第41話 運命的別離

 咲季の命令を受け、イルカたちが叫び声を上げながら突進する。狙うは梓の首だとばかりに、他を突き飛ばして突き進むイルカたちを前に、梓は対応せざるを得ない。


「くそっ」

「フォローするよ、梓!」

「ああ」


 誠が小さな結界を幾つも創り、それとイルカたちの鼻先とをぶつける。自身のスピードがそのまま自分に返って来るカウンター攻撃に、イルカは警戒の色を示した。

 その好機を逃す手はなく、七海と優が連携して二頭目を撃破する。七海の矢で気を削ぎ、優が止めを刺した。

 しかし、咲季はそれを見ても大きな反応は示さない。肩を竦め、小さく「やられちゃった」と呟くだけだ。その様子に、大輝は不思議に思って問いかける。


「……退かないのか?」

「どうして? 今日は挨拶しに来たから、これで良いんだよ。

「――っ」


 カッと顔を赤くした大輝が、何かを口にしようとして思い留まる。奥歯を噛み締め、咲季を見つめるだけで動くことはしない。いや、今の今まで血の繋がった家族として扱って来た少女を前にしてどうすれば良いのかわからないのだ。


(オレにとって、咲季は妹だ。だけど、彼女は?)


 瀕死に陥り、近衛倭によって人形として生を受け直したという咲季。彼女は今、真っ直ぐに兄である自分たちの命を狙っている。残った獣の数は一頭であるにもかかわらず、咲季は焦る様子を見せない。


「……逃げてくれれば、よかったのに」

「大輝……」


 苦しげに言葉を吐く大輝にかける言葉が見付からず、梓は親友の肩に手を置くことしか出来ない。ただ小さく、「言おうとしてくれたんだよな」と問いかけるわけでもなく言うだけだ。

 七海たちもまた、どうすべきか考えあぐねていた。直接の関わりはなくとも、仲間の妹なのだから当然だろう。

 そんな兄たちの反応を見て、咲季は可愛らしく微笑んで見せる。


「お兄ちゃん、もう後戻りは出来ないよ。あの日、あたしが攫われた時から、運命は始まっていたんだから」

「――っ、咲季」

「大輝!」


 大輝が顔を上げた瞬間、最後に残っていたイルカの尾が振られた。いつの間に近付いていたのか、大輝の顔を殴りつけるように風を斬る音がした。

 しかし間一髪のところで梓が大輝を抱えるように抱き寄せ、難を逃れる。大輝が目を丸くして見上げると、梓が青い顔をして咲季を睨み付けていた。


「あず……」

「――咲季ちゃん、それがきみの答えなのか?」

「……梓?」


 大輝は、梓の表情を見て驚いた。真剣な表情をして冷静に見えるが、かなり怒っている。その証拠に、わずかに眉間にしわが寄っていた。

 冷えた声色の梓の問いに、咲季は目を見開いてから頷く。


「うん。もう、お兄ちゃんの味方ではいられない。勿論、梓くんともね。がっかりしたかな?」

「心から残念だよ。俺の中じゃ、咲季ちゃんも入れて四人で一緒にいつか遊べたらって思っていたから。……俺と大輝と、咲季ちゃんと、りゅーちゃんと」

「……ふっ。私もか、梓」


 思わずと言った様子で吹き出すりゅーちゃんを肩越しに見て、梓は「ああ」と微笑んだ。


「俺の中で、りゅーちゃんと別れる時の想像が出来なかったから。一緒に遊べたら、きっと楽しかっただろうな」

「……そうだね。だけどもう無理だよ」


 ばっさりと切り捨てるのは、正体を一切隠さなくなった咲季だ。最後に残ったイルカの頭を撫で、頬ずりされて少女らしい明るい声で笑った。くすぐったいよ、とイルカを再び撫でる。


「あたしはこっち側、梓くんやお兄ちゃんたちはそっち側。もう、交わる運命はないんだから」

「そうだな。きみは、俺の大事なものを傷付ける。だから……きっと嫌われるだろうけど、俺は決めたよ」


 梓は茫然としている大輝から手を離し、彼の目の前で立ち上がって剣の切っ先を真っ直ぐに咲季に向けた。


「俺は、きみを倒すよ。咲季ちゃん」

「本気になってくれて嬉しいな、梓くん。……でも、今日はこれでおしまい。挨拶だって言ったでしょ?」


 そう言うと、咲季は傍にいるイルカに飛び乗る。イルカは軽く尾を振って、一気に空高く駆け上がった。梓や優が剣を構えるが、とっくに届かない距離を取られている。


「またね、お兄ちゃんたち」

「……」


 楽しそうな顔をして、咲季は空飛ぶイルカと共に姿を消した。

 その姿を見送っていた梓は、手にしていた剣を仕舞う。咲季とあのイルカ以外に敵はいないと判断し、武装を解くためだ。

 息をつく梓に、そろそろと大輝が近寄って来る。彼はまだ少し青い顔をしていて、梓を目の前にして「――ごめん」と頭を下げた。その親友に、梓は目を見開く。


「ど、どうしたんだよ。大輝?」

「オレが迷ったせいだ。迷わずに斬っていたら、これから戦うであろう敵を減らせたのに。惑わされて、冷静な判断が出来なかった」

「咲季ちゃんを前にして、冷静とか冷静じゃないとかはないだろ。……俺の方こそ、大輝に絶対嫌われるなって思ってたんだから」


 項垂れる梓に、大輝は呆れ顔で微笑んでみせる。そんなわけ無いだろう、と背中を叩いた。


「何も理由なく咲季を傷付けられたら怒ったと思うけど、梓はそんなことしない。……まあ、こんなことがなかったら、オレが咲季の正体を知らなかったら殴ってたかもな」

「……ああ」


 少し、空気がしんみりとしてしまった。大輝の妹が近衛倭側にいるとわかった以上、戦わざるを得なくなる。やりにくいけど、と七海は呟いた。


「良いのよね、大輝くん」

「はい」


 七海の問に、大輝は頷く。そこにもう迷いは見えなかった。

 大輝が覚悟を決めたことで、仲間たちも向き合い方の方向性が定まっていく。そんな中、命が梓と大輝を見て血が流れている個所を指差した。


「――怪我した人、診せて!」

「それから、朝まで一旦休もうか」


 優も言葉を添えて、一旦解散することになった。

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