第16話 喫茶店での会合
梓と大輝は、七海と優に会う日を次の土曜日と決めた。それを七海に伝えると、彼女はすぐに了承の返答をくれる。
「これで一つだな」
「ああ。出来るだけ早くって思ってたから、丁度よかった」
コポコポ、とコーヒーが抽出される音がする。ここは、町の大通りに面した喫茶店。親戚が経営している関係で、週に一度大輝がアルバイトをしている。
夕方はいつも客席がほぼ埋まり、梓は予約席に座らせてもらうことが多い。店の奥のテーブル席を一つ、事前に伝えておけば空けてくれる。それは、休日でも同じことだ。
「ありがとうございます。いつもすみません」
「構わないよ。ちゃんとお代は貰っているし、お蔭で無人になることもない」
梓が礼を言うと、カフェオレとオレンジジュースを持って来た店主が微笑んだ。大輝はといえば、あと一時間のアルバイトタイム中である。
店主が他の客に呼ばれて去った後、梓は隣でおいしそうにジュースを飲むりゅーちゃんに向かって尋ねた。
「うまいよな?」
「ああ、美味しい。果肉も入っているが、もしやこの店で絞っているのか?」
「正解。だから、こういう店には珍しくリンゴジュースとオレンジジュースは数量限定なんだ」
契約農家から直接果物を仕入れ、一日の販売数を絞って販売している。だから、この喫茶店で飲むジュースは珍しく、しかもおいしいために需要が高い。
そんな話をしていると、大輝が三人分のレアチーズケーキを持ってやって来た。もうアルバイトは良いのかと梓が訊けば、大輝は大きく頷く。
「友達を待たせているならって、少し早めに抜けさせてくれたんだ。丁度お客さんも落ち着いて来たからな」
「なら良いけど。……レアチーズケーキ、凄くおいしそうだ」
「おじさんのケーキは本当においしいからな。りゅーちゃんも、きっと気に入るよ」
「うむ、早く食べたいぞ」
目をキラキラと輝かせて催促するりゅーちゃんの前に最初にケーキを置いた大輝は、順に皿をテーブルに置いて自分も梓の向かいに座る。ケーキを乗せていたトレイをカウンターの裏へ戻し、カフェオレを手に戻って来た。
「で、もうそろそろ時間か?」
「ああ。さっきメッセージが来たから……」
スマートフォンを眺めていた梓の耳に、カランカランという戸についた鈴の音が届く。顔を上げれば、古めかしい喫茶店の中では更に眩しい華やかな容貌の女子大生と彼女のボディーガードである青年が入店したところだった。
キョロキョロと店内を見回す七海に代わり、優が店主に声をかける。
「あの、人と待ち合わせをしているのですが……」
「日守さん、一条さん。こっちです」
「ああ、梓くんと大輝のお客様でしたか。どうぞ、奥へ」
梓が手を挙げたことで、店主も七海たちも待ち人に気付いた。ふっと笑みを浮かべて軽く梓たちに手を振り、席へとやって来る。
「お待たせしてごめんなさい」
「いえ、俺たちに会わせてもらってすみません。どうぞ、座って下さい」
「オレ、椅子もう一つ取って来る」
ここは四人席だ。梓と大輝、りゅーちゃんで既に三席が埋まってしまっている。だから店の奥から持って来ると立ち上がった大輝に、優が慌てた様子で「大丈夫だ」と言った。
「俺はボディーガードだ。その辺で置物になってるから……」
「ここは喫茶店だ。喫茶店に来た客には、くつろいでもらわないといけないんですよ。それに、今日の話は一条さんがいないと始まりませんから」
「ふふ、だそうよ。大人しく座らせてもらったら?」
「……そうします。ありがとう、春日君」
「いえいえ」
軽い身のこなしで椅子を調達して来た大輝がお誕生日席に座ると、タイミングを合わせたかのように店主が新たな客人たちに水を持って来た。
「ありがとう、おじさん。二人共、メニュー表がこれです」
「あ、ありがとう」
「このレアチーズケーキというものも美味だ。薦めておくぞ」
ニコニコとレアチーズケーキを食べるりゅーちゃんを見て、七海と優は目を丸くした。しかし何故二人がそのような顔をするのかわからず、梓は曖昧な笑顔で「あはは……」と笑うしかない。
「お待たせしました。コーヒーとレモンティー、そしてレアチーズケーキです」
りゅーちゃんと同じ、ブルーベリーソースのかかったレアチーズケーキ。頼んだ七海はパッと目を輝かせ、それから自分が穏やかな視線を集めていることに気付いて咳払いをした。
「――コホン。えっと、それじゃあ今日集まった理由だけど」
「はい。オレと梓に戦い方を教えて欲しいんです。一条さん」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げる青年たちに、優は「うーん」と眉をひそめる。
「簡単に言うけれど、何で戦いたい? 真正面からぶつからない選択肢もあるとは思うけれど」
優の言う通り、逃げ続けるのも選択肢の一つだ。しかし、梓と大輝は首を横に振る。彼らが望むのは、そちらではないから。
「オレたちは、りゅーちゃんを彼の望むようにしてやりたいんです」
「眠りを妨げられて、怯えながら助けを求めて来た。……その願いを叶えたい。りゅーちゃんがくれた戦う力を、宝の持ち腐れにすることは出来ません」
「……」
真剣な表情で、真っ直ぐに訴える二人。優は腕を組み、ちらりとりゅーちゃんを見た。すると彼はオレンジジュースを飲み干し、眉を寄せて微笑む。
「私からも頼む。私は今、彼らに助けを求める立場でしかない。けれど、この国のために考えた結果だ。……もう一度、守護者たちの力を借りたい」
「あなたにまで言われてしまうなら、仕方ありません。ただし、俺の鍛錬は厳しいですよ」
それでもついて来て下さい。優の言葉に、梓と大輝は元気よく「はい」と返事をした。
***
「……守護。龍。か」
梓たちと少し離れた席で、一人の青年がリンゴジュースを片手に呟いた。
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