第54話 別れ
しん、と静まり返った洞窟内。最初に動いたのは、りゅーちゃんだった。「さて」と呟いて両手をパンッと一度叩く。
「みんな、ここまで共に来てくれてありがとう。……言葉では言い表せない位には、感謝しているんだ。こういう時、語彙力なるものがもっと欲しいと思ってしまうな」
「りゅーちゃん……」
りゅーちゃんの言葉で、この戦いがようやく終わったのだと全員が実感した。近衛倭を倒せば、りゅーちゃんの本体である創生の龍が目覚めることはなく、同時に戦いも終わる。
二の句が継げない梓の代わりに、命がふと「あっ」と声を上げた。
「終わったってことは……りゅーちゃんとはここでお別れっていうことになるの?」
「あっ」
「そっか。りゅーちゃんが僕らと一緒にいたのは、あいつを倒すためだ。その必要がなくなったんだから……」
「誠……。そうだな、先延ばしにしても仕方がない」
肩を竦め、りゅーちゃんは仲間たちを見回した。
「私が戻るべき場所というのはないが、目覚めたのはここだ。……お前たちは無事に地上へ戻そう。私はもう一度、眠りにつこうと思う」
「もう、会えないのか? ……これっきりになるのは、寂しい」
「梓……」
正直に心情を吐露する梓につられ、りゅーちゃんは眉を寄せた。短い間とはいえ同じ家で家族のように暮らした二人には、特別な寂しさがあったのだ。
でも、と梓は肩を竦める。駄々をこねられるほど、梓は子どもではない。
「りゅーちゃんは、ここで寝ていることが本来の姿だもんな。寂しいけど、またいつか会えるのを楽しみにしてるよ」
「ふふ、そうだな。……梓だけではないぞ。大輝も七海も優も誠も命も。……お前たち全員に出会って共に過ごした毎日は、私にとって何物にも代えられない宝物だ。本当に、ありがとう」
心から嬉しそうに、りゅーちゃんは笑みを浮かべた。それは五歳児にしか見えない今のりゅーちゃんにしては、かなり大人っぽい笑顔だ。
そんなりゅーちゃんに、正面から七海が抱き着いた。おっかなびっくりで目を丸くするりゅーちゃんを抱き締め、涙ぐみながら嗚咽を我慢した声で感謝を口にする。
「りゅーちゃん、こちらこそありがとう。私、日守を継いでよかったとこんなに思った日々はなかったの。あなたのお蔭で、素敵な友だち、仲間が出来た。本当に、ありがとう」
「七海、泣いているのか? さよならではないぞ。一時の別れだ」
「――っ。また、会いましょう」
涙を拭い、七海は微笑んだ。
それに「勿論だ」と頷いたりゅーちゃんは、折角だからと一人ずつを手招く。七海と同じく目を赤くした命が、りゅーちゃんの手を握る。
「ありがとう、りゅーちゃん。また会える時を楽しみにしているね」
「ああ。ありがとう、命。……あ、そうだ」
りゅーちゃんはふと何かを思い出し、命にしゃがむよう頼む。言われた通りにした命の耳に、ひそひそと近くにいないとわからなく来の声量でを吹き込んだ。
「梓のこと、宜しく頼む」
「……うん。頑張ってみるね」
小さく頷いた命の頬は、涙以外の理由で赤く染まる。りゅーちゃんは命に屈んでもらって頭を撫で、梓をチラッと見て「大丈夫だ」と微笑んで見せた。
命と交代でりゅーちゃんの前に立ったのは、既に顔を涙でぐしゃぐしゃにした誠だった。服装とは違い涙もろく素直な誠の背を、りゅーちゃんは嬉しそうにぽんぽんと軽くたたく。
「ありがとう、誠。一緒にいてくれて」
「りゅーちゃん……凄く寂しいよ。また、必ず会おうね」
「ああ、約束だ。また会おう。これからも、梓と大輝と仲良くしてやってくれ」
「――うん」
泣きながらも笑みを浮かべ、誠はりゅーちゃんを抱き締めた。苦しさを感じながらも、りゅーちゃんは嬉しそうにされるがままになる。
次に呼ばれた優は、照れくさそうにりゅーちゃんと握手を交わす。
「ゆっくり休んで、りゅーちゃん。きみと過ごせて、楽しかったよ」
「ありがとう、優。七海のこと、頼むぞ」
「心得た」
七海のことを頼まれ、優はわずかに照れくさそうに微笑んだ。それがどんな感情を意味するのか、今は優とりゅーちゃんだけが知っている。
次に手招かれたのは、既に泣きそうな大輝だった。りゅーちゃんは彼の胸に額をつけ、消えそうな声で「ごめん」と呟く。まさか謝られるとは思っていなかった大輝は、目を丸くした。
「何で謝るんだよ、りゅーちゃん」
「……私とかかわったことで、大輝が一番辛い思いをしているんだ。謝ってもどうにもならないが、せめて言わせて欲しい」
「りゅーちゃん……」
何を言ったら良いのかわからず、大輝は口をつぐむ。
確かに、りゅーちゃんとかかわることがなければ、咲季が近衛倭側で仮に負けたとして、妹の記憶は不自然でなく消えるのだからある意味幸せだったかもしれない。何の違和感もなく、毎日を過ごしていただろう。
「……でもさ、りゅーちゃんとかかわらなかったら知らなかったことがたくさんあるんだ。咲季のことは、十年前から準備されていたことだからさ。今もオレは妹のことをちゃんと覚えているし、忘れなくてよかったって思うよ」
うまく言えないけど。そう言って、大輝は優しく笑う。
「オレは、りゅーちゃんと出会って友だちになれてよかったって思う。りゅーちゃんは違うのか? オレと会わなければよかった?」
「そんなわけない。私も、大輝に出会えて嬉しいよ。優もそうだが、四家以外の人間とこんな風に関係を結ぶことが出来るなんて思いもしなかった」
「なら、良いんだ」
改めて、二人は握手を交わす。ようやく笑ったりゅーちゃんの頭を、大輝は撫でた。
そして最後にりゅーちゃんと向き合った梓は、りゅーちゃんと目線を合わせるためにしゃがむ。そして、固く握手を交わした。
「――また会えるって信じてるからな、りゅーちゃん」
「ああ、私もだ。……梓」
「何?」
「私と共に人形たちから逃げてくれたあの日のことは、今も鮮明だ。最初に出会って共に暮らしたのが、お前でよかったと心から思うよ」
「……そんなこと言われたら、照れるだろ。でも、俺もだ。りゅーちゃんと過ごせて、凄く楽しかった。母さんたちもきっと寂しがるから、いつでも来てくれよ」
「そう、だな」
全員と挨拶を交わし、りゅーちゃんは「さあ」と前置きをした。
「そろそろ、お前たちを地上へ戻そう。あの扉の近くの人目に付きにくい場所に移動させるから、気を付けて帰るんだぞ」
「ああ、またな。りゅーちゃん」
「――また、いつか」
軽く手を振ったりゅーちゃんの姿が、淡く白い光に包まれて変化する。それは彼の古代における大人の姿であり、その神々しさに、梓たちは言葉を失った。
「――さらばだ」
いつもの声よりも低く落ち着いた大人の声。その声が響くと同時に、梓たちの姿はその場から消え失せた。
自分以外誰もいなくなった空間で、りゅーちゃんは一人目を閉じた。
「……いつか、会おう。大切な友人たちよ」
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