第50話 必ず止める
「はあっ!!」
梓の剣から斬撃が放たれ、それは水を帯びる。
液体にもかかわらず切れ味抜群のそれを、近衛倭は前髪を犠牲にして躱す。そして反撃とばかりに斬撃を放ち、梓に躱された。
「チッ」
盛大に舌打ちをして、近衛倭は再度梓の心臓を狙う。そう見せかけ、次に狙われたのは梓の足だった。
いつの間に呼んだのか、蛇のような獣が梓の足に絡み付く。それに気付いてたたらを踏んだ時、足元に刃が突き刺さった。
「うわっ!?」
「梓!」
「躱したか」
忌々しそうな顔をした近衛倭の第二閃を紙一重で避け、梓は自分の足に巻き付いた蛇をどう引き剥がすかと思案する。身を屈めて引っ張っても良いが、その間に確実に背後から斬られるだろう。更に今まさに梓の足首を噛もうとしている蛇に、梓は選択肢を選んでいる暇はなかった。
(一か八か!)
水色に輝く剣を横目で見て、梓はその切っ先を自分の足に向けた。正しくは、蛇に向けて剣で蛇を斬ろうと考えたのだ。近衛倭の剣を何とかその場で躱し受け止めながら、蛇に狙いを定める。その間どうしても他への注意が疎かになり、一度だけ近衛倭の剣を躱し損ねた。左腕に傷を受け、その鋭い痛みを歯を食いしばってやり過ごす。
それでも蛇に向かって力を放つと、水に包まれた蛇は溺れて消えてしまう。なんとか自分の体を傷付けずに退治しほっとした大輝は、改めて近衛倭を正視した。
「近衛倭」
「梓と言ったか。そろそろ、我々に屈する気にはなったか?」
「なるわけないだろう。……りゅーちゃんを目覚めさせるなんてこと、もう諦めろ。お前たちにとって、良いことは一つもないぞ」
「あるさ。我が生み出しし人形だけの世界は、私にとって都合が良い」
「――ッ」
カッと熱くなった頭で、梓は何とか咄嗟に動くことを否定する。怒りに任せて動いても、きっと欲しい結果には結びつかない。
体中に傷があり、その幾つかはようやく血が止まったところだ。梓は冷静を装って剣を握り直すと、水をまとった剣と共に地を蹴る。
「うおぉぉぉぉぉっ」
「はあぁぁぁぁぁっ」
梓と近衛倭、二人の剣がぶつかって激しく反発し合う。爆風で煽られ、りゅーちゃんがしりもちをついた。
「――りゅーちゃん!」
「私に構うな! すべきことに目を向けろ!」
「……わかってる」
叱咤され、梓は目の前に叩きつけられた近衛倭の剣を弾く。火花が散り、崩れた体勢を立て直す間もなく第二閃を受ける。
第二閃は、ただ斬り付けられるだけではなかった。それを何とか弾いて梓が自ら斬り込もうとした途端、近衛倭の蹴りが梓を襲う。がら空きだった腹に足が直撃し、岩壁に叩きつけられる。
「――っ」
息が詰まり、梓は咳込んだ。涙目になりながら、すぐさま突進して来た近衛に剣で応える。ガキンッという音が響き、梓は立ち上がり切れないままで敵と間近で顔を合わせた。
「近衛……ッ」
「さっさと死ね。そして、鍵となって龍を目覚めさせろ」
「そんなこと、して堪るか!」
「――!」
全力の剣撃は水流を生み、近衛を押し流す。ようやく立ち上がった梓は、水にまかれて咳込んでいる近衛を見下ろした。水色の光を帯びたままの剣を向ければ、激しい敵意の視線を受ける。
「お前のようなガキに、我が計画がぶち壊されてたまるものか!」
「ぶち壊すに決まってるだろ。こんな……誰も幸せにならない選択なんてさせてやるもんかよ!」
「――っ!」
キンッキンッキンッ。
連続して火花が散り、梓は歯を食いしばる。こちらも本気ならば、敵も本気だ。何度も怪我をして、血を見る。痛みに耐え、これが命のやり取りなのだと自覚させられる。梓は腕にも足にも傷を負いながら、それでも近衛倭という男と剣を交え続けていた。
(ここには、仲間がいる。みんなが、自分の役割を全うしている)
実妹と決別した大輝。四家の七海、誠、命。七海を守る梓たちの師、優。そして、この国を守るために絶対に目覚めてはならない創生の龍、りゅーちゃん。梓の背中を押す仲間たちが、ここにいる。誰一人として、この場から去ろうとは考えていない。
「だから、絶対に諦めない!」
幾つもの戦闘音が聞こえ、それぞれの維持がぶつかり合う音が響く。梓は何度目か数えることを止め、ほぼ無心で近衛の剣を受け止め弾き躱していた。互いに息が上がりつつある中、決着をつけられないことに苛立った近衛が動く。
「――増えろ」
「は!?」
目をむく梓の前に、新たな人形と獣が現れる。しかもそれぞれ十体はおり、気力体力共に充分に梓に狙いを定めていた。
「梓!」
「りゅーちゃん、隠れていてくれ」
流石に全て一人で倒すのは厳しいか。梓はそう思いつつも表情には出さず、人形たちとその奥で自分を睨む近衛倭を見つめた。
「逃げるのか、近衛倭?」
「まさか。勝つための布石だ。……他の者たちはどうでも良い。鍵であるお前の命さえ奪うことが出来ればな」
「……やってみろよ。生きてやるから」
「生き残れるものならな」
梓に向かって、近衛倭は人形たちを送り込む。それは一斉であり、流石の梓も全てに対応することは困難となった。剣を振り回し、ほとんどを斬り飛ばす。
それでも取りこぼしはあるもので、二組の人形と獣が梓を背後から狙っていた。
「梓!」
「梓くん!」
自分を呼ぶ声に振り向けば、そこにはそれぞれ一組の敵を倒した仲間の後ろ姿があった。梓は彼らが誰か気付き、思わず声を上げる。
「――誠、七海さん!!」
「人形と獣は、私たちに任せて」
「誠は、あいつを!」
「――わかった」
加勢に現れたのは、七海と誠だった。二人は自分たちが倒すべき獣たちが、それらを近衛が全て梓に向けられたことで自分たちの敵が増えなくなった。そのため、梓を助けるために躍り出たのである。
二人の頼もしい加勢を受け、梓は真っ直ぐに近衛に向かって剣を向けた。
(今度こそ、倒す!)
人形たちを七海と誠が倒していく音に鼓舞されつつ、梓は再び剣を握り締めて地を蹴った。
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