第26話 人形生成

 徐々に砂埃が消え、梓たちの前に一人の男が姿を現す。彼の手には剣身の分厚い剣が握られており、その刃は赤く濡れている。


「全く、少しは役に立つと思ったが……期待をかけ過ぎたか」

「お前は……」

「ん? ああ、これは失敬した」


 五人に見つめられていることに気付き、男は大振りな仕草で頭を下げてみせる。


「はじめまして、創生の龍の守護者たち。我が名は近衛倭このえやまと。この世界を壊し、再構築することを願う者」

「やはりお前か。あの時、我が心臓に触れていた」

「ちょっ、りゅーちゃん!」

「……?」


 梓が止める間もない。倭と名乗った男は、胡乱げにりゅーちゃんを見つめる。そして「おおっ」と大仰に驚いてみせた。芝居がかった男である。


「きみは、創生の龍に酷似した気配を持っている。もしや、龍そのものか?」

「お前が各地を回り、我が身の一部を探し求めていたことはよく知っている。私がこの姿で目覚めざるを得なくなったのは、お前のせいだからな」


 りゅーちゃんは鋭い目つきで倭を見つめると、低い声で「悪いが」と口にした。


「お前の願いを叶えることは出来ない。私が龍として目覚めればこの国は物理的に根元から崩壊し、すぐに世界の破滅へと広がる。お前の願いが叶う瞬間など、一秒たりともないぞ」

「創生の龍ともあろう方が、そんな些末なことを案じられているとは。貴方にも信じられないのでしょうか? この、私が神より与えられし未知の力を」

「未知の……?」

「何を言っているんだ、こいつは」


 りゅーちゃんを抱き寄せ、梓は警戒の色を濃くする。そんな彼らの前で、倭はサーカスのピエロのように両腕を広げた。そして剣を持っていない左手の指をパチンと鳴らす。

 音が響いた途端、剣の刃についていた血だまりが反応を示す。生き物のようにぶるぶると震えたかと思うと、ひとりでに集まって地面へと落下した。地面に着く前に空中で制止し、スライムのように伸びる。そして再び倭や指を鳴らすと、倒れ伏した紫谷縁したにゆかりの体内へと戻って行く。


「うっ……」

「お嬢様、見なくて良いです」

「七海さん、優さんの方向いてなよ。それにしても、見れたもんじゃないよな」


 七海の視界を塞ぐために彼女を抱き締めた優の前に立ち塞がった大輝が、苦々しく顔を歪ませる。彼も正視することは出来ず、わずかに視線を逸らした。

 縁の体に戻った血液が、どう作用したのかはわからない。しかしビクンッと体が震えた直後、ゆっくりとそれは立ち上がった。死体だったとは思えないほど滑らかに動き、それは梓たちに向かっていつでも走り出せる体勢を整えた。


「驚いたか? これが、私の人形の作り方だよ」

「人形の、作り方……? じゃあ、人形というのは……」

「死体をもとに、私の力を注ぎ込んで作ったものだ。今は血を使ったが、私の力を注ぎ込めば、どんな状態の死体でもたちまち動き出す。我が戦士としてな」

「何ということを……」


 言葉が見付からないりゅーちゃんは、奥歯を食いしばる。

 倭の言う力というのは、死体を自分の意のままに操ることが出来るということだ。つまり、幾ら多くの人が死のうと、彼にとっては操ることの出来る対象が増えるということを意味する。りゅーちゃんが創生の龍として再び目覚めれば日本は根底から覆され、おそらく多くの生き物が命を落とす。そんな状況下にあって、大抵は絶望を感じるだろう。しかし、倭はその状況すらも思うがままだ。

 望む世界を創るという意味を理解し、梓たちは青ざめる。


「お前、そんな悲しい世界を望むのか!?」

「悲しい? どうして? 素晴らしい世界じゃないか。日本が消えたことによって、災害が起こるだろう。起こらなかった地域の者たちも、私の操る軍隊には成す術もない。こちらは既に息絶えているのだから、痛みも辛さも感じない」


 素晴らしいだろう。そう言って、倭は嗤う。一ミリたりとも己のおかしさを感じていない。

 だから梓は、吐き気を感じながらも倭を止める覚悟をした。そんな未来を現実にしてはいけない、と再認識したのだ。剣を握り締め、その切っ先を倭へ向ける。


「絶対に、そんな未来を迎えさせるもんか。俺たちが、必ずお前の願いをぶち壊してやる!」

「ふっ。縁にすら負けそうになっていたお前たちが? 冗談も大概にしろ」

「現実になるんだよ、倭。そのために、私は彼らを選んだ」


 梓の決意を鼻で笑った倭だが、りゅーちゃんの言葉に顔を歪める。

 反対に、梓たちはりゅーちゃんの言葉に勇気を貰った。七海が優から離れて立ち、優は彼女を守るように立つ。梓と大輝はりゅーちゃんの左右に立ち、倭を真っ直ぐ睨み付けた。


「ありがとな、りゅーちゃん」

「どうした?」

「信じてくれて、ありがとう」


 梓は照れて顔を背けて礼を言ったが、りゅーちゃんにはぶっきらぼうな彼の言い方の中に隠された想いを察して微笑んだ。

 二人を眺めていた大輝は、眠ったままの誠を木陰に休ませてから剣を握った。


「梓だけじゃないぞ」

「情けない姿はもう見せないよ」

「今ここで、終わらせてやる」


 大輝だけではなく、七海と優も前へ出る。

 六人の視線を一身に受け、倭は満足げに頷く。そして、新たに加わった人形を含めた数十人の人形に撤収を命じた。


「このままでは、また誰に見られるかわからない。今回は、私の挨拶ということにしておこう。――さらば」


 そう言って、倭は姿をくらませた。西日が沈む中、梓たちは男の行方を追うタイミングすら掴めなかった。

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