第23話 綻び
梓と大輝が女と戦闘を繰り広げていた時、誠は一人で異次元空間の出口を探していた。
「何処だ……!」
こういう特殊な空間には、必ず小さな綻びが生じる。それは、守りの力を極めた祖父の言葉でもあった。どれほど高名な術者であっても、綻びの一切ない完璧な空間を作ることは不可能に近い、と。何処かにはいるかもしれないが、と祖父は笑った。
(さっきのあの女の言葉を信じるなら、意図的に作られた出口はない。だったら、綻びを見付けて出口を作るしかないよな)
自分を信じて任せてくれた、梓と大輝に応えたい。それが今の誠のモチベーションだった。
背後では激しい戦闘音が響いているが、一度も誠を急かす言葉は聞こえてこない。だから、誠は懸命に綻びを探す。
「――誠っ!」
「!?」
一度だけ、女の斬撃が誠に襲い掛かったことがあった。しかしそれに梓が追い付き、ギリギリではあったが薙ぎ払って守ってくれた。すぐさまその場を去った梓に礼を言う暇はなかったが、その時一瞬見えた眼差しに鼓舞される。
(……探さなきゃ)
誠は深呼吸すると、そっと目を閉じた。真っ暗な世界にあって、外音を遮断する。仮に攻撃があたった場合、無事では済まない。
しかし、誠はそれを実行した。梓と大輝ならば大丈夫だという確信があるから。当然、物陰には隠れている。あまり二人に負担をかけたくはない。
ピンと張り詰めた気持ちの中、空間に編み込まれた力の糸をたどって綻びを探す。
「……あ」
あった。言葉を飲み込み、誠は目を閉じたままで綻びに触れる。目を開けてしまえば、きっとこの綻びは隠れて見えなくなってしまうだろう。
「……もしや」
誠がそろそろと指を伸ばしていた時、梓たちに気を取られていた女が視線を向ける。彼女の力で創られた空間で異変があったのだから、当然だ。
女の視線の先を見て、梓はすぐに動いた。彼女よりも先に誠のもとへとたどり着き、彼を守らなければならない。
「誠ッ! 振り返るなよ!」
「――!」
声に気付き振り返りそうになった誠だが、梓の険しい声に視線を固定する。自分がすべきことをするために、真っ直ぐ手を伸ばした。
そんな誠の背後で、梓と女がぶつかる。
「どけ!」
「どくわけないだろ」
「この――っ」
「大輝、誠を!」
「任せろ」
梓の後ろ、誠との間に大輝が控え、細身の剣を真っ直ぐ構える。その頼もしさに背中を預け、梓は振り下ろされた女の薙刀を剣で受け止めた。
バシンッという重い音がして、梓は歯を食いしばる。震える手に力を入れて、圧し潰そうとしてくる女から身を守るのだ。地面にめり込むような錯覚を覚えながらも、梓はその時を待っていた。
「――行って来る!」
その声は、誠のものだ。梓は振り返ることが出来なかったが、代わりに大輝が「頼むぞ」と見送る。誠は見事空間の綻びを広げ、外に出ることが出来たのだ。
気付いたのは、当然梓たちだけではない。女は盛大に舌打ちすると、梓の剣を蹴り飛ばした。
「うわっ」
「梓!」
弾き飛ばされた梓が思い切りしりもちをつくと、大輝が慌てて駆け付けた。親友の手を借りた梓は、地面と擦れて熱を持った足の傷をかばいながら立ち上がる。
彼らの前には、薙刀を握る手に力を込めて睨み付けて来る女の姿があった。彼女にとって、異空間を突破されるのは初めての経験だ。だからこそ、決して力の強くない誠にこじ開けられたことは屈辱的経験となる。
「あまりこちらを見くびるなよ」
「俺たちも、倒されるわけにはいかない」
「そういうこと。七海さんたちが来るまで、オレたちで我慢しろよ」
梓と大輝は、乱れた呼吸を整えつつ女の出方を探る。特に大輝は、梓が傷だらけなことを見かねて寄り添っている。
女は瞬時に綻びを繕い、力の余剰分を梓たちに向けようと手のひらを二人に向けた。それがまともに当たれば、ひとたまりもない。
「大輝」
「梓」
「――死ねッ」
薙刀が振るわれ、その斬撃に得体の知れない力の波動が乗る。梓と大輝は力を合わせ、波動を止めようと剣を振るった。叩き付けるように振り下ろされる薙刀の動きは美しく、しかし危険を伴なっていた。
キンッキンッと打ち合う刃の間隔は徐々に狭まり、梓も大輝も息が上がっていく自覚をする。薙刀の長さを活かし、女は一定の距離を取って梓と大輝をもてあそぶ。
「――梓、二人で一気に距離を詰めよう」
「わかった。……行こう!」
同時にその場を飛び出し、梓と大輝は見事に連携して左右前後から女に襲い掛かる。梓が前から来たかと見れば、唐突に退いた梓の後ろから大輝が飛び出し、女と切り結ぶ。
「クッ」
「……っ」
「もう終わり? 手ごたえないわね」
鼻で嗤った女は、ちらりと開けられた出入口の方を見る。しかしそれは五秒ほどで終わり、飛び掛かって来た大輝を軽くいなす。
一体どれほど時間が経っただろうか。梓と大輝は呼吸を整えきれないまま、全力で女と戦っていた。何度も切り結び、剣術の基礎は覚えたのだと笑う。
傷だらけになりながら、梓と大輝は女に向かって行く。
「まだだ。まだ……」
肩で息をしながら、梓は七海たちを待つ。
そしてしばしして、二人を呼ぶ頼れる声が聞こえて来た。
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