第36話 連携
学期末のテストなどを終え、夏休みになった。放課後から夜を中心に、梓たちは獣や人形の討伐に精を出す。昼間は七海と優、夕方から夜は梓たち学生組が中心となって実害を生まないように戦う。
戦い方も慣れてきたためか、誰とペアになったとしてもその場で連携を取ることが出来るようになっていった。
りゅーちゃんの心臓を探しに行く旅行の数日前、梓は一人図書館から帰宅する道を歩いていた。トートバッグに学校の課題と借りた本を入れており、まあまあな重量を感じる。最近の昼間の暑さは尋常なものではなく、キャップで日差しを遮りながら歩いていた。
「あっつ……」
「あれ、梓さん?」
「命!?」
前から歩いて来た少女に声をかけられ、梓は驚いて足を止めた。暑さで下を向き気味だった顔を上げれば、そのにはつばの広い帽子を被った半袖ワンピース姿の命が立っている。長い黒髪をハーフアップにして、目を丸くしていた。
「命、何処か行くところ?」
「うん。図書館で勉強しようと思ったんだけど、閉まってて。諦めて、何処かカフェとかに入って勉強させてもらおうかなって思ったところ」
「俺も今から図書館に行こうとしてた。辿り着く前に休みって知れてよかった」
ありがとう。そう梓が言うと、命は少しこそばゆそうに微笑む。
「あ、梓さんはどうするの?」
「どうしようかな……。もし命が許してくれるなら、俺も一緒に行っても良い?」
「えっ……」
ぴたり、と固まる命。
梓は「しまった」という顔をして、前言撤回に取り掛かる。
「あっ……と、別に無理しなくても良いからな? 命は受検生だし、俺も家でまとめにくい資料をまとめたかっただけだから。家でやれば良い……」
「……ごめん、大丈夫。良いよ」
「え、でも」
「えって言ったのは、その……ま、まさか梓さんと二人っきりになるんだって考えたら……緊張しちゃって……」
顔を赤くして、帽子のつばを両手で掴み俯く命。小さく「ごめんね」と言われ、梓は少しほっとして笑った。
「よかった、命に嫌われたらどうしようかと思った。確か、この近くにブックカフェみたいなのがあって、勉強しても良かったはず。どうかな?」
「そんなお店があるんだ! 行ってみたい」
「じゃ、決まりだな」
行こう。踵を返した梓は、振り返って命が隣に並ぶのを待つ。二人並んで、歩いて十分くらいの場所にあるブックカフェに入った。
午前中であったこともあり、店はそれほど混んでいない。梓と命は窓際の席を取った後、それぞれにドリンクを注文して椅子に座った。梓がアイスコーヒー、命がアイスカフェオレだ。梓はブラックは飲めないため、ミルクと砂糖必須だが。
「命、受験勉強だよな」
「うん。梓さんは? 何かまとめるんだっけ」
「そう。夏休みの課題もあるけど、それは大輝のお蔭で計画的に終わらせられるはず。これまでにわかってることをノートにまとめようと思ってたんだ」
誰が見ているかわからない。だから梓は、あえて話題のかなりの部分をぼかした。しかし命にはそのぼかした部分が正確に伝わり、成程と頷かれる。
「後で、わたしにも見せてもらっても良い?」
「勿論。大輝たちにも見せて、みんなの視点からのことも書き加えるつもりだから、命の意見も聞かせてよ」
「わかった」
それから二人は、昼食を挟んで三時間程そこにいた。梓はりゅーちゃんに関係することを様々テーマ毎にまとめ、その後学校の課題も少し終わらせている。命も終わらせるつもりでいた範囲は、無事に全て終わらせることが出来たという。
「少し見せてもらったけど、梓さんわかりやすくまとめていたね。お父さんが詳しいけど、わたしも詳しくはまだ教わっていないから。そういう知らないことも知れて、凄く興味深かった」
「よかった。実は昨日、りゅーちゃんからもまとめるアドバイスみたいなものを貰ったんだ。時系列でまとめてみろって」
「そうなんだ。確かに、時系列で追うのはわかりやすいかも……えっ?」
二人で並んで帰りつつ、そんな話をしていた。
命が何かに気付き声を上げると、梓が「どうかしたか?」と尋ねながら彼女の見つめる方を見た。そして、こちら「あれは……っ」と声を飲み込む。
「獣……!?」
「みたいだね。猪、かな」
「にしてはでかすぎるけどな」
梓と命が目にしたのは、人気のない公園の中で日光浴をする巨大な猪。通常の大人の猪の三倍はありそうな真っ黒な体躯で、人間はぶつかられた瞬間に死ぬだろう。
幸い、周囲に人影はない。真夏の昼間、好き好んで散歩する者はいないらしい。
梓と命はそれぞれに剣と弓矢を取り出し、ゆっくりと猪に近づいて行く。可能性はとても低いが、眠ったまま仕留められれば最高だ。
「梓さん、この辺りに結界を張るよ。間違いがあっても、あの猪が他の人を襲わないように」
「ああ、頼む」
千影の力には及ばない、と命は謙遜する。しかし獣一頭を捕獲するという意味では、十分過ぎる力を持つ。公園の中でも猪のいる砂地を中心に、遊具などが設置されている端に届かない、比較的狭い範囲を囲う。
「――ごめん、起きたみたい」
「むしろ、結界がスイッチだったのかもしれないな。ある意味好都合だけど」
結界が完成すると同時に、猪が真っ赤な目を開けた。その大きな体に似合わず素早い動きで立ち上がると、梓と命目掛けて突進を開始する。
「命、援護を頼む」
「うん!」
命を背後に守りつつ、梓は猪の鼻先に向かって真正面から斬り付けた。しかし猪の牙に阻まれ、致命傷は与えられない。牙の先が二の腕を傷付け、梓は悲鳴を嚙み殺す。
「わたしも!」
更に命が猪と距離を取り、思い切り引き絞った矢を放つ。続けて三本射て、うち一本が猪の耳に突き刺さった。
――ッ。
甲高い悲鳴を上げた猪は、左耳に矢を刺したままで命を襲おうと飛び掛かる。思わず体を縮こまらせた命だが、キンッという金属音が聞こえた後に痛みはやって来なかった。
恐る恐る瞼を上げると、梓が剣で猪の牙を受け止めている。しかし体格差は歴然としており、長くはもたない。
腕が小刻みに震え、梓は後ろの命を振り返らずに頼みごとをした。
「命、離れるんだ」
「梓さ……っ。ありがとう」
一秒が惜しい。抜けかけた腰を叱咤し、何とかその場を脱する。それを気配で察し、梓は力を振り絞って猪を弾き飛ばした。
「終わらせる!」
土煙を上げて倒れた猪に向かって、梓は剣を向けた。袖が破れ、赤く染まっているが気にしている暇はない。
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