第35話 神隠し
「……ということで、夏休みに梓たちと東京旅行に行きたいんだ。良いかな?」
皇居の地下に位置する別空間に行くという目的のため、とは口に出来ない。創生の龍について何も知らない家族に本来の目的については言わず、大輝はそう切り出した。
幸い、両親は梓の頼みに否は唱えなかった。怪我をしないよう、全員で無事に帰って来いと言われただけだ。
(ちょっとそれは微妙に難しそうだけどな)
何せ、敵の本拠地を探しに行くのだ。怪我するのは大前提だろう。しかし、それを正直に告げることなどするはずもない。大輝が「わかった、気を付ける」と頷くと、母親が「そういえば」と口を開いた。
「咲季も言っていたわ。あの子も東京旅行に行くんだって」
「――は?」
「何でも、お友だち家族が連れて行って下さるとか。私も知っているお母さんだし、お願いしたのよ」
「あ、そう」
だったら、心配することもないか。両親の様子に安堵して、大輝は自室に戻ろうと居間を出た。明日の宿題を終えて、適当な時間に寝ようと思っていた。
「あ、お兄ちゃん」
「咲季」
「お兄ちゃんも、友だちと旅行?」
「ああ、聞いていたのか。咲季も行くんだろう? 楽しんで、無事に帰って来いよ」
「――ふふっ。お兄ちゃんもお母さんたちと同じことを言うのね」
くすくす笑う咲季に、大輝は「当然だろう」と目を細めた。
「妹に、家族に無事に帰って来て欲しいと願うのは当然だ」
「……うん、そうだね。お兄ちゃんも、思いがけないことに気を付けてね」
「え? あ、ああ」
何か、含みのある言い方だと大輝は思った。しかしその意味を問う前に、咲季は自分の部屋へと戻ってしまう。
(まあ、普通に犯罪とか災害とかに気をつけろって意味だろうな)
大輝は妹の言葉の意味をそう解釈し、自室の戸を閉めた。
***
翌日、大輝たちは再び日守の屋敷に集まった。その場で全員が東京旅行に行けることがわかり、日程は次の週末までに決めようということになる。
全員の夏休みの始まりを確認し、8月上旬に行こうということになった。命が受験生であることも考慮して、日程等を決めていく。
「まあ、あと一ヶ月くらいあるし。急ぐことないわ。最終手段というか、東京には日守の別邸があるから。困ったらそこに泊まれば良いしね。普段誰もいないから、家が傷んでしまうの」
「別邸……」
「流石日守……」
何でもないことのように言う七海に驚きを隠せずにいながら、梓はふと隣に胡座をかいている大輝に目をやった。何か考えているように見えたのだ。
「どうした、大輝?」
「……え?」
「何か、気になることでもあった? 遠慮なく言って。私、先走りやすいから」
七海を始め、仲間たちがうんうんと頷く。それにありがとうと礼を伝え、大輝は「些細なことなんですけど」と前置きした。
「妹も夏休みに東京へ旅行に行くらしいんだ。友だち家族と一緒に行くって言ってたんだけど」
「妹と一緒じゃないから、拗ねてるのか?」
「そうじゃない。……ちょっと、離れるのが不安なだけだと思う」
「大輝くんってシスコンなのね? 意外と」
七海の苦笑を交えた言葉に、大輝は「ちょっと自覚はあるよ」と肩を竦める。
「昔色々あったから、過保護な自覚もある。もう過ぎたことなんだけどさ」
「色々……?」
「そう。妹は昔、神隠しにあったんだ」
大輝の告白に、梓以外の全員が息を呑む。この空気は想定していた、と大輝は苦笑いを浮かべて話を続ける。
「妹が、咲季が五歳位の頃かな。夏休みに父さんの実家に遊びに行って、いつの間にか消えていた。丸一日捜していなくて、村の人には神隠しにあったんじゃないかって言われて……。でもその二日後、ぼんやりじいさんばあさんの家の前に立ってた」
傷一つなく帰って来たが、咲季はしばらくぼんやりしていることが多かった。その二日間に何があったのか、未だに誰も知らない。
「いつの間にか前みたいに活発に戻ったから、もう誰も気にしてない。まあ、そんなことがあって、咲季に関してはちょっと過保護なんだ」
「俺はその頃もう大輝のことも咲季ちゃんのことも知ってて、こっちに大輝たちが帰ってきた時のことはよく覚えてる。おばさん、咲季ちゃんのことずっと抱き締めてたな」
「……まあな。でも、もう母さんも落ち着いてる。気にするだけ無駄だとわかっちゃいるんだけどな」
シスコンなのはそのせい。大輝は笑って、話題を変えた。
「優さん、汗流したい。一戦付き合ってよ」
「いいよ。旅行の話は、俺とお嬢様である程度まとめて置く。りゅーちゃん、心臓の場所とか、詳しく教えてくれるかい?」
「任せよ」
りゅーちゃんが頷くと、大輝と優は一旦その場を抜けた。少し時間を置いて、残された七海が「やっちゃったぁ」と頭を抱える。
「大輝くん、多分あんまり積極的には話したくないことだったよね? 申し訳なかったわ……」
「それを言うなら、わたしもです。話をするよう促してしまったのは、わたしなので……」
命も項垂れた。彼女は、大輝が「色々あった」と言った時のことを悔やんでいるのだ。
二人の様子を見て、梓が遠慮がちに声をかけた。
「あの……多分だけど、大輝は大丈夫。あいつは、いつかこのことも話すことがあるだろうなってことくらいはわかってたので」
「何でわかるんだ?」
「前に、りゅーちゃんと三人で話したんだよ」
誠の問いに、梓はからりと答える。目を丸くする周囲に、梓は肩を竦めて微笑んだ。
「大輝、ずっと気にしてたんだ。俺や誠みたいに、りゅーちゃんと先祖からの繋がりがあるわけじゃない。繋がりと言えば、俺と友人であることくらいで、りゅーちゃんのことを知ったのもほとんど偶然みたいなものだった。俺やりゅーちゃんのために戦うんだって決めてくれたけど、色々聞かれることは覚悟の上だったらしい」
「……互いに秘密は持ちたくない。そう思ってくれているのね」
お茶を一口飲み、七海は嬉しそうに言った。私も同じだから、とコップに添えた手でガラスを撫でる。
「大輝くんが、創生の龍との繋がりを元々持っていないことはわかっていた。それでも、梓くんとりゅーちゃんが彼を必要としているから、断る理由もない。今じゃ、一番伸びている気がする。私も、負けてはいられないわね」
ふふと小さく微笑み、七海はその場を立ち上がる。仲間たちを見回し、ちょっと首を傾げてみせた。
「誰にも、私たちの邪魔はさせない。全員守って戦い抜いてみせる。……一緒にどう?」
「やります。わたしも、梓さんを、りゅーちゃんを、みんなを守ります」
「僕も戦うよ。……ちゃんと僕を見てくれている人たちのために、受け継いだ力を使いたい」
「りゅーちゃんを本当に目覚めさせるわけにはいかないんだ。鍵は開けさせない」
命、誠、そして梓。三人の決意表明を聞き、七海は四人の台詞を聞いていたりゅーちゃんの方を見た。りゅーちゃんは嬉しそうに目を細めると、軽い調子で「鍛錬しようか」と笑った。
五人が鍛錬場へ行くと、既に汗だくになった大輝と優が彼らを迎えた。
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