第8話 父、帰宅

 母が帰宅した翌日、梓はいつも通りに家を出た。いつもと違うのは、母の作った弁当を持っているという点か。

 梓の母は、所謂バリキャリという仕事が出来る頼れる女性だ。本人も仕事が好きで、自ら様々なプロジェクトを立ち上げた経験を持つらしい。

 そんな母親だが、唯一料理を含む家事全般が苦手だ。何でこの料理がその味にならないのか、と梓と父は何度も首を傾げて来た。

 しかし最近、料理上手な友人が教えてくれているらしい。朝、弁当箱から不審なにおいはしなかった。


(母さん、頑張ってるよな。俺より先に家出るのに、弁当作ってくれたし)


 きちんと食べよう。そう思いつつ、梓は大輝と通学路の途中で合流した。


「おはよ、大輝」

「おはよう。あの後、どうだった?」

「普通に飯食って、風呂入って、宿題して寝た。母さんが普通にするから、俺もするしかなかった」

「ははっ、流石だな。後は、今日帰って来るおじさんだけか?」

「だな。まあ……母さんが説明してくれるって言ってたから大丈夫だと思うけど」


 梓の父、清矢も会社員だ。朗らかな人でバリバリ仕事をするというよりは、確実に一つずつ終わらせていくタイプ。今回は、父も仕事の関係で出張している。

 それから梓と大輝は、学校の話や昨夜のテレビ番組の内容を話しながら登校した。


 授業は滞りなく終わり、梓は久し振りに一度も居眠りをせずに受けることが出来た。各教科の教師が、皆驚いていたのは少しだけ恥ずかしい。

 放課後、部活へ行くクラスメイトの波に逆らい、梓と大輝は高校を出た。


「梓、今日もお前んち寄っても良いか?」

「良いよ。母さんと父さんから、それぞれメッセージ来てた」

「何だって?」

「父さんも母さんも、『子細承知したから頑張れ』ってさ。協力出来ることはするからって」

「……お前のとこ、凄いよな。適当に放置だけど、ちゃんと見るところは見てて」

「俺もそう思う」


 梓ほ祖母はどちらかと言うと過保護で、祖父は基本的に放任主義だった。祖母の梓に対する溺愛っぷりは目に余るものがあり、母と娘でよく喧嘩をしていたものだ。そんな過去もあり、梓の両親は息子を基本放任している。


「ただいま」

「お邪魔します、大輝です」


 二人が順番に玄関で声を上げれば、奥からりゅーちゃんが「おかえり、二人共」と言いながら出迎えにやって来た。更に彼の後ろから、顔を覗かせたのは梓の母の紗織、そして父の清矢だ。


「お帰り、あといらっしゃい。お父さんには説明してあるからね」

「お帰り。母さんから聞いているよ、りゅーちゃんのこと。なんだか大変なことになっているようだね」


 柔らかく微笑む清矢は、妻とはまた別のタイプだ。どちらかというと学者肌で、そんなところが祖父に気に入られた理由の一つらしい。

 梓はにこにこしている父に苦笑し、頷いた。


「父さんもお帰り。……悠長すぎな気がするけど。何かあった時は助けて貰えると嬉しいです」

「ああ。とりあえず、りゅーちゃんはうちで預かるってことで良いんだな?」

「うん、お願いします」

「厄介をかけるが、宜しく頼む」 


 りゅーちゃんが頭を下げると、清矢は「好きなだけ居たら良い」と笑った。

 それから梓は大輝とりゅーちゃんと共に、自分の部屋へ行く。宿題をしつつ、りゅーちゃんの話を聞くためだ。


「今日は数学と……生物?」

「あと、明日小テストあるだろ。英語と政経かな」

「とりあえず宿題だけ終わらそう。小テストは各自だな」


 そんな話をしながら、梓と大輝はテーブルにテキストやノートを出す。ちなみにこの座卓くらいの高さのテーブルは折りたたみ式で、二人で勉強するときに重宝する。

 一旦宿題の時間として、りゅーちゃんは大人しく二人の使っていない教科書等を読んでいた。何でも知っていそうなりゅーちゃんだが、ページをめぐる度に「おおっ」や「成る程」という声を出す。梓も大輝も、笑いをこらえながら宿題を終えた。


「そういえば、水と火と土を司る家があるって言っていたけど、神代はどんな役割を持っているんだ?」

「良い問いだ、大輝」


 宿題を終え、三人で雑談をしていた時のこと。ふと思い出した大輝が尋ねると、りゅーちゃんは目を細めて説明を始めた。


「神代とは、神の依り代。つまり、神をその身に下ろす。所謂巫女の家系が神代だ。神代を通じて私は地上の者たちと交流し、結び付きを深めることが出来た」

「……その繋がりは、今も?」

「残っていなければ、私が梓に助けを求めることなどなかった。龍磨は、生前何度も社に来たぞ。あいつは夢見の才を持っていたから、孫の代にこうなることを知っていたらしい」

「祖父さんが?」


 祖父が持っていたという夢見の才。夢の形で未来を見通すという力だとりゅーちゃんは言った。一種の予知だと。


「娘には何度も伝えている、とあいつは言っていた。だからだろうな、紗織は私を見て言ったよ。『貴方が、父から聞いていたこの国そのものね』とな」

「……どうりで理解が早いと思った」


 祖父は事前に知っていたのだ。りゅーちゃんを狙う者が現れることも、孫が『鍵』として狙われることも、全部。対策を全て講じていたのかと思う程の周到さだが、りゅーちゃんは充分ではないと顔をしかめた。


「龍磨が視たのは、あくまでも私が狙われ孫が『鍵』の役割を果たすことまで。それ以降のことは一切わからないとこぼしていたから、策などなかったと思うぞ」

「祖父さんが生きていたらと思ったけど、俺が動きやすいようにって考えてくれてたんだな。対抗方法までわかったら良いなと思ったけど、そこまで万能じゃないよな」

「当たり前だ。だが私は目覚めたくはないし、お前も死にたくはないだろう。……互いのために、まずは竜水神社へ行くぞ」

「週末にな」

「あ、少しだけあの神社について調べて来たから聞いてくれるか?」


 身を乗り出した大輝がノートを開き、梓とりゅーちゃんがそれを覗き込む。大輝はノートをまとめるのがうまく、梓はテスト前に必ずと言って良い程お世話になっている。その要領で、ノートに神社のことが短くまとめられていた。

 大輝の竜水神社講座は、それから三十分以上続いた。

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