝と命の姿がある。
「みんな一緒か」
「折角だから、みんなでやる?」
「良いね。団体戦だ」
六人を二組に分け、模擬戦を開始する。おそらく今後戦うことはないだろうが、それは絶対とイコールではない。そんな言い訳をしつつ、皆りゅーちゃんとの繋がりを細くても良いから持っていたかったのだ。
(結局、勝負はつかなかったんだよな。全員の力が拮抗していたのか、どうなのかわからないけど)
一人通学路を歩きながら、梓は何となく空を見上げた。始業式から数週間経ち、ささくれだった気持ちはようやく落ち着きを見せている。
季節は進み、朝晩過ごしやすくなってきている。しかしやはり日中はうだるような暑さで、通学時間は既に歩くだけで汗が流れていく。内心暑いなと思いながら歩いていた梓の背中を、誰かが無遠慮に叩いた。
「おはよ、梓」
「いったぁ……。おはよ、大輝。痛いんだけど」
「ごめんごめん。挨拶代わりだ」
「暴力的過ぎるだろ」
梓が呆れて肩を竦めると、大輝はケラケラ笑って彼の隣に移動した。
大輝は旅行から帰ってしばらく、目に見えて元気がなかった。咲季という妹を目の前で失い、感情の行き場がなくなってしまったのだ。
しかも、咲季は幼い頃に山に入ってそのまま亡くなったことになっていた。大輝自らが両親に尋ねたわけではないが、夏休みの終盤に母親がぽつりと「そろそろ咲季の命日ね」とこぼしたことから明らかになった。
それから少しずつ、大輝は以前の彼の明るさを取り戻しつつある。多少無理をしているように見える時もあるが、梓はあえて何も言わずに今まで通り接していた。
「そうだ、今日は英語の小テストだよな。予習したか?」
「一応は」
「お、偉い」
「……まあ、ちょっとやってみようと思っただけだよ。あんまり情けないところは見せられないから」
誰に見せられないのか、は明言しない。それでも大輝は「そうだな」と首肯して、梓の言いたいことを察した。
それから一日高校で過ごし、帰り道で大輝が梓に提案した。
「梓、これから七海さんの家に行かないか? さっきアプリのグループチャットにメッセージが入っていたんだ。梓も後で見てみろよ」
「七海さんの? そういえば、旅行から帰ってからはメッセージアプリで連絡とり合うだけだったもんな……。いいよ、行こう」
二人が日守の屋敷に赴くと、そこには七海と優だけではない他の客人もいた。命と誠の二人だ。二人共制服姿であるところを見ると、学校帰りに寄ったらしい。
「命、誠。久し振り」
「梓さん、大輝さん。こんにちは」
「久し振りだね、二人共。元気?」
「元気だよ。二人も元気そうで何よりだ」
四人がそれぞれ挨拶を終えた頃、七海と優が連れ立って部屋に入って来た。七海は「待たせてごめんなさい」と頭を下げた後、早速本題に入った。
「実は、最近になって変な事件が多発しているみたいなの。知ってる?」
「変な事件? 例えばどういうもの?」
梓が尋ねると、優が幾つかの例を挙げてくれた。
「例えば、裏山に見たことのない野犬のような動物がいる。スーツを着た男たちが無音で走っているのを見て怖かった。そんな声がSNSを中心に上がっているんだ」
「見たことのない動物に、無音のスーツを着た男たち?」
「まるで、獣や人形みたい。でも、近衛倭はもういないんじゃ?」
誠と命も、首を傾げる。そんな中、梓は「もしかして」とある可能性を思い付く。七海に許しを貰い、推測を口にした。
「あくまで推測だけど、近衛倭たちが創った獣や人形たちが、まだ残っているとか?」
「……私たちもそう思って、みんなを集めたの」
「でも、あいつも言っていたじゃないか。主が死ねば、主の創った者たちも消える……みたいなことを」
戸惑いを口にした大輝に、優が「そうだよな」と頷く。
「俺たちもそう思って、実際に噂を確かめに行ったんだ」
「さっき言った裏山を、投稿者に連絡を取って実際に行ったの。そうしたら……」
「……そうしたら?」
七海の語り口に梓たちは引き込まれる。
「噂の場所に、いたの。十頭くらいの獣が。何で消えていないのか、は全くわからないけれど」
「だから、みんなを集めたんだ。俺たちくらいしか、あれらに対抗出来る人はいないから」
「目撃証言は、ほとんどがこの市内なの。大きな事件になる前に、私たちで全部倒してしまいたくて」
どうかな。七海と優に問われ、梓たちは顔を見合わせ頷いた。
「――やろう」
「ああ。怪我人が出たら厄介だ」
「わたしたちにまだ出来ることがあるのなら」
「うん、やろう」
「――ありがとう。お嬢様と俺だけでは不安だったんだ」
「じゃあ早速、週末にでも……」
わいわいと賑やかになる日守の屋敷、その一室。目的は決して楽しいものではないが、再びこのメンバーで戦うことなった。再び集まることが出来、梓は喜びを感じると共に、気を引き締め直すのだった。
――了
龍骨の国を守る者〜ただの男子高生だった俺が、創生の龍に選ばれ世界を守る戦いに放り込まれる話〜 長月そら葉 @so25r-a
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