第22話 役割分担

 りゅーちゃんの言った通り、無言で画一的な動きをするスーツの男たちに実体はないようだ。日守家での鍛錬中、何度もわらの束を斬って腕を磨いていた梓と大輝は、その手応えのなさに戸惑いを覚えていた。


「くっ……! 実体はないのに、掴みかかられた手の力は本物なのかよ」

「大輝、捕まったらどうなるかわからないんだ。……っと、危なくなったら逃げろよ!」

「それはお互いにだ」


 パシュッと空を切った大輝の剣だが、確かに追手を一人また一人と倒している。当然無傷ではいられず、何度か男たちに掴まれて無理矢理逃げたために、腕の一部が赤く腫れていた。

 無茶をするなと大輝に言いながら、梓の腕にも切り傷が散見される。男たちは腕力だけでなく、一部は梓たちと同様に刃物を持っていた。ごく浅いが、血がにじんでいる。


「梓、大輝!」


 二人の戦いを見守るしかない誠は、精一杯の声で友人たちの名を呼ぶ。二人が彼の方を見て思い思いの反応を示す中、誠は自分に何が出来るか考え込んでいた。


「ちっ……。このまま町中で戦ってるわけには」


 いかない。そう呟いた直後、梓はふと違和感を覚える。


(本当に?)


 戦いながら周囲を見ることは難しいが、梓は敵の隙を突いて一旦距離を取る。そしてぐるりと見回してみた。見回すことで、疑念は確信に変わる。


(やっぱり、そうだ)


 梓が難しい顔をしていることに気付き、一人倒した大輝が大声で問う。


「どうした、梓!?」

「大輝……。気付いたんだ。俺たちが戦ってること、俺たち以外にはバレてない」

「は!? こんな町中だぞ。確か誰も通らないし騒ぎも……」


 大輝が押し黙り、会話を聞いていた誠も「そっか」と合点した。


「誰も気付かないんだ。僕らが

「人の気配が一切しない。少なくともここは、なんだと思う」

「……せいかーいっ。頭も察しも良いのね、敵にしておくには勿体ない」

「お前は、この前の」


 パチパチとおざなりな拍手をしたのは、以前梓を襲った紫の差し色をした髪の美女。手を止めると、冷えた瞳で梓たちを睨みつけた。


「少しの間で、力をつけたものよ。けど、これ以上はあの方がお許しにならない」

「許してもらう必要はない。それに、この状況は俺たちにとっても好都合だ」


 梓がそう返すと、紫の女は眉をひそめる。

 梓たちとしても、こんな公道で剣を振り回している姿など誰かに見られたくはない。目的は違うとしても、結果は同じだ。梓はふっと笑うと、女に剣を向ける。


「そういえば、七海さんが言ってたよ。あんた、幻覚を使うんだろう? その御蔭なんだろうな」

「……。こいつらで充分かと思ったが、そうでもないらしいな」


 チッと盛大に舌打ちをした女は、ちらりと先程まで梓たちを襲っていた男たちを見た。その数は初めの数から半減しており、梓と大輝の成長を示す。

 しかし、それは女の側にとっては不都合。女は少し考えた後、小さな声で「仕方がない」と呟いた。


「今ここで、お前たちを殺そう。丁度、龍も日守もいないらしいからな」

「……! やれるものなら」

「やってみろよ!」


 梓と大輝も挑発し、戦闘が開始される。「えっ」と誠が止める間もなく、女が何処からか薙刀を取り出した。ヒュンッと回し風を切らせ、真っ直ぐに梓を見据える。


「死ぬ覚悟をしてから物を言うことだな」

「――っ。どっちが」


 梓も剣を構え、いつでも飛び出せる体勢になった。真っ直ぐに女を見つめ、その動きを注視する。

 その近くで、大輝がそっと誠に近付く。そわそわしていた誠が、それに気付いて目を瞬かせた。


「大輝さん……?」

「しっ。誠、七海さんとりゅーちゃんを呼んで来て欲しい。お前たちが帰って来るまで、ここはオレたちでもたせるから」

「え、何を言って……」

「驚かせてごめん。でも、戦闘経験の少ない俺たちが単独で勝てる相手とは思えない。悔しいけど、七海さんの助力は不可欠だ。だから、頼む」

「……」


 誠は、梓と大輝に確固たる勝算があるのだと思っていた。しかしそれは見た目だけで、本当は不安なんだと知り、きゅっと唇を引き結ぶ。


(僕は戦う力を持たないけど、役に立ちたい)


 ひそひそ声のまま、誠は小さく頷く。わかった、と呟いた。


「待ってて。すぐに呼んで来るから」

「出るまでの時間は稼ぐから」


 ふっと目を細めた大輝の背後では、女と梓の戦いが始まっていた。無駄のない動きで梓を翻弄する女は、青年の未熟さに唇の端を引き上げる。


「お前……、やはりまだまだ初心者だな。動きに無駄が多い」

「言ってろ。だとしても、絶対に倒されない」

「威勢の良いことだ」


 ガキンッと重い金属音が響き、梓の剣と女の薙刀がぶつかる。梓は何とか優勢に持ち込もうと力を入れて押すが、女は涼しい顔で押し返す。ギチギチと嫌な音がする中、梓は薙刀の柄を蹴って距離を取る。


「おっと」

「――っ」

「既に肩で息をしているな。……そろそろ終わりにしてやろう」


 そう言って嗤い、女は薙刀を振り上げた。しかしその刃が梓に届くことはなく、別の刃と切り結ぶ。


「オレもいることを忘れるなよ」

「大輝!」

「忘れてないよ。勿論、あっちで逃亡を図っている奴もね」


 梓の前に立ち塞がるように入り込んだ大輝が、女の言葉にぴくりと眉を寄せる。それを面白がった女は、くすりと妖艶に微笑んだ。


「良いことを教えてやろう。この幻覚空間の管理人は私。つまり、私が許しを与えなければ、何人もここから出ることは出来ない」

「――っ」


 もしかしたらを期待し、梓と大輝は誠を助けを求めに向かわせようとしていた。しかしそもそもこの場所を出られないとなると、この計画は頓挫とんざする。

 だったら、と大輝は細身の剣を滑らせた。女の薙刀をいなし、梓が後ろから女に飛びかかるのを知って飛び退く。


「だったら、お前を倒して出るだけだ」

「大輝、連携していくぞ?」

「おう」


 大輝は女に攻撃を躱されたが、梓は着地と同時に彼に呼びかける。それに大輝の肯定の答えを得、梓の足は再び地を蹴った。

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