第32話 力は強くなる
「梓くん、大輝くん、大怪我したって聞いたよ!?」
「お嬢様、騒ぎ過ぎです。思いの外元気そうだね、二人共」
「な、七海さん。優さんも……ありがとう」
「ありがとう。オレも梓もお蔭様で無事です」
勢い良く部屋に入って来た七海が、目に涙をためて梓の手を握った。ベッドに腰掛けていた梓は、目を丸くしてまじまじと七海を見つめている。
大輝が苦笑し、りゅーちゃんも「落ち着け」と微笑む。七海はようやく梓がびっくりしていることに気付き、手を離した。
「ごめんね、痛かった?」
「全然。でも、心配かけてすみません」
梓は頭を下げて、七海と優の後ろにいた誠に声をかける。
「どうした、誠?」
「無事でよかった。梓さんも大輝さんも」
「それにしても、一体何でそんな大怪我を?」
当然の疑問を投げかけた七海に、梓と大輝は自分たちが襲われた獣について話した。これまで相手にして来た人型の人形ではなく、四つ足の獣の人形が襲ってきていたこと。五倍の戦力差に心が折れそうになりながら、必死に応戦したこと。しかし梓が背中を襲われ、ギリギリの状態だったことを語った。
それに加え、大輝が梓の知らない話をする。
「獣を何とか撃退したすぐ後、異空間が解除された。オレは人が来る前に梓を運ばなきゃって必死だったんだけど、丁度通りかかった命さんが助けてくれたんだ」
「それ、私たちも聞いた。大きな力の余波を感じ取って行ってみたら、梓くんを抱えて立ち上がったところの大輝くんを見付けたって」
「突然結界で囲まれたと思った瞬間、目の前の獣が八つ裂きになったんで驚いた。あの人強いのな」
「必死でしたから。あんなこと、滅多に出来ないですよ」
失礼します。そう言って微笑んだのは、いつの間にか戸の前に立っていた命だ。気付いていたりゅーちゃんと優以外が目を丸くして驚くと、命は梓の手元を見て微笑んだ。
「よかった。完食されましたね」
「おじや、美味しかったです。あと、俺と大輝のこと助けてくれてありがとうございます」
「……いえ。お二人が無事なら、それで良いです。あと……わたしの方が年下なので、敬語じゃなくて良いです」
「わかった。神代……命さんも、敬語じゃなくていいよ」
「わかり……わかった」
頬を染めてこくんと頷いた命に、梓は笑いかけた。
そんな二人のやり取りを見て、大輝たちが何故か集まって後を向く。こそこそ何か話しているが、少し距離があるため梓にはちゃんと聞こえない。
「……ってやっぱり」
「よね。……だと思っ……」
「……様、楽し……です」
「……なのかな?」
(何話してるんだ、あの人たちは……?)
梓は首を傾げたが、聞くのも違う気がして話題を変えた。
「命さん、この部屋俺が占領してて良いの? 社務所の一室なんだろう?」
「あ、うん。お父さんにも許可もらったから。梓さんたちが良くなるまで、この部屋使えば良いって。親御さんには、お父さんが連絡してるから」
「え、マジか。後でお礼言わないと」
「親に? あー……驚かれそう」
そう言って頭を掻いたのは大輝だ。彼は梓とは異なり、家族にりゅーちゃんの関係者はいない。家は基本放任気味だが、この時間まで音沙汰がないとなれば話は別だろう。なにせ、もう午後十時前だ。
「って、誠も帰らなくて良いのか? もう夜遅いぞ」
「友だちの家に泊まるって言ってあるから大丈夫。流石に神代の家って言ったら安心してたよ」
「同じ四家の一つだからね。日守も一緒にいますって言ってあるわ」
七海が何故か胸を張り、誠も頷く。
成る程、焦る必要はないらしい。梓はほっと息をつくと、そっと自分の背中に手を回した。自分の体だから、どのあたりが傷付いているかわかる。触れてみると、鋭い痛みが走った。
「痛っ」
「まだ完治はしていないから、梓さん無理したら駄目だよ。勿論、大輝さんもね」
「バレたか」
ふふっと笑って小さく舌を出した大輝の体をよく見れば、腕や足、シャツの襟からわずかに覗く包帯がある。左頬にも絆創膏を貼っており、梓は大輝の状態を初めて知って目を見開いた。
「大輝、お前……」
「お前と一緒だよ、梓。あの獣たちと戦って、怪我したんだ。幸い、お前ほどの大怪我じゃなかったけどな」
命が治療してくれたんだ。そう言って、大輝は命の方を見た。
「その時聞いたけど、神代家は治癒の力に秀でた家柄なんだって。医者も多く輩出している家らしい」
「父も、医師免許を持っているの。だけど神主の方が合ってるからって、呼ばれた時だけそちらの仕事もしているみたい」
「凄いな。俺も獣に背中を思いっ切り引っ掻かれたはずだけど、今そこまでの痛みはないんだ。それも、命の力のお蔭だな」
ありがとう。改めて梓に礼を言われ、命は赤面して俯いた。
「わ、わたしはまだ、完全に怪我を治すことは出来ないから。自然治癒の力を手助けして、少しでも早く傷が治るように、痛みが長引かないように手当することしか出来ないから……」
「お蔭で、俺はあの気絶する痛みから解放されて、こうやって話せてるよ」
「俺も。実は悲鳴上げたいくらい痛かったんだけど、きみが一生懸命治してくれたから、こうやって笑っていられるんだ」
「……二人共、良い人過ぎるよ」
鼻をすすり、命は「ありがとう」と微笑んだ。梓と大輝に背中を押され、命の力は今後飛躍的に伸びていくことになる。
深呼吸して、命は部屋の中を見回した。そして、壁に掛けられた時計を見て肩を竦める。
「そろそろ、皆さん寝て下さい。日守さんと一条さん、りゅーちゃんさんと千影さんの部屋も、父が用意してくれているので、こちらへ」
「ありがとう、命ちゃん。私たちにも敬語は使わなくても良いよ。学校や部活じゃなくて、りゅーちゃんを守る仲間だから」
「そうですね、お嬢様」
「私のことも、りゅーちゃんで良い。この名は結構気に入っている」
「あ、それは僕も」
次々にタメ口で良いと言われ、命は面食らいながらも頷く。すると笑顔の七海に抱き着かれ、命は照れ笑いを浮かべた。
「梓さん、ゆっくり休んで。……おやすみなさい」
「おやすみ。みんなも、また明日」
「私はここに残ろう。すまないな、命」
「大丈夫だよ。じゃあ、梓さんのことよろしくね」
二人きりになると、りゅーちゃんは梓の隣に入り込んだ。聞けば、梓が目覚めるのを待つ間、命たちが食事を提供してくれたという。
「梓、眠くはないか?」
「実は、ちょっと。傷の痛みはかなり減ってるけど、少し心細かったんだ。いてくれてありがとう、りゅーちゃん」
「礼には及ばん。……おやすみ、梓」
「おやすみ」
支度を整えてしまうと、急速に眠気が襲って来る。梓は隣に寝るりゅーちゃんの体温を感じながら、ゆっくりと眠りへと落ちて行った。あの夢の中とは違い、りゅーちゃんの体は温かかった。
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