第51話 蘇った人形

「近衛倭!」

「ちっ」


 七海と誠の援護を受け、梓は人形たちを無視して近衛倭へと駆けて行く。当然獣たちに行く手を遮られるが、七海と誠が必ずそれらを退けてくれる。だから梓は脇目も振らず、ただ真っ直ぐに剣を近衛へと向けた。


「――っ」

「浅いな!」

「次こそ」


 響く金属音は時折重く、梓は自分の腕から血が飛ぶのを目にしつつも止まらない。痛みはあるが動けないほどではないと感じるのは、アドレナリンが大量放出されているからだろう。おそらく、この戦いが終われば痛みで気絶位は出来る。

 そんなことが頭の隅を過ったのも束の間、梓はほぼ無心で近衛倭と剣を交えていた。


「――っ」

「ハッ」

「くっ……!」


 互いに言葉を交わすのではなく、ただ剣を交えて会話する。それは自分の思いを相手にぶつけるようなもので、会話とはまた別の意味合いを持つものかもしれないが。

 上、右、下、右、左。明確な敵意を持って向けられる刃を弾き躱し受け流し、梓は傷だらけになりながらも突破口を探す。


(距離を取らなきゃ。接近戦を続けていたら、俯瞰出来ない)


 防戦一方では、勝ち目などない。梓は思い切り一閃すると、一度退く。体勢を整えようと思うが、すぐに獣が飛び掛かって来て気の休まる暇など一秒もない。


「逃げるのかぁ?」

「逃げない。――っ!」

「なら、楽しませてみろよ。私を!」

「あっ……あれは……」


 梓の前に、見覚えのあるシルエットが浮かび上がる。彼女はぼんやりと瞼を上げると、光のない暗い瞳に梓を映した。


「あんたは、紫谷縁したにゆかり……?」

「誰? ……ご主人様の、敵?」

「忘れて……?」


 突然現れたのは、以前近衛倭によって殺され蘇った人形の一人、紫谷縁だ。彼女の容姿は以前のものと全く同じに見えるが、梓たちに関する記憶はないらしい。

 紫谷縁の登場に、人形たちを相手にしていた七海たちも目を見張る。


「どうして、ここに?」

「……そうか、あの人は人形だから。あいつの手駒の一つだってことだよね」

「人形を再構成する時、戦いの記憶は消える。生まれ変わったこいつは、少しくらい楽しませてくれるだろうさ」


 クックと嗤う近衛倭の顔をきょとんと見ていた紫谷縁は、首を傾げて主に問う。「あいつらは敵か?」と。


「そうだ、縁。……全員殺せ」

「――承知致しました」


 まるで、ロボットのスイッチが入ったかのようだ。突然声のトーンが低くなり、動きが俊敏に変わる。秒速で梓の目の前に躍り出ると、紫谷縁はその腕をドリルに変えた。


「――えっ」

「梓!」

「誠!?」


 前に飛び出した誠の結界によって、梓はドリルから守られた。その代わり、誠が耐え切れずに弾かれてしまう。


「誠!」

「――うっ」

「誠くん、しっかり!」


 梓が振り向いた時、誠を助け起こす七海の姿が見えた。誠は意識を保っていて、顔をしかめながらも「大丈夫」と苦笑いを浮かべる。


「油断しなかったんだけど……力が強くなっている?」

「当然だ。一度倒されたものを、そのまま出すほど馬鹿ではないぞ」

「殺ス。承知」


 紫谷縁は軽く跳ぶと、飛び降りる速度を利用してドリルを誠に向ける。弱った者から倒す、ということだろうか。

 当然、紫谷縁を目で追っていた七海が反応する。即刻弓を弾き、炎に包まれた矢で敵を狙った。


「――っ」

「よし。……って、これじゃ終わらないよねっ!」

「ちっ」


 ナイフに切り替え、七海は誠の前に出る。高速回転するドリルをナイフで受け流し、紫谷縁の注意を自分に引き付けた。


「梓くん!」

「な、七海さ……」

「こっちは任せて!」

「……僕も、いる」

「七海さん、誠……」


 立ち上がった誠が結界を張って紫谷縁を閉じ込め、七海を軸に戦闘を開始する。紫谷縁は梓を倒すため、まず彼女たちを倒さなくてはならない。


「――っ」

「成程。良い仲間を持ったな、お前は」

「近衛倭……っ」


 首元に短刀の先を突き付けられ、梓は唾を呑み込む。少しでも刃が動けば、簡単に梓の喉を斬り裂いてしまうだろう。

 息をするのも神経を使う中、りゅーちゃんが鋭い視線で近衛倭を睨み付けた。


「……梓を離せ」

「創生の龍。お前が我が意に沿うのなら、考えてやらなくもないが」

「……っ」

「絶対に言うこと聞くなよ、りゅーちゃん」


 脚の震えを誤魔化して、梓はりゅーちゃんに強い口調で言う。彼がここで折れてしまえば、自分たちが何のためにここまで来たのかがわからなくなってしまう。

 りゅーちゃんも梓の言いたいことがわかっている。しかし、ならばどうすれば梓を助けることが出来るだろうか。顔をしかめ、歯を食いしばる。


「わかっている。だが……」

「残念だよ、創生の龍。……ふむ。咲季もヴィルシェも、そろそろ限界か」


 息をつく近衛倭の傍に、大男が吹き飛ばされてきてしりもちをついた。見れば、りゅーちゃんの左右に優と命が立つ。二人共傷だらけでボロボロだが、瞳は生気を失っていない。

 優は息を切らせ血まみれになりながらも、立ち上がろうとするヴィルシェに向かって青い炎の剣を向ける。手の指や腕も傷だらけのことから、彼が体術も併用していたことが良くわかった。彼を見守る命は、梓も傷だらけであることに気付いて眉を寄せる。


「ようやく……ここまで追い詰めた」

「梓さん……終わったら、傷見せてもらいますから」

「優さん、命……」

「――梓!」


 その時降って来た声は、梓をハッとさせるに十分だった。梓が目を向けた先にあったのは、未だ咲季との戦闘を続ける大輝の姿だ。


「たい、き?」

「お前、オレにこんだけの選択させる覚悟をさせといて、自分は捕まるのかよ?」

「――ッ」

「オレが行くまでに、決着つけとけ」


 そう言うと、再び視線を咲季へと向ける。彼の手に淡い紫色に光る剣を見付け、梓は拳を握り締めた。


(俺は……俺たちは、絶対に勝つんだ。りゅーちゃんが安心して眠れるために。この国を守るために)


 息を吸い、吐き出す。自分がやるべきことがはっきりして、少し落ち着いた。梓は呼吸を整え、自分の中にある美津野木の力に呼びかける。


(――守りたいんだ。そのために、力を貸してくれ)


 梓の想いに共鳴したのか、突然彼を中心にして水流が沸き上がる。


「何っ!?」


 近衛倭は水の勢いに押され、梓の首から手を離す。すると梓は水に包み込まれ、四家の力の波動が強まった。

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