第31話 神代の癒し手

 獣たちに襲われて大怪我をした梓は、痛みのあまり気絶するように眠った。そして今、夢を見ている。


(あれは……誰だ?)


 夢とは、理解し難いものを見せることが良くある。今回の夢も例に漏れず、梓は困惑していた。何せ、自分が全く知らない何かの儀式の場にいて、その儀式を見つめているから。

 梓が周囲を見回すと、それは何処かの神社の境内に様に見える。境内の石畳の上に、数十人の人々がひれ伏し、何かを祀っているらしい。

 一体何を祀っているのか。梓がそちらに目を向ければ、見たことのある面影があった。


(あれは、りゅーちゃん? でも、見た目の年齢が……)


 銀の髪に空色の瞳。見間違いようのない中性的な面差しの神々しい姿は、確かにりゅーちゃんだ。しかし、その姿は梓より年長に見える。現在のりゅーちゃんは五歳位の姿のため、違和感が先行するのだ。


(あ、そうか。これは、過去のことなんだ。夢だから、今のことじゃない)


 何となくわかってしまう。何かの拍子に、梓の夢とりゅーちゃんの記憶が繋がったのかもしれない。現実味はないが、梓はそう思った。

 その間にも、儀式は続く。白装束の女性が三人、舞台に上がって舞を始める。更に雅楽が加わり、賑やかになっていく。

 やがて静かになると、りゅーちゃんはゆっくりとした所作で柔らかく舞う。その優美さに目を奪われている間に、場面転換していた。


「ここ、は……」

「私の夢の中だよ、梓」

「りゅーちゃん……だよな?」


 梓が振り返ると、そこには美女が立っていた。足元まで伸びた銀の髪をなびかせ、水色の瞳で梓を見つめる。

 見えていたはずの社や舞台は搔き消え、白濁とした空間に立っていた。自分より少し背の高いりゅーちゃんを見上げ、梓はふっと笑う。


「綺麗だな、りゅーちゃん」

「礼を言っておこう。あの頃は、一年に何度か人の形を取って姿を見せたこともあったのだ。それはもうはるか昔のことだが、あの頃を少し思い出したよ」


 くすくす笑うりゅーちゃんは、ふと笑いを収める。そして、そっと梓の額に触れた。その冷たさに、梓はびくっと体を震わせる。


「冷たっ」

「死んでいるからな。体温は無いに等しい。……しかし、お前もいつもより体温が低い。私はお前の傍にいる。大輝も怪我をしていたから、一緒だ。七海と優は少し時間がかかるらしいが、こちらへ向かっている。安心して、体を休めろ」

「あ、俺やっぱり怪我して寝てる……? それに、今何処にいるんだ?」

「起きればわかる。新たなこともな。待っているぞ」

「……わかった」


 頷くと、梓の視界をりゅーちゃんの手が覆った。そのまま眠くなり、梓は目を閉じその場に崩れ落ちる。

 膝がガクリとした直後、梓の体を誰かが支えてくれた。その柔らかく安心する感覚に、梓は意識を手放した。


「……さて、と」


 眠った梓を抱き上げ、りゅーちゃんは軽く息をつく。梓の背中の傷を目の当たりにした時はないはずの心臓が止まるかと思ったが、ある人物のお蔭で何とかなりそうだ。


「全く。縁というものは不可思議なものよの」


 華奢な女性が男子高校生を抱き上げているという奇っ怪な状況だが、りゅーちゃんは何食わぬ顔をして上を見上げた。上には何もなかったが、徐々に景色が消えていく。


(夢が終わる)


 唇だけを動かしたりゅーちゃんは、梓と共に消える夢世界と共に消えた。


 ***


「……あ」


 ぼんやりと目を覚まし、梓は覚醒しない頭で夢のことを思い出していた。大人の姿のりゅーちゃんの神々しいまでの美しさを思い出した瞬間、背中に痛みが走る。


「いった!」


 飛び起きてみれば、上半身は何も着ていない。その代わり、包帯がぐるぐると巻かれていた。


「背中の怪我に、手当してもらったのか……。けど、ここは何処だ?」


 見慣れない天井、床板、壁。少なくとも、梓や大輝の家、日守の家でもない。困惑していると、梓のいる部屋の戸がノックされた。


「あ、はい」

「起きたのね、美津野木さん」

「……貴女は」


 部屋に入って来たのは、ワンピース姿の女の子。誠よりも年下に見える彼女は、自分を見つめる梓にふっと微笑んで見せた。


「前会った時は、巫女装束でしたっけ。神代命かなしろみことです」

「あっ。竜水神社の……」


 名乗られ、ようやく梓は少女が誰かがわかった。梓たちが最初に竜水神社に行った時、宮司のじんが紹介してくれた彼の娘が目の前の少女だ。

 ということは、ここは神社か。梓が尋ねると、命は頷く。


「そうです。社務所の奥の部屋です。貴方のお友だちは、先に目を覚ましていますよ。それと、龍神様も」

「大輝、起きてるんですね。よかった。りゅーちゃん、いるんですか?」

「呼んできます。あ、これよかったら」


 命が差し出したのは、温かそうなおじや。それを見た途端、梓の腹の虫が鳴いた。思いがけず顔を赤くする梓に、命は小さく笑った。


「背中に大怪我をしていたので少しだけ治癒しましたが、随分長く眠っていましたよ。お腹に優しいと思うので、ゆっくり食べて下さい」

「あ、ありがとう……」


 命が部屋を出て行って、梓は添えられていた木の匙でおじやを口に入れた。熱過ぎず、食べやすい温度のそれを頬張っていると、また戸をノックされる。どうぞと梓が言えば、りゅーちゃんと大輝が顔を覗かせた。


「起きたか、梓」

「おそよう。背中、痛くないか?」

「おそよう。思ったよりましだよ。包帯も巻いて貰ったみたいだし、思ったよりも痛くない」


 獣の爪で思い切り引っ掻かれたのだ。傷を負った時は気絶するほどの痛みを感じたが、今は足を擦りむいたくらいの痛みだけ。梓が不思議だと首を傾げると、りゅーちゃんが肩を竦めた。


「礼は、命に言え。彼女は治癒の力を持つ神代の守護者だ」

「……彼女も?」

「らしいよ。オレも怪我を癒してもらった。完全に傷が癒えるほどの力はないって謙遜していたけど、痛みがほとんどなくなったから凄いよ」

「治癒の力……」


 怪我の治療だけでなく、包帯を巻いたのも命だと言う。オレは手伝いをしただけだよ、と大輝は笑った。


「後で礼言っとけよ。オレも言った」

「そうする」


 梓がおじやを食べ終わる頃、部屋の外がにわかに騒がしくなる。どうやら七海と優、そして誠もここへ来たようだ。

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