第19話 地影の青年
「今日こそは、二人から一本取りたいよな」
「何で柔道とか剣道みたいな話になってるんだよ」
「例えだよ。運動神経良い方だと思ってたけど、まだまだだな」
金曜日の放課後、梓と大輝はりゅーちゃんを迎えに行ってから日守家へ向かう。そのルーティンは、既に一ヶ月に及んでいた。
「お前たちは、これまで戦闘訓練なんて受けて来なかったんだ。それなのに、あれだけ動けるのは最早奇跡だろう。凹む必要はない」
淡々とそう評したりゅーちゃんは、いつものように日守の屋敷のインターフォンを押そうとして動きを止めた。その不自然さに、梓が首をひねる。
「どうした?」
「いや、あの青年は……」
りゅーちゃんが指差した方から歩いて来たのは、少しチャラそうな茶髪の青年だった。鎖等のじゃらついたアクセサリーをつけ、ピアスも付けている。黒を基調としたすっきりした服装で、こちらへ真っ直ぐやって来ていた。
梓たちは青年の様子を見て、普段関わらない部類だと警戒を露にする。
「……何だ?」
「りゅーちゃん下がって」
梓と大輝がりゅーちゃんの前に立つが、二人共彼に袖を引かれて振り返る。
「危険はない。大丈夫だ」
「……りゅーちゃんがそう言うなら。って、おい!」
梓の制止を無視し、りゅーちゃんはちゃらそうな青年の方へと歩いて行く。向こうも意外に思ったのか、わずかに口元を緩ませた。
「……あんた、まさかこっちに来るとは思わなかったよ」
「
「先祖にってことか? だとしたら、ちょっと嬉しいかも」
りゅーちゃんと目線を合わせるため、千影の青年はその場にしゃがむ。
楽しそうに話す二人を遠目に見ていた梓と大輝は、顔を見合わせてから二人に近付く。彼らに気付いて立ち上がった千景の青年は、梓たちとほとんど年恰好が変わらない。彼が口を開く前に、梓は自分たちの非礼を詫びる。
「ごめんなさい。見た目で判断して、警戒してしまった」
「え……」
「オレもごめん。それから、りゅーちゃんと仲良くなってくれてありがとう」
「それ、俺の台詞だろ」
面食らって目を丸くしていた千影の青年は、軽く言い合う二人にふっと微笑んで見せた。
「こういう格好してた僕も悪いし、大丈夫だよ。この前見かけて気になったから、もしかしたらこの辺りで会えるんじゃないかって思ったんだ」
「この前?」
梓が訊けば、以前喫茶店で七海たちと話しているのを偶然見たという。千影の青年も祖父母から創生の龍の話を伝え聞いていて、更に直感でりゅーちゃんを創生の龍だと認識したらしい。
「直感……」
「千影……
「らしいね。僕の祖父さんも、勘が良い人だったらしいから。……あ、僕は
「俺は美津野木梓。高校二年。こっちはりゅーちゃん。そして」
「春日大輝、高校二年。宜しく、千影くん」
身長はほとんど変わらない。誠は先輩だからと敬語を使おうとしたが、梓と大輝は必要ないと笑った。
「一歳しか変わらない。それに、学校や部活の先輩後輩って言う間柄でもないしな」
「そうそう、だから気にしないでくれ」
「わかりま……わかった」
一通り自己紹介を終え、梓と大輝は誠と連絡先を好感した。そして去ろうとする誠に、梓が声をかける。
「千影くんは、この後何か用事があるのか?」
「いや、特に何も。創生の……りゅーちゃんに会えれば良いなと思って散歩に来ただけだから」
「だったら、一緒に日守さんに会わないか? ……折角、四家の地影くんと会えたから。俺たちは鍛錬するけど、話すだけでも」
共に敵と戦おう。そんな誘い方もあったはずだが、梓は言わなかった。決して楽な選択ではなく、初対面で誘う内容でもない。ただ、千影誠に興味があった。
梓の誘いに、誠は「もし邪魔じゃなければ」と頷く。
「ありがとう。じゃ、行こう」
「あんまり待たせたら申し訳ないもんな」
ずっと日守の屋敷の前にいたのだが、中には入らずにずっと話していた。そろそろ申し訳なくなってインターフォンを鳴らせば、使用人ではなく七海本人が出迎えてくれる。
「いつまで経っても来ないから、今日は忙しくて来ないのかと思っていたよ。いらっしゃい、地影の子も」
「お、お邪魔します」
にこやかに四人を迎えた七海は、早速鍛錬場へと彼らを案内する。日守と千影は今世ではあまり接点がないということで、初めましてと挨拶を交わしていた。
そして鍛錬場に着くと、早速梓と大輝の鍛錬が始まる。
「……凄い」
「ああ、凄いな」
鍛錬場の隅に座布団を敷き、誠はりゅーちゃんと並んで梓たちの鍛錬を見学している。彼らの目の前を、今大輝が走り通り過ぎた。梓も果敢に優に向かって行くが、まだまだレベルアップ可能である。
梓は戦いつつ、ちらりとりゅーちゃんたちの方に視線を向けた。その時真面に誠と目が合ってしまい、気まずくてすぐに目を逸らす。
「――余所見とは良い度胸ですね」
「すみません。もう一度お願いします」
梓の頼みを受け、優は再び流れるような剣裁さばきを見せる。それをお手本に、梓も優と剣を交えながら体に動きを覚えさせていく。
一閃、一閃。ようやく馴染み始めた剣士としての動きをなぞり、梓は優に食らいついた。
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