第18話 練習試合
それから梓と大輝は、週末の度に日守家の屋敷を訪れた。一度だけ梓が放課後に鍛錬を頼んだが、翌日の授業で寝てしまって先生に叱られてしまった。それ以降、週末に限定している。
「――っ! ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ」
「はい、お疲れ様でした。二人共、最初よりも息が上がらなくなってきましたね」
その日も夕方になり、優との鍛錬は終わりの時間となった。彼の言う通り、梓も大輝も最初へばって動けなくなっていたのが嘘のようだ。真っ赤な顔をして汗をかいているが、きちんと立っている。
優に指摘され、梓たちは顔を見合わせ笑い合った。最近ようやく優の動きについていけるようになり、少しは成長したかと二人で話していたところだったのだ。
「一条さんのお蔭です」
休憩にと貰った緑茶を飲みつつ、梓は笑う。大輝と二人では、こんなふうに鍛えることなど出来なかっただろう。大輝も頷き、優は嬉しそうに目を細めた。
「……そういえば、二人はあの後襲われたことはある?」
「いえ、あの後は全くありません。大輝は?」
「オレもないですね。……鍛錬の時間があるのは良いですけど、ちょっと怖いですよね」
「私も本拠地がわかればと探してはいるけれど、結果はまだ出ていないわ。向こうから向かって来てくれた方が楽なんだけど」
「……お嬢様」
険のこもった優の言葉と視線を受け、七海が「まずい」という顔をした。両手で口を覆う彼女に息をつき、肩を竦める。
「貴女はいつから、そんなに戦闘好きになってしまったんですか? あれ程過剰に戦うなと言っているでしょう」
「怪我する前に、貴方が来てくれるから大丈夫。……なんて、自惚れるつもりはないわ。これでもわきまえてはいるのよ」
ボディーガードの「本当か?」という視線を受け流し、七海は梓と大輝に向き直る。
「ねえ、そろそろ実戦形式もしてみない? 私と一戦交えるの」
「お嬢様」
「良いでしょう? 勿論、剣にはカバーをしてね。仲間同士で傷付けあって、喜ぶ者はここにはいないから」
七海は弓矢の代わりにナイフを二本取り出した。懐から出したように見えたが、実際は手のひらから出現させている。それを一つずつ左右ので持ち、二刀流に構えた。
「え、今からですか!?」
「そう、今から」
周囲は薄暗くなり始め、視界は決して良いとは言えない。それでも楽しげに微笑んだ七海は、呆れる優を丸め込んだ。
「明日はみんな学校だし、また金曜日まで本格的な鍛錬はお預けになる。いつ何があっても良いように、この辺りで実践訓練も必要だと思ったのだけれど」
「……わかりました。では、連携を体に覚えさせる意味でも俺も入ります」
「決まりね」
ふふっと笑った七海が、梓たちに「どうする?」と問いかける。それに対し、梓と大輝は顔を見合わせ、同時に立ち上がった。
「やります」
「オレたちが何処まで通用するのか、しないのか。推し量るチャンスです」
「よし。では、鍛錬場に戻りましょうか」
それからもう一度、四人は汗をかくことになる。りゅーちゃんは彼らを見守りながら、梓と大輝にハンデとしてアドバイスをする役目を負った。
「ほら、後ろを取られたぞ」
「くっ!」
「梓!」
身軽に動く七海を追っていた梓は、その背後に優が迫っていることに気付かなかった。それをりゅーちゃんに指摘され、振り向きつつ退く。更にそこへ大輝が駆けて来て、上段から振り下ろされた優の剣を受け止めた。
キンッという金属音が響き、大輝と優の視線がぶつかる。四人の刃物には切れないようにカバーがかけられているが、それによって動きが制限されることはない。
「――っ」
「なかなかやりますね」
上から押さえつけられ、大輝は歯を食いしばる。優がまだ余裕のある顔で力を更に籠めると、大輝の体は床により近付いた。
そんな親友を助けようと、梓は優の背後を取るために走り出す。当然、彼を阻止するために七海も動く。七海より早くと気が急く梓だが、そこに経験の差が出た。
「ハッ!」
「うわっ!?」
「前だけ見てたら、横から襲われるよ!」
「くっそ」
突然視界に入って来た七海のナイフを梓は自分の剣の腹で受け止め、弾き飛ばした。力任せだったが、七海はズサッと床を滑って立ち止まる。その間に梓は、押し負けそうになっている大輝と力を徐々に強めている優の間に割って入る。
「大輝から離れて下さい」
「やりますね、美津野木くん」
「さんきゅ、梓」
「気を抜くなよ」
一旦大輝から離れた優に、梓は再度切っ先を向ける。そしてタイミングを見て、自ら優の懐へ入ろうと梓は地を蹴った。
「やあっ!」
「まだまだっ」
金属音が弾け、それが二度、三度と続く。梓と優の攻防は続き、その横では大輝と七海が向かい合う。
「まだ行けますよ」
「そうみたいだね。じゃあ、遠慮なくいくよ!」
七海が大きな一歩を踏指すと同時に、大輝は乱れ飛んで来る七海の攻撃を躱したり受け止めたりして、必死に応戦した。
「何処までもつかな?」
「――っ。今度はこっちから行きます!」
「こっちも!」
大輝に背中を押されるように、梓も突破口を切り開こうと必死にあがく。大きな優に力負けしないよう、全身全霊で受け止め弾き、チャンスを窺う。
そうして七海と優の力加減の調整もあり、互角なままで決着はつかない。大きな動きはないまま、三十分が経過した。
「――そこまで」
試合を見守っていたりゅーちゃんの合図に、四人は同時に動きを止めた。
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