協力者たち

第6話 姓の由来

 ドーナツを大層お気に召したらしいりゅーちゃんに、梓と大輝はそれぞれのドーナツを一部あげた。勿論口がついていない場所を選んでちぎったわけだが、美味しそうに頬張る五歳くらいの少年の笑顔はかわいらしい。


「それで、何でりゅーちゃんはこいつに助けを求めたんだ?」

「む?」

「オレもだけど、梓もただの高校生だ。自衛隊とかに助けてって言った方が、戦力は大きいと思うんだけど」

「ただ戦力が欲しければ、それも一つの選択肢だったかもしれないな」


 ふむと腕を組んだりゅーちゃんは、ふるふると首を横に振る。


「だが、こんな子どもの言うことだ。本気にする大人はいるまい」

「俺も実体験がなければ本気だと思わなかっただろうな」


 大人の男複数人に追いかけられる経験など、そうあるものではない。梓がぼそりと言うと、りゅーちゃんが「ああ、それのことだが」と前置きした。


「あの男たち、人間ではないぞ」

「……は?」

「あれは、私を目覚めさせようと画策する奴が創り出した存在だ。式神や使い魔などと言えばわかりやすいか」

「ってことは、あれが幾らでも増やせるってことか」

「力が続く限りは可能だな」

「……追いかけっこは勘弁」

「そんなにやばかったのか?」


 げっそりとした顔をする梓に、大輝は恐る恐る尋ねてみる。そして梓から昨日の永遠かと思われた追いかけっこを聞き、嫌そうにした。


「それは嫌すぎる。というか、よく逃げ切れたな」

「ちっさい時のこと思い出して咄嗟にな。それに、りゅーちゃんに追い付かれたら終わりだって言われてマジで死ぬ気で走った」

って、そんな……」

「それが、お前を捜していた理由だよ」


 ドーナツを食べ終わったりゅーちゃんは、梓と大輝の注目を一身に受けながら口を開く。その声は淡々と落ち着いていたが、その話の中身は大人しいものではなかった。


「どういう意味だよ?」

「お前は、あの男が捜す私を蘇らせるための『鍵』なんだ。お前の体の中に眠る鍵を得るために、あいつはおそらく今後もお前をつけ狙う」


 それは私も同じだが。りゅーちゃんは低く笑うと、戸惑いを隠せない梓を見上げた。


「私も、お前が死んだら困る。目覚めるのは本意ではないからな」

「何で、俺が『鍵』……?」

「そうだよ、こいつはただの学生だぞ。お祖父じいさんが面白かっただけで」

「その祖父さんというか、先祖が大いに関係しているんだ」


 そう言って、りゅーちゃんは話を続ける。


「私と梓の一族は、大昔から縁があってね。梓、自分の名字の由来を知っているか?」

「確か、祖父さんが言っていた。『俺たちの先祖は、とある神様に仕える神官のような仕事を生業としていた。その縁で、水の気……美津野木という姓を名乗るようになったんだ』って」

「その『とある神様』というのが私だ。今も昔も私は死んでいたわけだが、昔は私を神として祀っていた者たちもいた。付き合いは千数百年だが、そのうちの一人がお前の一族なのだよ、梓」

「俺の先祖が……」

「そして、私を祀り守ってくれた一族は全部で四家。美津野木と、日守ひもり千景ちかげ、そして神代かみしろだ」


 美津野木と同様、日守は「火守」、千景は「地影」の字を隠しているという。更に神代という姓を聞き、大輝が口を挟んだ。


「神代って、竜水たつみ神社の神主さんの名前じゃないか?」

「かなり歴史が長いって噂の? 去年、あそこの神社の祭りに行ったな」

「あの神社は、私を祀る者たちが作った。千年以上の歴史があるはずだ」


 そうだ、とりゅーちゃんは膝を打つ。


「梓、いつならば時間を取れる?」

「時間? 次の土曜日まで待ってくれるなら、用事はないぞ」

「だったら、土曜日に竜水神社へ行くぞ。知恵を貸してくれるかもしれん」


 りゅーちゃんの提案に、梓はすぐに乗った。りゅーちゃんと二人だけで対策を立てようにも、良い案が思い付くとは思えない。ならば、誰か別の人の意見も聞きたかった。


「わかった。土曜日な」

「あ、オレも行って良いか?」

「大輝も?」


 梓は目を丸くし、手を挙げた大輝を見つめた。こんな面倒事に何故自ら首を突っ込もうとするのか、と不思議だったのだ。


「大輝、怪我するかもしれないぞ」

「親友が危ない目に合いそうだっていうのに、それを放置出来るかよ。それに、言っただろ? 手伝えることがあるなら言ってくれって」

「これ、手伝えるとかそういう次元じゃないと思うんだけど」

「それでもだ。友だちを助けたい、それだけで十分だろ」

「……後悔しても知らないからな」


 自己責任だ。嬉しい癖に突っぱねるような言い方をしてしまう梓だが、大輝は慣れているためにやにやと笑っている。何だよと梓が言えば、別にと歯を見せるだけだ。

 そんな二人を眺めていたりゅーちゃんは、ふっと相好を崩す。


「……懐かしいな」

「何か言ったか、りゅーちゃん?」

「何も。さて、大輝は何処まで梓から聞いている?」

「えーっと、日本列島は、りゅーちゃんの本体の亡骸から出来ているっていう話は一通り、かな」

「ならば、今私が話せることはなさそうだな。私たちが対峙せざるを得ない、便宜上敵と言うべき相手の正体も確実なことは言えないからな」


 考え込むりゅーちゃんの耳に、時報のチャイムが聞こえた。気付けば、窓の外はもう暗い。

 時報を聞き、大輝は立ち上がる。


「オレはそろそろ帰るよ。明日、また来る。だろ、梓?」

「ああ、夜に母さんが帰って来るから。頼む」

「了解。じゃ、りゅーちゃんもまた明日な」

「ああ、気を付けて帰れよ」


 大輝を送り出し、梓は「よし」と袖をまくった。


「りゅーちゃん、夕食適当に作るから手伝ってくれ」

「わかった。何をすれば良い?」


 今まで一人きりだった両親のいない食卓に、昨日からもう一人いる。それがなんとも不思議で、しかし心地良く感じる梓だった。

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