第9話 竜水神社の少女

 そして、ようやく土曜日となった。

 梓と大輝、そしてりゅーちゃんは竜水神社の前に立つ。境内は静かで、時折吹く風に木の葉がさわさわと揺れている程度。


「……まさか、梓の父さんがここの神主さんと顔馴染みだったとはな」

「通ってる散髪屋が同じなんだと。それで仲良くなって連絡先も交換して……我が親ながら、コミュ力高過ぎ」

「そのおかげでアポイントメントが取れたのだから、良いではないか」


 りゅーちゃんに言われ、梓は「そうだな」と頭を掻いた。

 事は昨夜、夕食を食べ風呂にも入りそろそろ部屋に戻るかと梓が立ち上がった時のこと。突然、父に呼び止められたのだ。


「そうだ、梓」

「何、父さん?」

「明日竜水神社に行くんだろう? 一応、そこの神主さんに声はかけといたから」

「へ?」


 ぽかんとする梓と違い、りゅーちゃんは「おお、そうか」と身を乗り出した。


「かたじけない、清矢」

「丁度連絡先を知っていたからね。今度一緒に食事に行くから、その話のついでだよ」

「……まじか。アポなしで行こうと思ってたから、助かったよ父さん」


 息子に礼を言われ、清矢は嬉しそうに頷いた。

 そんなことがあり、どうやら相手方は準備をしてくれているらしい。梓は緊張の面持ちで、鳥居をくぐった。


「わっ……」


 鳥居を抜けた途端、空気が変わった。境内の外の音が消えた訳では無いが、遠くに聞こえる。そう感じたのは梓だけではなく、大輝とりゅーちゃんも立ち止まって周囲を見渡した。


「りゅーちゃん、これって……」

「うむ。神聖な気が流れているな。以前とそれ程変わっていないように思われるが、かなりの努力あってこそだろう」

「お褒めに預かり光栄です、創生の龍様」


 突然聞こえた低く落ち着いた声に驚き、三人は声の主を捜す。すると彼は丁度、拝殿の横から姿を見せた。立て看板に「こちら社務所」と書かれているため、社務所にいたのだろう。

 神職らしい白の袴姿で、楕円に近い形の眼鏡を掛けている。穏やかな容貌の男性に、梓はぺこりと頭を下げた。


「五月蝿くしてすみません。俺は、美津野木梓と言います。父がこちらの神主の方に連絡を取ってくれたと聞いたのですが……」

「君が、美津野木さんの息子さんか。私は神代陣かみしろじん。この竜水神社の神主をしているんだ」

「そうだったんですね。今日はお忙しいのに、時間を作って下さりありがとうございます」

「気にしないでくれ。私は創生の龍様に会えて、更にこの神社のことにも興味を持ってもらえて、とても嬉しく思っているんだ」


 陣はにこやかにそう告げると、三人を手招く。彼について行くと、社務所の一室に通された。途中社務所の中で、数人が仕事をしていた。彼らも陣から話を聞いていたのか、梓たちに会釈を返してくれる。

 まだ挨拶をしていなかったりゅーちゃんと大輝もそれぞれ名乗り、ようやく全員が挨拶を交わす。そこで落ち着くかと思いきや、陣は三人が腰を落ち着けるのを認めると立ち上がった。


「少し、ここで待っていてくれ。資料を持って来るよ」

「ありがとうございます」


 陣は部屋を出ると、数分後に戻って来た。彼の腕には古めかしい木箱が抱えられており、箱には墨で何か書かれている。しかし、達筆過ぎて読めない。


「神代さん、それは一体……?」

「この神社に伝わる、創生の龍様に関する記録や伝説などを集めた書物が収められているんだ。この中身を覚えることが、神社を継ぐ条件の一つになっているくらいには大切なものだ」

「私に関する記録か。竜水の社の者たちは、この国が生まれてからずっと私を気にかけてくれる。……お蔭で、私は退屈せずに済んで来た」

「創生の龍様ご本人にそう思って頂けるのなら、祖先も皆喜びましょう」


 陣は数冊の書籍を箱から取り出すと、一冊ずつ中身を説明する。それを聞きながら、梓は頭の中で地上の人々と創生の龍のかかわりを整理していた。

 その時、廊下から部屋の戸がノックされた。トントントン、と控えめな音が聞こえる。次いで、大人しい女性の声が聞こえて来た。


「お父さん、お茶を入れました。入っても?」

「ああ、良いよ。ありがとう、みこと


 許可を得て、命と呼ばれた少女が戸を開けた。

 長い黒髪をハーフアップにし、巫女衣装を身に着けた梓たちとそれほど年恰好の変わらない少女。彼女はお盆に置いた湯呑を人数分机の端に置き、梓たち客人に軽く頭を下げた。


「こんにちは」

「お邪魔しています」

「こんにちは」

「うむ、邪魔をさせてもらっているぞ」

「あ……はい、どうぞ」


 次々に挨拶され、命は会釈してすぐさま出て行こうとした。しかしその前に、彼女の父である陣によって足止めされる。


「この子は、我が娘の神代命かみしろみことと申します」

「……神代命、高校三年生です。神社では巫女見習いをしています」

「俺は美津野木梓。あっちが春日大輝、そして創生の龍のりゅーちゃん」

「よろしく、神代さん」

「神代家の跡継ぎか。会えたこと、嬉しく思うぞ」


 にっこりと微笑んだ年端も行かない少年の笑顔に、戸惑っていた命も柔らかな笑みを返す。それから彼女はすぐ、勉強があるからと部屋を出て行ってしまった。


「あの子は、きっと今後皆さんを助けてくれると思います」

「どういう、意味ですか?」

「そのままですよ。……さあ、今私がお伝え出来る限りのことをお話ししましょうか」


 命が持って来てくれた茶を飲みながら、梓たちは陣の話に耳を傾けた。

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