第17話 日守家の屋敷

 喫茶店での会合の翌日、梓と大輝は早速日守の屋敷に招かれた。その辺りの公園などで、本気の鍛錬は出来ないというのが優たちの言だ。


「……でけぇ」

「流石、現代の財閥と言われる日守家……」


 梓と大輝がぽかんと口を開けるのも無理はない。指定された日守の屋敷は、繁華街から電車で何駅か行った郊外にある。駅から十分ほどの距離だが、その存在感は周囲の山に引けを取らない。何処まで行っても壁ではないかと思われ、駅前の地図で広範囲が「日守家」と書かれていたのは嘘ではないのだ。


「昔から、日守は縁の下の力持ちであったからな」


 はっはと笑うりゅーちゃんに、梓たちが「……縁の下?」と呟いたのは言うまでもない。

 そんな梓たちの静かな突っ込みをスルーして、りゅーちゃんはインターフォンを見上げた。彼の身長では、手を伸ばしても届くかどうか微妙な高さなのだ。


「ここで突っ立っていても仕方がない。どちらか七海たちを呼び出してくれ」

「確かに、ずっと立ってたら不審者だな」

「オレが押すよ」


 大輝がインターフォンを押すと、七海でも優でもない大人の女性の落ち着いた声が応じてくれた。


「はい」

「すみません。今日、日守七海さんと一条さんと約束している、美津野木と春日です」

「お待ちしておりました。今、戸を開けます」


 インターフォンが切れると同時に、カチリと音がして戸が開く。梓と大輝が驚き一歩下がる中、りゅーちゃんは「開いたな」と呟いてさっさと戸をくぐってしまった。

 梓と大輝は顔を見合わせ、慌ててりゅーちゃんについて行く。すると幾つかの石灯籠と石畳の先に、大きな日本家屋と洋館が混ざったような建物が一軒建っていた。それは梓たちが住んでいるのとは比べ物にならない豪邸で、更に歴史も感じる佇まいだ。


「え、どうする?」

「どうするも何も……」

「お、あれは七海ではないか?」


 戸惑いを隠せない梓たちとは違い、落ち着いているりゅーちゃんがなにかを指差す。見れば、建物から現れた七海が手を振っていた。


「お三方共、いらっしゃいませ」

「お招きありがとうございます、日守さん」

「お邪魔します」

「こちらへどうぞ」


 七海に導かれ、三人は屋敷の中を通って奥へと進む。その間、左右に幾つもの襖やドアがあった。


「日守さん、この家不思議ですね」

「昔、先祖が洋風と和風を混ぜ込んだ建築を好んだらしくて。今もそれに住んでいるの」


 そんな雑談を交わしながらたどり着いたのは、体育館のような建物。その入口には『鍛錬場』と書かれている。


「一条はこの中で待っているから」

「……わかりました」

「ありがとうございます、日守さん」


 梓と大輝は息を整え、そっと鍛錬場の戸を開けた。彼らの後ろには、見守る体勢のりゅーちゃんと七海がいる。

 鍛錬場にはいると、そこは畳敷きだった。何畳あるのかわからないが、だだっ広いその奥、壁に掛け軸が掛けられた前に優が座している。その服装は柔道着などではなく、スーツに近く彼の仕事着そのままだ。


「一条さん」

「やあ、よく来ましたね。二人共」


 にこやかな笑みを浮かべた優は、フッと一息吐くと瞬時に立ち上がる。そして大股で梓と大輝の前までやってくると、じっと二人を見下ろした。


「な、何だ……?」

「一条さん?」

「……成る程。美津野木くんは厚めの剣、春日くんは細い剣なんですね」

「「!?」」


 まだ、二人は武器を見せていないし、彼に見せてもいない。何故わかったのかと一歩退く梓と大輝に、優はふっと笑ってみせた。


「驚かせてしまいましたか。俺は何と言うか……最初の守護者を育てた者の子孫でして。その関係か、相手が使う武器が何かわかるんですよ。形のあるもの限定で」

「だから……。びっくりしました」

「申し訳ない。ついでと言っては何ですが、俺のも見せておきましょう」


 そう言って、優はパチンと指を鳴らす。すると彼の前に、大振りの刀が一本現れた。わずかに反った日本刀が、大柄な優の手に収まる。


「これが、俺の武器。今まで滅多に使うことはありませんでしたが、鍛錬を怠ったことはありません」

「一条は、教え方も上手いわ。姉弟子の私が保証します」

「お嬢様……」


 嬉しそうに目を細めた優は、こほんと咳払いをすると梓と大輝に向き直った。


「さて、どんな風に鍛えましょうか。いきなりやっても体が気持ちに追い付かないでしょうから、剣の使い方から順番にやっていきましょう」

「はい、お願いします」

「宜しくお願いします」

「よし。二人共、神器を出して……」


 優の教え方は、武器について何も知らない梓と大輝に合わせた丁寧なものだ。剣の持ち方、重心の取り方から始まり、体の動かし方までこと細かい。ある程度基本教わった後、二人は練習着代わりのジャージに着替えた。

 良い師のお蔭で、梓と大輝は夕方には自分の思う通りに剣を動かすことが出来るようになっていた。しかし体作りも兼ねていたため、その頃には二人共汗だくだった。


「――よし、今日はここまでにしましょうか」

「っは、はぁ……。あり、がとうござい、ます」

「ぜ、全力以上に、頑張った、気がする」


 その場に座り込んだ大輝と、彼の横で膝に手をついて何とか立ったままの梓。二人は疲労困憊だったが、優は薄く汗をかいているだけでそれほど疲れているようには見えない。


「俺は慣れていますから。よかったら、奥にシャワー室があるから汗を流してくると良いですよ。その間に、こちらも準備がありますから」

「じゃあお言葉に甘えて」


 梓は大輝を誘い、二人でシャワーを浴びてさっぱりとした。元の自分の服に着替え、鍛錬場を出て外の庭へ出る。そちらにはベンチとテーブルがあり、七海とりゅーちゃんが飲み物と小さなお菓子を用意してくれていた。


「二人共、初日お疲れ様」

「まだまだ序の口らしいぞ。頑張れ、二人共」

「りゅーちゃんのそれは、励ましてるのか突き落としてるのかどっちだ?」

「勿論励ましているぞ?」


 不思議そうな顔をするりゅーちゃんに怒る気も失い、梓は冷えた緑茶を喉に流し込んだ。大輝も横で一気に飲み干す。


「お疲れ様でした」

「一条さん」

「ありがとうございます」

「二人共筋が良いです。毎日は出来ないと思うけれど、いつでも俺に連絡をくれたら稽古の相手位は出来ます。遠慮しなくて良いですよ」


 次から徐々に戦闘を想定したメニューにしていきます。そう言った優に、梓と大輝は同時に頭を下げた。


「「よろしくお願いします」」


 りゅーちゃんの目覚めを企む者たちは、いつ動き出すかわからない。あまり時間は残されていないが、全力で取り組むと梓も大輝も決めていた。

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