第39話 日守の別邸

 日守の別邸は、東京駅から電車に乗った先にある。やはり本邸に負けず劣らず立派な造りの屋敷で、梓たちは管理人室にいた管理人に挨拶をして早速部屋に入った。


「広い……」

「それに、滅茶苦茶綺麗だな。掃除が行き届いてる」

「向かい合って幾つか部屋があるんだな。……おや、二階もあるのか?」

「そうよ、りゅーちゃん。一階と二階、どちらにも個室があるから、みんな好きな方を選んで」


 七海の言葉に、りゅーちゃんは嬉しそうに笑って「では二階を一部屋借りよう」と意気込んだ。一階には居間とキッチン、洗面台と風呂場、それから数部屋がある。二階は全て個室になっていて、七海と優以外は全員が二階の個室を借りることになった。


「じゃあ、荷解きが終わったら一階の居間に集合しようか」

「わかりました」

「じゃ、一旦解散!」


 それぞれ自分たちで決めた自室に入ると、荷解きを始める。

 梓は背負って来たリュックサックを床に下ろし、中から着替えや寝間着用のTシャツなどを取り出した。それらをクローゼットのハンガーにかけ、その他雑多なものを出し、財布やスマートフォンをボディバッグに入れる。


(こんなもんかな)


 基本的に昼間は管理人がいてくれるらしく、安心感がある。梓は一息つくと、窓辺に近付いてカーテンを開けてみた。


「……凄いな。日本庭園が見える」


 窓から見えるのは、きちんと管理された日本庭園。敷地内と外を区切る塀は離れたところにあって、外側の喧騒はほとんど聞こえない。それでも都内らしく、遠目に東京タワーなどの巨大な建物が見えた。

 普段自宅からはなかなか見られない景色に見入っていた梓は、トントンというノックの音で我に返る。振り返り、どうぞと声をかけた。


「荷解きは終わったか、梓」

「りゅーちゃん。ああ、終わったよ。下に行くか?」

「ああ、そうしよう」


 りゅーちゃんと連れ立ち、梓は階下へと移動する。すると他のメンバーは既に集まっているらしく、賑やかな声が廊下にも聞こえて来た。


「もうみんな集まってるんだな」

「そのようだ。私たちも急ごう」


 そう言って、りゅーちゃんが今に飛び込む。梓もりゅーちゃんの後を追って駆け足で入ると、仲間たちが机の上になにやら地図らしきものを広げて軽い討論をしていた。


「待たせたな」

「りゅーちゃん、いらっしゃい。梓くんも。好きなところに座って」

「うむ」

「お邪魔します」


 梓とりゅーちゃんは、空いていた椅子に腰かける。それを待って、話し合いが再会された。今何を話していたのかと問う梓に、隣の大輝が応じる。


「りゅーちゃんが来る前だったけど、心臓の場所の確認をしていたんだ。皇居の地下だっていうから、この辺りだろう?」

「ああ、そうだな。けど、実際に心臓があるのはそこであってそこではない。明日、お前たちを案内しよう。少し特殊な行き方にはなるが」

「宜しく頼むよ、りゅーちゃん」


 梓が言うと、りゅーちゃんは胸を拳で軽く叩く。任せておけ、と笑った。


「後は、獣や人形に襲われた場合に何処で戦うかっていう話もしていたんだけど……みんな土地勘がそれほどないから」

「その時になってみないとわからないよなっていう結論に達しちゃったんだ」


 命と誠の言葉に、梓たちも肩を竦めるしかない。今この時に襲われる可能性も捨てきれないことを考えると、その時々で人の少ない場所を狙うしかないだろう。


「ひとまず、今夜はみんな体を休めて。敵は、俺たちが東京に来ていることに気付いている可能性もある。休める時は休んで、その時に備えてくれ」

「一条の言う通りね。ってことで、寝る前に腹ごしらえが大事! 夕食を用意してもらったから、みんなで食べましょ」


 七海が言った通り、キッチンには何処かの出前が置かれていた。梓たちが見に行けば、それは日守家御用達の丼もの屋のかつ丼だとわかる。どうやら、ゲン担ぎを意識したメニューになったようだ。


「いただきます」


 全員で手を合わせ、夕食が始まる。

 食べながら、明日以降の予定を全員ですり合わせていく。一応五日後にはそれぞれの家に帰っている予定で、明日はりゅーちゃんの心臓を確かめに行くのだ。

 それから各々順番にシャワーを浴びて、部屋へ戻る。


「……なあ、ちょっと良いか?」

「大輝? いいよ、入りなよ」


 その日の十時過ぎ。明日も早いしそろそろ寝るか、と梓がぼんやり考えていた時のこと。浮かない顔をした大輝が、梓の部屋にやって来た。

 二人してベッドの端に腰掛けて、梓は「どうしたんだ?」と問いかける。


「何か気になることでもあるのか?」

「気になるというか、オレの杞憂ならそれで良いんだけど……」

「うん」


 なかなか言い出さない大輝だが、梓は焦らせない用黙って待つ。夜はまだ長いから、互いに眠くならなければ話が出来るのだ。

 それから数分経ち、覚悟を決めたらしい大輝が梓の顔を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「――咲季のことで、相談がある」

「咲季ちゃんの?」

「実は……」


 その時を見計らったかのように、外で獣の唸り声がした。空気を振動させるそれに、梓と大輝は戦慄する。


「もしかして……」

「話は後だな。行こう」

「ああ」


 話を中断し、梓と大輝は急いで家の外へ走った。


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