第30話 急襲
「うわっ!?」
「梓、逃がすなよ」
「わかってる」
夏休みが明日から始まるという放課後、梓と大輝は公道で何かに囲まれるのを感じた。その直後、四足の獣に襲われて今がある。
鋭く太い爪を躱し、梓は飛びすがって手のひらから剣を取り出した。学校指定のリュックは動くのに邪魔で、近くの電信柱のたもとに置き去りだ。
「ハッ!」
「グルルッ」
「オレも!」
梓が獣に向かって斬撃を繰り出すが、それは見事に躱される。それに続き、大輝が刺すように剣を突き出す。
払うのではなく刺すことで、一点集中を狙った。その狙いは獣の目にあったが、躱される。その代わり、獣のふさふさしたしっぽの軸を捉えた。
「ギャッ」
「梓、今だ!」
「了解っ」
掴んだ好機を逃す手はない。勢いのまま近くの街路樹に剣ごと突き立てた大輝の合図に応え、跳んだ梓は獣の首目掛けて剣を振り抜いた。身動きを取れなくなっていた獣は、断末魔の叫び声を上げて首を落とされる。しかし血が噴き出すことはなく、そのまま霧のように消滅した。
着地し、妙に手応えのない剣を軽く振る。梓は立ち上がり、獣がいた場所を振り向いた。その近くには大輝も立っていたが、剣を街路樹から抜いて息をつく。
「……消えた。あのスーツの男たちみたいだ」
「これも人形ってことか? でも、紫谷とは倒れ方がまた違う。何がどう違うっていうんだよ」
「その前に、この状況から抜け出さないといけないけどな」
大輝の言う通り、今二人は倒した獣と同じ姿の獣たちに囲まれている。総数は十頭。たった二人で五倍の敵を相手取らなければならない。
ゴクリと喉を鳴らし、梓は背合わせになって互いの背中を守る大輝に声をかけた。あくまでも軽い調子で。
「なあ、倒せると思うか?」
「さあな。ここは空間の中みたいだし、助けは期待出来ない。七海さんたちも、もしかしたら同じ状況かもしれないし」
「……少なくとも、家には帰るぞ」
「当然……だろ!」
大輝が屋根から飛び降りて来た獣の眉間を突き、乱戦が始まる。
眉間に穴が開いた獣はそのまま姿を消したが、すぐさま別の獣が飛び出して来る。その鋭い牙を間一髪躱した大輝だったが、いつの間にか背後に迫っていた獣のタックルをまともに食らった。
「ぐっ」
「大輝!?」
「だい、じょうぶだ。お前は自分の身を守れ!」
街路樹に背中を打ち付けた大輝は、自分の元へ駆け寄ろうとする梓を懸命に止めた。口の中に血の味はするが、辛うじて骨は折れていない。再び突進してきた獣の顔面を斬ると、痛みを堪え勢いをつけて立ち上がった。
走り出そうとした足を止められた梓は、自分の進行方向から向かって来る獣の頬に剣の腹を叩き付ける。それで一頭が吹っ飛んだが、巻き込まれたのは一頭だけだった。更に別の一頭が跳躍し、梓はそれを迎え撃とうとして背後のそれを失念した。
「ぐあっ――いっ……!」
後ろに忍び足で近付いて来ていた新たな獣は、その鋭い爪で梓の背中を引っ掻く。三本の太く赤い筋からは血が溢れ、梓は意識が霞むのを感じながら意地で両足に力を入れた。そうしなければ、倒れ伏して意識を手放し、二度と起き上がることが出来なくなる。
「くっ……そが!」
梓は歯を食い縛り、血の匂いに引き付けられたらしい獣を一気に三頭倒す。少なくとも、残り二頭。まだ戦わなければと剣を構えた時、正面にその二頭が現れた。
「グルル」
「グッグッ」
「やられて、たまるか……よ」
「梓!」
大輝の声が近くに聞こえ、顔を上げれば梓の頭上から飛び降りて来る大輝の姿がある。そのまま二頭を斬り捨てた大輝が、青い顔をして梓の方へ駆けた。
「梓、後ろ!」
「――っ、ああ!」
獣の気配を感じ取り、梓はほぼ反射的に振り向きざまに剣を振るった。すると、まさに今彼に襲い掛かろうとしていた獣が両前足を斬られて倒れ伏す。
肩で息をする梓の肩に、大輝の手が触れる。
「倒したぞ、全部。早く手当てしないと」
「ああ。っ……ごめん、無理かも」
「梓!?」
ほっとすると同時に、梓は自分たちを囲んでいた異空間が解除されるのを感じた。獣を全て二人で倒したことが証明され、肩の力が抜ける。力が抜け、同時に急速に背中の激痛が思考を支配し、梓は大輝の目の前で意識を失った。
***
「……あーあ、倒しちゃったか」
気を失った梓と大輝を見下ろし、誰かが残念そうに呟いた。その者の傍には、梓たちを襲った獣と同じ姿をしたものたちが侍っている。自分の二倍はある獣の顎を撫で、その者は頬杖をついた。
正直、十頭の人形に襲わせれば流石に死ぬだろうと高をくくっていた。しかし梓も大輝も生き延び、放った獣は全て倒されて異空間も消滅した。これは予想外の出来事だ、とその者は考える。
「鍵とそのおまけだと思っていたけれど、そうではない……? いや、まさかね」
少し考えて、その者はもう一頭の獣を放とうとした。今ならば、敵となるのは大輝のみ。容易に二人共殺すことが出来るだろうと踏んだ。怪我人を抱え、大輝が十分に動けるはずもない。彼は自分が有利になるとしても、友人を見捨てない。
「――行け」
一切の躊躇なく、獣を差し向けた。数秒で片が付き、マスターに良い報告が出来るとその者は思っていた。
「ばいばい」
軽い調子のその声と共に、一頭の獣が大輝に襲い掛かった。
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