心臓のある場所
第42話 不思議な空間への扉
咲季と敵対することが明白となった夜が明け、梓たちは当初の予定通りに皇居方面へ向かう。午前中に別邸を出たが、通勤ラッシュを過ぎた時間帯であっても電車の乗車率は高い。
「りゅーちゃん、掴まってろよ」
「ああ、ありがとう」
鮨詰めとまではいかないが、普段梓たちが住む地域よりも出会う人数は多い。梓はりゅーちゃんを守るように立ち、彼に自分に掴まっているよう促した。創世の神とはいえ、今りゅーちゃんの姿は五歳くらいの男児なのだから。
その二人の近くに、大輝や命、誠、七海と優もいる。七人でスマートフォンで調べながら、目的地へと近付いていく。
「……大輝、眠れたか?」
目的地まで、あと駅は二つ。その時になって、梓は隣に立っていた大輝に問いかけてみる。
朝食の時、大輝は既にいつもの彼に戻っていた。だから皆安心していたが、梓だけは何となく普段のようには接することが出来なかったのだ。梓自身、咲季の幼い頃から知っているためかショックが大きかったと自分で分析している。
梓に問われ、大輝は「うーん」と壁の広告を眺めながら呻った。それから、肩を竦めて「実はさ」と微苦笑を浮かべる。
「寝たり起きたりって感じ。やっぱり、少なからずショックは受けてたみたいだ。気持ちの整理はついた気でいたんだけどな」
「そっか。……って、何言ったら良いかわかんないけど」
苦笑いを浮かべ、梓は大輝に思いを伝える。それしか出来ない。
「俺は、大輝の味方でいるから。……そんだけ」
「ありがとな。オレも、梓の味方でいるよ」
「ありがと」
照れくさくなって、互いに顔を背ける。するとそれぞれに仲間と目が合って、少し気まずい思いをすることになった。
「……あ、次だよ」
誠の言葉に車内の電光掲示板を見れば、確かに降りるべき駅名が表示されていた。
「ここからは、私に任せよ」
改札を通り、駅を出る。すると、りゅーちゃんが仲間たちを振り返ってそう宣言した。
「確か、通常ルートでは行けないんだっけ?」
「そうだぞ、梓。移動するから、ついてきてくれ」
「わかった」
りゅーちゃんは梓たちを従え、迷うことなく東京の道を歩いて行く。真っ直ぐ皇居へ向かうのかと思いきや、横道に逸れた。
りゅーちゃんのすぐ後ろを歩いていた命が、首を傾げて問いかける。
「りゅーちゃん、そっちなの?」
「そうだ。この辺りに……」
あった。そう呟いて、りゅーちゃんはとある建物の前へと駆けて行く。それは空き家らしく、人の気配はない。梓たちが顔を見合わせると、りゅーちゃんがドアノブに手をかけた。
何の変哲もない空き家のドア。目的地と何の関係もないそれに、誠が思わず呟きを漏らす。
「ドア……?」
「ふふ。皆、大声を上げるなよ?」
りゅーちゃんは小さく笑うと、一気にそのドアを引き開ける。
空き家とは思えない程重々しい音と共に開いたドアからその向こうを覗くと、その景色は通常とは異なっていた。あり得ないものを目にして、梓たちは「え……」と言葉を失う。
彼らの目に映ったのは、何処かの洞窟や鍾乳洞のような薄暗く岩だらけの空間。蝙蝠でも住んでいそうな場所だが、生き物の気配は一切しない。ひんやりとした空気は何処か緊張感を帯び、自然と背筋が伸びる。
「何だよ、あれ?」
「目的地の入口だ」
淡々と告げるりゅーちゃんの言葉に、梓はもう一度ドアの向こう側を見た。
あちら側には、玄関や靴箱や廊下はない。
りゅーちゃんは梓たちの反応を、想定通りと笑みを浮かべる。そしてそのまま説明もせず、「さあ行くぞ」と向こう側に足を踏み出した。
「えっ、ちょっ……りゅーちゃん?」
「驚くのは戸を閉めてからだ。皆、目的地に行くためにはここを通るしかないのだ。こっちへ来い」
「……わかった」
「ほんとに普通の行き方じゃないんだな」
大輝の呟き頷いて返し、りゅーちゃんは戸の向こう側から手招きした。そのため、一行はようやく向こう側へと全員が足を踏み入れる。
全員がドアのこちら側に来ると、りゅーちゃんは「よし」と頷いてドアを閉じた。すると手品や魔法のように、閉じドアの継ぎ目が見えなくなる。
梓たちがきょろきょろとしていると、りゅーちゃんがその空間の更に奥へと進もうとする。奥はこの周辺よりも更に暗く、何があるのか見当もつかない。
そろそろ説明が欲しいと思った梓は、りゅーちゃんの背中に「なあ」と話しかける。りゅーちゃんは順を追って話すからとゆっくりと歩きながら振り返った。
「ここは、我が体の欠片を守るために創られた空間。本来ならば小舎人が何人もいて、わたし自身以外の侵入者は排除するんだが」
「近衛にやられたって、りゅーちゃん言ってたな」
「ああ。……こっちだ」
洞窟を進むと、更に空間が暗くなる。ところどころで何かが暴れた跡が見つかったが、りゅーちゃんによれば、それこそ小舎人と近衛倭が戦った痕跡だという。
更に進むと、開けた空間に出る。そして巨大な何かを発見し。梓は息を呑んだ。
「でかい……」
「懐かしいな。あれが我が心臓だよ」
りゅーちゃんの指が差すのは、超巨大な岩だ。それを「心臓」だと紹介したりゅーちゃんの言葉を受け、梓は岩をもう一度見上げた。
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