第24話 幾多の人形

「お待たせ、二人共!」


 その声は七海であり、梓と大輝はほっと胸を撫で下ろした。

 七海と優は、二人に加勢しつつ姿のない誠について口にする。今彼は、りゅーちゃんを呼びに走っているという。


「こういう言い方はあんまり良くないかもしれないけれど、先にわたくしたちのところに来てくれてよかった」

「というか、居合わせられてよかったですね。俺たちは、さっきまで出掛けていましたから」

「ええ。……さあ、四対一だけど。どうする?」


 七海が問い掛けたのは、薙刀を振り回す女だ。彼女は梓と大輝の二人相手では余裕を見せていたが、一気に敵が倍になって動きが鈍っている。


「……っ。こちらとて、引くわけにはいかない!」


 マスターの意に背きたくない。また褒められたい。そんな思いを原動力に、女は地を蹴った。


「来る!」

「二人は下がって! 少しでも休むの」

「一旦引き受けるよ」


 七海と優は梓たちの前へ出ると、合図することなく呼吸を合わせた。女が突っ込んで来るのに合わせ、同時に足を蹴り上げる。


「ぐあっ」

「流石です、お嬢様」

「流石ね、一条」


 二人の蹴りは、女が振り下ろそうとした薙刀の柄を捉えた。そして返り討ちにしたのだ。

 どさりとバランスを崩して膝を折った女は、再び立ち上がろうとして、自分の上に影が差したことを知る。見上げれば、七海と優に見下されていた。


「くっ……」

「さあ、どうしてくれようか?」

「俺たちとしては、貴女を殺そうとかそういうことは考えていません。貴女の『マスター』の所へ案内して頂きたいだけです」


 七海たちの考えが自分と同じで、梓はほっとした。刃物を扱っている時点で言えたことではないが、梓は敵とはいえ誰かを傷付けて意に添わせたいわけではない。言葉を交わすことで解決出来るのならば、それが一番良い解決策だと思う。

 しかし、女は憎しみをたたえた瞳で七海たちを睨み据える。そして立ち上がると同時に、薙刀で周囲を薙ぎ払うように振り切った。そんなことをされれば、七海も優も退くしかない。


「甘く、甘く見られたものだ」


 女はゆらりと体勢を整え、指を鳴らす。すると、いつの間にか復活していたものを含め、十五人ほどのスーツのものたちが並んでいた。それらを従え、女は吠える。


「ここで全員、ぶっ殺す!」


 その声に応じるように、無言のものたちが一斉に動き出す。スーツに革靴というビジネスルックで何故そんな動きが出来るのかわからないが、素早くアクロバティックに七海と優に迫って行く。


「――っ!」

「お嬢様、まだ動けますね?」

「当たり前でしょう!?」

「その意気です」


 優に鼓舞され、七海は得意の弓矢を構える。彼女が思い切り戦えるよう、優は近付き過ぎたものたちを己の剣と体術で倒し遠ざけていく。そして、優に倒されなかったものたちも、七海が矢を的中させて倒すという連携プレイだ。


「やっぱりこっちにも来るよな」

「ああ。梓、準備は?」

「大丈夫」


 七海と優の周囲を謎の存在が囲んでいるのと同様に、梓と大輝の周りにも、全力で追いかけっこをしたものたちが近付いて来る。二人は頷き合い、仕掛けるために駆け出した。

 当然相手は素早く、動きを読むことも難しい。梓たちは相手に一度は躱されることを前提に、先を予想して剣を振り斬って行く。

 戦闘経験を重ね、梓も大輝も先を見越して動くことが出来るようになって来た。それでも生気のない相手には戸惑いもあり、大輝が梓の気持ちを代弁する。


「本当に、何なんだよこいつら!」

「人形みたいなものだって聞いてるけど……。数が多過ぎる」

「お前たちの言う通り、こいつらは『人形』だ。ただ敵を倒すことだけを目的に動く。今度こそ、マスターの御為に!」

「うわっ」


 人形に掴みかかられ、梓は思わず悲鳴を上げた。振りほどこうとしたが、返って腕をギリギリと強く掴まれてしまう。しかも剣で横薙ぎに斬ろうとすると、その一瞬だけ退かれるため厄介だ。

 二度目、梓は自分の倍近くある体格の人形に首を掴まれ持ち上げられた。苦しさから逃れようと人形の腕を掴んで暴れたが、全く効果がない。

 息が出来ずに意識がもうろうとした時、梓の耳に大輝の声が届いた。


「梓!」

「ゲホッ。大輝、ごめ……」

「ありがとうの間違いだろ!」


 怒鳴った声に、安堵が混じる。大輝が人形の背後を取り、その背中を斬りつけたのだ。そのため人形は梓を手放さざるを得なくなり、次いでその姿を消した。

 梓は「ありがとう」と言い直し、七海と優の「無事?」という声に手を振って応じた。更に大輝に加勢するため、剣を握り直して一歩踏み出す。


「きりがない!」


 梓の言う通り、人形は順調に増え続けている。女が指を鳴らす毎に増え、倒しても倒しても終わりが見えない。四人がこの状況に疲労し始めた時、何処からか聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「無事か、お前たち!」

「お待たせ!」

「りゅーちゃん、誠!」

「――来たか、龍」


 梓たちの視線を集め、りゅーちゃんが胸を張った。その隣で現状に目を丸くした誠がいて、更にりゅーちゃんを奪おうと女の僕たる人形たちが群がり始める。


「な、何だよこいつら!?」

「あやつらの武器の一つ、人形たちだ。誠、教えた通りにやってみよ」

「わ、わかった」

「何をしようと、たった二人でどうしようっていうの? 諦めて捕まりな!」


 梓たちを人形たちで足止めし、女はせせら笑う。

 しかしそれにニヤリと笑い返したりゅーちゃんをかばい立った誠が、右手を胸の上に添えて目を閉じる。まさに人形の一つが誠の頭を掴もうとしたその時、誠から凄まじい力の波動が発せられた。

 梓たちが見守る中、誠がカッと両目を開く。


「――守れ。弾き出せ!」

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