第27話 今は謝る時ではない

 やまとがいなくなると、同時に喧騒が戻って来る。中学生くらいの男子三人組が、道の向こうを楽しそうに笑いながら歩いていく。その様子を見て、梓たちはようやく肩の力を抜いた。


「……終わった?」

「今回は、というところだな」

「みんな、一旦うちに来て。その格好じゃ、家に帰れないでしょ」


 七海の言う通り、全員汗だくのみならず血まみれで服も破れている箇所がある。仕事帰りらしき女性が、彼らの姿をチラチラ見ながら歩いて行った。

 それから寝起きの誠の背中を押しつつ、六人は日守の屋敷に駆け込んだ。お手伝いさんが七海たちの格好を見て驚き、慌てて風呂や替えの服の用意をしてくれる。


「私は後で良いから、梓と大輝、誠とりゅーちゃんと一緒に入ってきたら?」

「俺は外の様子を見てきます。万が一、残っていたら嫌ですからね」

「えっでも……」


 優が出て行き、梓たちは顔を見合わせた。七海を置いて先に風呂に入って良いのか、と決めかねたのだ。

 しかし、七海は「でもじゃないから」とピシャリと言う。


「貴方たちの方が、先に戦っていたしボロボロだから。自覚なさい?」

「「「はい」」」

「ふふっ。三人揃ったな」


 りゅーちゃんが笑い、梓たち三人は彼と共に日守家の浴室へ案内された。

 家自体が屋敷だが、それに見合う広さを持った浴室だ。天井は高く、滑りにくい加工をされた床があり、風呂は五人は足を伸ばして浸かることが出来そうだった。


「りゅーちゃん、頭を体洗ってから入れよ」

「わかってる。今後を考えるためにも、今は疲れを癒そう」


 伸びをして、りゅーちゃんは早速ボディソープを泡立てて体中を泡だらけにした。彼を見習い、梓たちも頭や体を洗う。


「誠、目は覚めたか?」

「流石に覚めた。みんなが大変な時に、僕は眠っていたから……ごめん」


 しゅんと項垂れた誠に、梓と大輝はどう言葉をかけるべきかと顔を見合わせる。それから梓は石鹸を流し、誠を湯舟に誘った。大輝とりゅーちゃんもやって来て、四人で少し熱いくらいのお湯につかる。

 肩まで湯につかり、大輝が小さな悲鳴を上げた。


「いった……。やっぱり、傷には染みるな」

「だな。傷は洗ったし、後で消毒しとこう」

「はぁ……極楽だな」

「ははっ。りゅーちゃん、おっさんみたい」


 思わずといった様子で誠が吹き出すと、それは波動のように梓と大輝にも伝播した。最初は顔をしかめていたりゅーちゃんも、我慢出来ずに笑い出す。

 ひとしきり笑って目に涙もためた誠の顔めがけ、梓は水鉄砲を噴射した。


「うわっ!?」

「ごめんなんて言わなくて良いよ、誠」

「梓……」

「誠が七海さんたちを連れて来てくれなかったら、俺たちは詰んでた。な、大輝?」

「ああ。それに、誠の力のお蔭であの人形たちを倒せたし、謎の空間から脱出することも出来た。あれだけのことをやってのけたんだ。しかも、本格的に力を使ったのも今日が初めてだったんだろ? 凄過ぎるよ」

「大輝……」


 梓と大輝に連続して褒められ、誠は顔を赤くした。赤くなった顔を隠すために、ぶくぶくと湯舟に沈んでしまう。それがまた可愛い弟のようで、梓と大輝は笑って顔を見合わせた。

 そんな三人を見守っていたりゅーちゃんが、不意に口を開く。


「誠、お前はお前がすべきことを成し遂げた。無理をさせてしまったのは私だ。だから、謝るべきは私の方だろうな」


 眉をひそめ、俯く。りゅーちゃんのその姿に、誠は勢いよく顔を上げると首を横に振った。


「そんなことないよ。僕が自分でやれることを教えて欲しいって頼んだんだから」

「そうだな。だから、謝らなくて良い。みんな無事でよかった、で良いんだよ」

「あ……」


 誘導され、初めて気付く。誠は恥ずかしそうにはにかむと、梓と大輝を真っ直ぐに見て目を細めた。


「二人の、みんなの役に立ててよかった」

「ああ。……そろそろ上がろう。七海さんにも疲れを癒してもらわないとな」

「賛成。そろそろ体がふやけそうだ」


 そうして四人は日守家のお手伝いさんが用意してくれた服を着て、七海と交代した。

 次いで戻って来た優も奥へと消え、しばらくして七海と共に戻って来る。どうやら邸の別の場所に使用人専用の浴場があるらしく、優はそちらに行っていたのだとか。


「四人共、落ち着いた?」


 お手伝いさんが持って来てくれたお茶とお菓子を摘まんでいた梓たちに、着替えて戻って来た七海が問う。りゅーちゃんが代表して「お陰様で」と言うと、七海はふっと微笑んだ。


「よかった。このままさっきのことを含めて話したいところだけど、もう遅いから。明日か明後日、もう一度ここに来てもらうことは出来るかな?」

「俺はどちらも大丈夫ですよ。大輝と誠は?」

「バイトが明日入ってしまって。昼には終わるので、午後からなら」

「僕はどちらも大丈夫」

「なら、日曜日にしては? それなら、きっと全員気兼ねなく集まれますよ」


 優が全員の意見をまとめてくれ、話し合いの場が持たれるのは日曜日となった。土曜日はそれぞれ倭の襲撃に気を付けながら過ごし、日曜日の午前十一時に日守家へ。

 そうして梓がりゅーちゃんと共に自宅に戻ったのは、それから一時間程後のことだった。こういう時、事情を知っている親と言うものは説明が短くて済む。梓は自室に戻り、宿題をするつもりでいた。しかし戦いの疲労で瞼は重く、それほど時間をかけずにベッドで眠ってしまった。

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