第3章 龍の鍵を求める者
求め続ける者たち
第25話 変貌
誠の声が響くのと同時に、彼を中心とした結界が創り出される。半球状のそれは誠自身とりゅーちゃんを包み込み、更に梓や七海たちをも呑み込んだ。そして誠たちを傷付けようとしていた人形たちを弾き飛ばし、結界は成長し続ける。
「これは……!」
「凄い。どんどん広がっていく」
「凄いだろう? これが、
梓と大輝が唖然とする中、何故かドヤ顔のりゅーちゃんが言う。地影家は守りに特化した家系であり、力の使い方次第でこんな風に敵を追い払えるのだと。
「確かに……外の人形たち、誰も太刀打ち出来ていない」
「それどころか吹き飛ばされてるからな。これ、あの人の異空間を凌駕するんじゃないか?」
「もとよりそのつもりで誠に頼んだ」
りゅーちゃんが「見てみろ」と上を指差す。そちらに目を向ければ、空がわなないていた。どうやら、誠の結界と女の異空間がぶつかりせめぎ合っているらしい。
当然、女もそれに気付いた。慌てて人形たちを向かわせるが、誠を守るために大輝たちが立ちはだかるために目的を達せられない。
「くっ」
「誠、もう少しだ。頑張ってくれ……!」
誠の額に汗が光るのを見て、梓は声をかける。その声に誠が頷き、結界が広がる速度を増した。
誠が結界に集中出来るよう、梓たちは人形の一掃に尽力する。女による人形の再生が間に合わなくなるほど、四人は走り回った。
そして、その時は唐突にやって来る。パキッとガラスが割れたような音が聞こえ、それは幾つも重なるように増えていく。見る間に空はひびだらけになり、中から弾けるように崩壊した。
「壊れた!?」
「そんな……っ」
「こいつらを外に出したらだめだ!」
幾つもの声が重なり合う中、梓たちは残っていた人形たちを一気に倒し切る。その間、女は呆然として邪魔をしなかった。
梓たちが仕上げをする中、誠は神経を張り詰めさせて結界を拡大させ維持していた。変な汗が背中を伝い、ぎりぎりのところで踏ん張っている。こんなにも力を使ったことはなく、現状が未知だ。
そんな誠に、彼の隣にいたりゅーちゃんが声をかける。ぽん、と背中をたたいた。
「誠、もういいぞ」
「!?」
瞼を震わせ目を開けた誠が、窺うようにりゅーちゃんを見下ろす。その不安そうな瞳に、りゅーちゃんの笑顔が映った。
「お疲れさん」
「りゅーちゃ……」
「おっと」
「誠!?」
急にガクンと足の力を抜いた誠を、小さなりゅーちゃんが受け止める。梓も慌てて手を伸ばしたが、誠は眠っているだけだった。
「寝てる……?」
「ああ。本格的に守護者の力を使ったことはなかっただろうからな、疲れたんだろう」
お疲れさん、とりゅーちゃんは誠の頭を撫でた。梓もありがとうの気持ちを込め、額に張り付いた前髪を
「……とりあえず、勝敗は決したかな」
「ああ。……だが」
りゅーちゃんの視線は、立ち竦む女へと向けられる。紫の差し色の入った髪を振り乱しながら戦っていたはずの彼女は、今や人形のように動かない。
「さあ、貴女は私たちに負けた。今なら追わないで見送るけれど?」
「……んで」
「お嬢様、下がって」
「――っ、はい」
女の異変を感じ取り、優が七海の前へ出る。七海が一歩後ろへ下がった後、女の体がぶるぶると震え出した。
「――っ! 何で! 何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で!? マスターに貰った力は、何にも負けない勝つ力だったはずなのに!」
「ねえ、何あれ……?」
ヒステリーを起こしたかのように、女は泣き喚く。その姿を見ていた七海が、優の服の裾を握った。優も彼女を安心させようと軽くその手を撫でるようにたたく。
「わかりません。ただ、彼女は人ではなかったという可能性は浮上しますね」
「人でないなら、あの人形たちと同じってこと?」
「……あくまで、一つの可能性ですが」
そう前置きしつつ、優はその可能性が最も高いと思っていた。
彼らの前で、女はその美しい姿を変化させつつある。ゆっくりゆっくりと人の形が崩れていき、異形としか言いようのない化け物の姿へと変わっていく。
当然、その変化を梓と大輝、そしてりゅーちゃんも見つめていた。
「……誠が寝ててくれてよかった」
「ああ。けど、これは一体何なんだ?」
「異形も操る、か。なかなか厄介な者に目をつけられてしまったらしいな」
「異形……」
梓たちが話している間にも、女の変化は止まらない。見る間に人の姿を失い、怪獣や妖怪と言うしかない、二足歩行のモノへと変貌を遂げた。それでもよだれを垂れ流す口から漏れ聞こえるのは、あの女の声。
「何で……なん、で。何で……」
「なあ、あの人が作った異空間は壊れたんだよな?」
異形から目を離さず、梓が誰とはなしに問う。それに大輝が「そうだな」と応じると、梓は「だったら」と顔をしかめた。
「これからここに、誰かが来る可能性があるんだよな。その人に、あれを見せるわけにはいかないよな」
「あっ……」
大輝が青ざめ、七海たちもハッと気付く。何も知らない人がこの状況を見て、何が起こるかは簡単に想像出来る。
「倒すしかないか」
「ええ、そうね」
「倒せるのか!?」
優と七海の言い合いに、大輝が息を呑む。すると、七海が憮然とした顔で頷いた。
「やるしかないでしょ。戦いなんて、私たちだけで十分。他の皆さんが気付かず、毎日を健やかに過ごして下さったらそれで良いの」
「そう、だね」
「りゅーちゃんは、誠のことを頼む」
「わかった」
りゅーちゃんと誠を除く四人が戦闘態勢を再び整えようとした時、突然異形のモノがぴたりと動きを止めた。ゆらゆらと揺れた後、ゆっくりとうつ伏せに倒れる。
巻き上がった土埃の向こうに、何者かの影が浮かび上がる。土埃と共に砂となって消えていく異形を眺め、その誰かはぽつりと呟いた。
「
「誰だ……?」
梓の疑問は、その場に立つ四人全員の疑問でもあった。
しかし、りゅーちゃんだけは違う。険しい顔をして、土埃の向こうを睨み据えていた。
「お前は……」
「知っているのか、りゅーちゃん……?」
りゅーちゃんは問いには答えず、その銀色の瞳を土煙の中へ向けていた。
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