第34話 旅行計画

 命が梓たちの仲間に加わり、正体不明の獣に襲われることが増えた。襲われるのは放課後や土日が多いが、一度だけ授業中に獣が現れたことがある。梓と大輝は思わず教室で立ち上がって皆の注目を浴びたが、外の獣は優が一人で片付けた。


「……っていうのを見た! 本当に強くて、改めてかっこいいって思ったよ」

「それな! その代わり、オレと梓は先生に注意されたけど」

「それは……なんかごめん。けど、あんな学校の近くに現れるとは思わなかったな」


 同日放課後。梓と大輝は照れる優を前に、彼の武勇を語っていた。

 優の言う通り、獣は梓たちをあざ笑うかのように振る舞う。公道のど真ん中に現れた時は、流石に通行人の女性が悲鳴を上げた。

 混乱する人々の間を縫い、誠と梓が獣を人気のない方へと誘導。更に待ち構えていた七海と大輝が獣を引き付け、一気に叩いた。


「あの後、しばらく学校で噂になったんだよ。あの道には幽霊がいるからふざけないでさっさと通り過ぎろって」

「わたしも聞いた。噂好きな女子たちがきゃーきゃー言っていたな」


 誠の高校と梓、大輝の通う高校は違う。また、命の通う中学校は誠の高校の方が近い。現れた獣がいた公道はそちら方面だったため、余計に目撃者が多かったことだろう。

 学校の傍だったという話に、りゅーちゃんの眉間にしわが寄る。


「……あまりに部外者を巻き込むのであれば、早急に何か対応策を考えねばなるまいなぁ」

「俺たちにはコントロールすることは出来ないからな。出来るだけ早く現場に行って、獣を倒すしかないんじゃないか?」


 りゅーちゃんの言葉に、梓はうーんと呻りながら苦し紛れに応じた。絶対に早く到着出来る保証など何処にもない。

 梓の提案に、りゅーちゃんも「そうだな」と頷いた。神妙な顔をして、悔しそうに言う。


「……私は、この国の者たちが好きだ。生き物は皆、幸せであれと願っている。しかし、故意に何者かを傷付けようと言うのなら、話は別だ」

「近衛倭。あいつの目的を潰すんだ。……どうにかして、本拠地にでも行ければ良いんだけどな」

「それは難しいと思う。可能性が高いのは、創生の龍の重要地点とか?」


 腕を組む七海の言葉に、命が首を傾げた。


「重要地点? 例えば、どんな場所になるのかな?」

「え? うーん……」

「私の心臓や脳、といった場所か。それらの中でも、あやつが鍵と考えているであろう場所は、やはり心臓だろう」


 淡々と言うりゅーちゃんに、梓が恐る恐る尋ねる。その心臓は、一体何処にあるのかと。


「……東京。その皇居の地下だ」

「え……」


 ぽかんと梓たちは口を少し開けていた。それくらい驚いた。


「え、は?」

「皇居の下に、りゅーちゃんの心臓が埋まってる……?」

「正しく言えば、埋まっているわけではないがな。この大地自体が私だから。あるべき場所にある、それだけだ。……今は、門番が別空間として守っているはずだが、あの者に突破されたとすれば消されたのだろう」

「門番がいるって、厳重じゃん」

「消されたって……死んじゃったってこと?」


 命の問いに、りゅーちゃんは「そうだ」と頷く。

 門番の名は小舎人こどねり。りゅーちゃんが死んだ直後に生み出され、淡々と永い間心臓のある空間を守っていた。それ自体に自我はなく、機械のようなものだとりゅーちゃんは言う。


「私も眠っていたからわからないが、目覚めたということはそういうことだ。……鍵がない限り私の体が目覚めることはあり得ないが、そろそろあやつの居場所を特定しても良いだろう。あまりこの戦いは、長引かせられない」

「でも皇居なんて、どうやって……」


 皇居の地下など、入り込むことは不可能だ。この国を、ひいては世界を救うことに繋がるとしても、自分たちを立ち入らせてくれるとは思えない。

 しかし、りゅーちゃんは不思議そうに目を瞬かせた。


「言っただろう、皇居の地下であって地下ではないと」

「え」

「別空間だ。私の心臓は、体は、一線を画した

「……待って、混乱してきた」

「大丈夫、俺も」


 命と梓が頭を抱えるが、それは大輝や七海、誠も同じだった。あまりにも現実離れしていると誠が悲鳴を上げるが、そこで大輝がふと呟く。


「いや、オレや梓からしたら、龍や四家の存在も現実から離れてたよ、今まで」

「確かに。……そう考えたら、もう一つ別の場所があるっていうのも、別にそこまで変なことではないのかな?」

「なんか、慣れて来たんだろうな。オレたちも」


 肩を竦めて大輝が笑う。それはそうかと梓が頷いた時、突然パンッと手を叩く者がいた。全員が振り向けば、七海が壁に掛けられているカレンダーを指差した。


「もう八月じゃない! だったら、夏休みにみんなで行きましょうよ」

「お嬢様、そんな観光地に行くようなノリでは……」

「良いじゃない。どんな顔していたって、やることは変わらない。だったら、楽しんでしまった方が何倍も得よ」


 優の諫めも何のその、七海はもう決めたとばかりに腰に手をあて胸を張った。こうなると、誰にも七海を止められない。それは、優が額に手をあてため息をついたことで全員が察した。

 りゅーちゃんは異存がないのか、にやっとその五歳くらいの見た目に似合わない笑い方をする。


「良いじゃないか、旅行気分。その方が、気負わなくて良い」

「本来の目的忘れそうなテンションだけど」

「傍から見て学生の旅行だと思われた方が良い、のかな。僕、親に聞いてみるよ」

「……本当、きみは見た目と中身が違うのね」

「?」


 今日も誠は、何処かのビジュアルバンドのメンバーかと言われそうな服装をしている。黒を基調として、シンプルだが髑髏や刃物をあしらったシャツを着ているのだ。しかし彼自身の中身は、素直な好青年。梓を始め皆慣れたが、面白いと七海は微笑んだ。

 それから旅行の日程は追々決めることにして、梓たちは一時間だけ鍛錬の時間にあてた。明日もそれぞれ学校があるから、遅くなるわけにはいかない。

 汗を流し、七人はまたと言って別れた。

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