第28話 決起集会のような
日曜日、再び梓たちは日守の屋敷に集まった。所用で遅れるという優の連絡を聞いた後、早速本題へ入る。
「あの後少し調べてみたけど、行方不明の捜索依頼の中にあの女らしきものはなかった。私の不足もあるだろうけれど、この二日間で大きなニュースにもなっていない」
「つまり、あの女の人は存在しない……?」
「人間としては、というところね。少なくとも彼女に自我はあって、生きていた。血を流していたこととあの男の話を総合すると、昔は人だったのかもね」
七海の言葉に、梓たちは頷く。紫谷縁と呼ばれた女は人形だったのかもしれないが、同時に以前は命を持った人間だったのだろう。そう思うと悲しいな、と梓は沈んだ気持ちになった。
でも、と梓の隣で大輝が言う。
「オレたちは、あの近衛倭っていう奴がりゅーちゃんを目覚めさせようとする限りは、戦うって決めた。……だから、全部の味方になることは出来ない、よね」
「ああ。悲しいけど、彼らはもう人間じゃない。……止めるんだ、必ず」
梓の決意に、大輝たちも頷く。その様子を眺めながら、りゅーちゃんはおいしそうに冷たい緑茶を飲んでいた。
少し空気がしんみりしてしまった。誠が空気を変えようと、話題を転換する。
「……昨日一日、僕は特に何事もなく過ごしたよ。みんなはどうだった?」
「私も特には。連日襲われたら返り討ちにするつもりだったんだけど、拍子抜けね」
「俺もだな。……ってか、また優さんに呆れられるよ、七海さん」
「あいつは心配し過ぎ」
「――誰が心配し過ぎですか?」
頬を膨らませた七海の後ろから聞こえて来た声に、全員が振り向く。そこには外出から帰って来た優が立っていて、意味ありげに微笑んでいる。
にこやかな優の顔をまともに見てしまい、七海は頬を引きつらせた。
「お、お帰りなさい。優、早かったわね……?」
「何かあってもいけませんから。お嬢様」
「うっ……」
一秒未満の時間、優の視線が険しくなった気がした。しかしそれは一瞬のことで、確かめる術はない。ただ、七海の顔色が若干悪いだけだ。
「――こほん。さて、俺もお嬢様も、みんなも無事なんともなかった。これ自体は安心だった。だけど近衛倭本人が出て来たということは、これからが本番と見ても良いんだろうな」
「優の言う通りだ。あいつの手駒が、紫谷という女だけとは思えない。あいつ自身もかなり手強いだろうが……守ってくれるのだろう?」
りゅーちゃんが、梓を見て笑う。その信頼に満ちた視線に、梓は迷いなく頷く。
「ああ。絶対守る」
「信じているぞ。……皆のこともな」
言い訳がましいが、とりゅーちゃんは前置きをする。その口調には、苦々しいものが含まれていた。
「私は、この姿でいる限り本来の力を出すことは出来ない。しかし本来の力を出せば、この世界は容易に壊れる。何とも不甲斐ない話だが、全てにおいてお前たちに頼らなければならない状況だ。私も、出来ることはやる。だからというのもおかしな話だが……」
「私たちは、貴方がいなければこの世に生まれることもなかった。私たちが生まれる以前に、貴方はとてつもなく大きなことを成し遂げている。だから、気に病まなくて良いの」
「お嬢様の言う通りだ。本来、貴方は永き眠りの中にいたはず。それを叩き起こしたのだから、相手には相当の報いを与えなければ。……ということもあるけれど、俺は貴方に今世で会えて、こうやって友人になれて嬉しいと思っているよ」
「七海……優……」
七海と優の言葉に、りゅーちゃんは目を潤ませる。急に恥ずかしくなったのか、七海は小さく咳払いをして、更に話題を転換させた。
「コホン。兎に角、いつ何時向こうが仕掛けて来るかわからない。……誠」
「はい?」
きょとんとした誠に、七海は真剣な目をして尋ねた。
「貴方も、この戦いに加わるという考えで良い?」
「――うん。僕は、ようやく自分の力を誰かのために使えることが嬉しいんだ」
誠は本当に嬉しそうに笑い、りゅーちゃんの頭を撫でる。銀色の髪が揺れ、りゅーちゃんは気持ち良さそうに目を閉じた。
「ずっと、不思議だった。何で見えない壁みたいなものが創れるんだろう、何で誰も同じことが出来ないんだろうって。父さんや母さんから
「俺たちも、もっと力をつけるよ。そうすれば、きっともっと誠の力を伸ばせる、活かせると思う」
「だな。いつか、優先生を唸らせてみせるよ。覚悟してて」
「それは楽しみだな、大輝」
そうと決まれば、と七海が立ち上がった。突然の出来事に、全員の視線が彼女に集まる。それを眺め、七海は腰に手をあて胸を張った。
「鍛錬しよ、鍛錬! りゅーちゃんのためにも自分たちのためにも、私たちはもっと気持ちも力ももっと高めていかないと」
「じゃあ、行こうか。お嬢様には少し厳しめにしますけどね?」
「お、お手柔らかに……」
急に勢いがなくなった七海に笑いかけ、優が最初に邸の奥へと歩いて行く。その背中を追って七海が、そして立ち上がったりゅーちゃんや大輝、誠が続く。梓もいつも剣を出す左手を握り締め、仲間たちを追った。
***
日本の何処か、誰も知らない場所。日の光の届かないその場所で、近衛倭は一人瞑想していた。
(さあ、次はどう仕掛けようか)
紫谷縁に任せていたが、うまくいかずの自滅した。あの人形に任せたが故に、敵を増やす結果となった。既に取り返しのつかないミスだが、倭は焦ってはいない。むしろ、この状況を楽しんですらいた。
瞑想を止め、足を解いて立ち上がる。すると丁度、誰かが彼に向かって近付いて来る複数の足音が聞こえて来た。
「マスター」
「ここにおられたのですね」
「……来たか」
ふっと微笑み、倭は振り返る。そこに立っている者たちの姿は見えなかったが、倭の頭には次の構想が生まれていた。
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