第43話 戦闘開始
りゅーちゃん、つまり創生の龍の心臓はまさに岩だった。直径は優に三メートルを超えており、灰色に斑な淡いオレンジ色の模様がついている。もしかしたら、血管の跡かもしれない。龍に血液があればの話だが。
「……でかい。それに、静かだな」
「我が体は、日本列島と同じ大きさだ。その巨体を支える心臓は、相応の大きさが必要でな。静かなのは……もう小舎人がいないからだろう」
音といえば、梓たちの呼吸音や身動ぎのかすかな音だけだ。少し寂しげなりゅーちゃんだが、すぐに気を取り直して一行の先頭を行く。
そっと自分の心臓に手を置き、目を閉じる。そして瞼を上げると、少しほっとしたような顔をした。
「ここはまだ、大きなダメージは負っていないようだ。私以外、これの内側には触れられないのだから、当然だろうが」
「……だから、お前たちにここまで来てもらった。ここでお前たちを殺せば、創生の龍は目覚めざるを得なくなるからな」
「――近衛、倭」
苦々しく名を呼ばれ、近衛倭はフンッと鼻で笑った。
「呼ばれた……その自覚がなかったわけではないだろう?」
「当然だ。しかし、この場を血で汚したくないという思いもある。お前が十年近くも前から、この時のために準備していたと知った今では尚更だ」
「十年? ……ああ、彼女のことか?」
合点がいったとばかりに、近衛倭は頷く。そして体をわずかに横に動かすと、後ろには咲季ともう一人の姿があった。
「――咲季ッ」
「お兄ちゃん、来てくれたんだね」
咲季の姿を見た途端、大輝が噛み殺すような声で妹だった者の名を呼ぶ。そこには痛々しい思いがにじんでいたが、咲季はにこりと微笑んでみせるだけだ。更に侍らせた狼のような獣の顎を撫で、好戦的な視線で兄を射抜く。
「運命なんだよ、お兄ちゃん」
「咲季」
「どちらが死んでも生きても、お父さんとお母さんたちの記憶は操作されるんだって。だから、大丈夫だよ」
「……それの何処が、大丈夫なんだ?」
「誰も困らない。不思議に思わないようにするんだって。神の力っていうのは、本当なんだよ、お兄ちゃん」
「オレが聞きたいのは、そういうことじゃない!」
「ふふっ。怖いよ、お兄ちゃん」
微妙にずれた咲季の返答に、大輝の語尾が若干キツくなる。それに気付いているのかいないのか、咲季はクスクスと笑うとちらりと隣を見上げる。彼女の視線の先には、梓たちが初めて目にする巨漢が立っていた。
「……初めまして、だな。オラはヴィルシェ。だけど、覚える必要はないぞ」
「……?」
「だって、お前たちの墓場はここだからな」
そう言うと、ヴィルシェと名乗った男は突然その拳を地面に叩き付けた。ドッという破壊音と共に地面が割れ、破片が飛び散る。
「全員散れ!」
それは、優の鋭い叫び声だった。その声に背中を突き飛ばされるように、梓たちはそれぞれバラバラの方向へと走る。彼らの前には、人形や獣たちが立ちはだかった。
「あんたたちの相手は、オラだ」
「くっ。やるしかないようだね」
「そうみたい」
「……楽しませろよ?」
優と命の前に、ヴィルシェが余裕の笑みを浮かべて仁王立ちした。
「瞬殺してあげる」
「……守り抜くから!」
七海と誠の前に、人形と狼型の獣が各五体。
「――どうしてもと言うのなら、オレが相手になってやる」
「嬉しいな、お兄ちゃん」
「咲季を、お前を他の誰かに倒させない」
そして、大輝の前には咲季が一頭の巨大な狼に乗って立つ。
「……良いのか、梓」
「何が?」
「おそらくここが、最も激戦となるぞ」
一方、梓とりゅーちゃんは、近衛倭を前にしていた。
背後には創生の龍の心臓、前には近衛倭。隣には、必ず守り抜くと約束したりゅーちゃんがいる。梓はりゅーちゃんの問いに、頷きで返した。
「俺は、決めたから。りゅーちゃんを守って、りゅーちゃんの守りたいこの国を守るんだって。そのために、創生の龍を目覚めさせるわけにはいかない。そうなんだろ?」
「……その通りだ」
「だから、俺たちはここにいる。多分、みんなそうだと思う」
梓たちの周りでは、既に戦闘が開始されている。最も大きく動き、スピードが速いのは七海と誠だ。人形と獣に有利になる前に勝負を決める七海と、彼女に攻撃が当たらないようフォローする誠。
「誠、さっさと終わらせて加勢に行くよ!」
「わかってる!」
滑るようなナイフさばきを見せながら、七海が誠と話している。誠もいつの間に覚えたのか、結界をカードほどの大きさにして複数を同時に操り獣の鼻先に叩き付けた。新たな戦い方を試しつつ、確実に敵の数を減らしていく。
「……へえ。あそこを終わらせるのは、こちらにとって不利だな」
「――加勢はさせない!」
「おっと」
梓が素早く抜いた剣で牽制をすると、近衛倭はわずかにこめかみを動かした。そして次の瞬間、鋭い蹴りが梓の腹部を襲う。
「カハッ」
「梓!」
近衛倭に腹を蹴り飛ばされ、梓は壁に背中から激突する。肺の中から全部の空気が出たと錯覚するほど咳込むが、梓に止まっている暇は与えられない。痛みに悶える時間もなく、転がるように近衛倭の二度目の蹴りを躱した。
「梓!」
「大丈夫、だ。りゅーちゃ、ん」
「なかなかタフだな」
咳込みつつも、梓の目から戦意を示す光は失われない。それを確かめ、近衛倭がニヤリと笑った。
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