第40話 悲しき対立

「梓、大輝!」

「来たか、二人共」


 梓と大輝が外に出ると、既に他の仲間たちがいた。二人は誠とりゅーちゃんに手を振ると、近くにいた命に尋ねる。


「獣は?」

「あれ。地上なのにイルカが浮いてる」

「イルカ?」


 命の指差す方を見れば、確かにイルカが三頭浮いている。水の中を泳いでいるかのごとく尾びれを動かすそれは、真っ直ぐに梓たちを見つめていた。


「ただのイルカ、では勿論ないんだろうな。獣って地上の獣系だけかと思っていたんだけど、そういうわけでもないらしい」

「ってことは、今までの戦い方が通用しない可能性もあるってことだろ? ……それに、何かに見られてる気がするし」

「誰か?」


 大輝が感じるという違和感に首を傾げた梓だが、イルカたちが通常人間には聞き取れないはずの「キューイ」という超音波のような鳴き声を上げたことで、そちらへと意識をシフトさせる。三頭のイルカの内、真ん中の一頭が突然梓に向かって突進してきたのだ。

 咄嗟に躱した梓だが、すぐさま別の一頭に横から突進されて突き飛ばされる。木の幹に背中から激突する前に、誠の結界が受け止めてくれ大怪我をせずに着地した。


「ありがとう、誠」

「ううん。けど、なかなか攻撃的だね」

「それに……執拗なくらい梓くんを狙っている」


 七海が弓に矢をつがえ、険しい顔で言う。彼女の言う通り、イルカたちは他のメンバーには目もくれずに梓だけを狙っている。最後の三頭目もまた、梓目掛けてバブルリングを放った。


「――って、そんな優しいもんじゃないな」


 バシンッと梓の抜いた剣が、バブルリングを両断する。

 通常のバブルリングは、白イルカが作り出した後ゆっくりと水中を進んで消える。しかし今回のそれは、手裏剣やブーメランのように高速で回転しながら飛んで来る刃物だ。

 一度目は切り飛ばし、二度目は七海の矢が射落とす。しかしそれで終わらず、別のイルカがしなやかな尾を叩きつけようとした。そちらは、優が尾を斬って落とすことで対処する。

 金切り声を上げるイルカを両断し、消した優が何かに気付いて声を上げる。


「誰だ、そこにいるのは?」

「――バレちゃったかぁ」


 幼い少女の声が、さほど残念そうでなく響く。むしろ見つかって嬉しいとでも言いたげに、くすくす笑いながら彼女は物陰から姿を現した。

 現れたその姿を目にして、梓と大輝が硬直する。


「どうして……」

「……オレの勘違いじゃなかったんだな、

「ごめんね。お兄ちゃん、梓くん」

「……」


 二人の反応は異なる。梓はあからさまにショックを受けており、大輝は何かを諦め悟った表情で妹であるはずの敵に話しかけていた。

 大輝の様子を見て、梓は察した。彼が、自分に先程明かそうとした話の内容はこれなのだと。自分の妹が敵方にいるかもしれない、もしくはいるというとんでもなく打ち明けにくい話をしようとしてくれていたのだと。


「大輝……」


 自分を守るように前に出てくれた親友に、梓はそれしか言うことが出来ない。しかし大輝は親友の言いたいことを察し、振り返って苦く笑い頷いた。

 二人の反応を見守っていた優が、仲間内で最初に事態を理解する。成程、と剣を真っ直ぐに咲季に向かって突き出した。


「……つまり、大輝くんの妹は近衛倭側にいたということか。何か経緯があったのだろうけれど」

「えっ」

「そんな……」

「……」

「言いにくいと思う。だけど、教えて欲しい、大輝。一体何がどうなっているの?」


 誠と命が言葉を失い、りゅーちゃんは何も言わない。代表して問いかける七海に向かって、大輝は絞り出すように言った。


「オレの妹が神隠しにあったという話をしたでしょう? おそらくあれは、神隠しではなくて誘拐だったんだ。妹は、本物の咲季はその時にもう……」

「そんな」


 それっきり、七海も何を言うべきかわからなくなったらしい。黙ってしまった彼女に、大輝は「気を遣わせてごめん」と口にした。


「正直、オレの想像でしかない。……なあ、咲季。何で、お前がそっち側にいるんだよ。何で、兄妹で敵味方に分かれないといけないんだよ?」

「……概ね、お兄ちゃんの想像通りだよ」


 二頭のイルカを周囲に泳がせながら、咲季は無邪気な顔で言う。少女は普段と変わらない人懐こい笑みを浮かべたまま、瞳に狂気的な何かをたたえていた。


「あの日、あたしは近衛倭様に連れ去られたわけじゃない。別の誘拐犯に攫われて、殺されそうになったの。その時、助けてくれたのが近衛倭さまだった。……でもあたしはその時瀕死で。問われたの。――このまま死ぬか、人外になって生きるか」


 淡々と少女の口から語られるのは、想像を超える過去。梓も大輝も口から声を出すことが出来ず、ただ聞くことしか出来ない。


「だから、あたしは選んだ。ここで死ぬのは嫌。もう一回、家族のところで春日咲季として生きたいって」


 近衛倭は、咲季の願いを叶えてくれた。そして人間というくくりからは逸脱した人形という存在になり、約束の時まで咲季として生きることを許されたのだ。

 咲季の話を聞き、大輝は「その、約束の時って?」と震えそうになる声を押し殺して尋ねる。わかり切ったその答えが間違っていることを期待して。

 しかし、大輝の儚い願いは簡単に打ち砕かれる。


「今日この時だよ、お兄ちゃん」

「――っ」


 真っ直ぐに微笑み、咲季はイルカたちに命じた。梓を殺せと。

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