第46話 大輝VS咲季

 周囲が大音量で戦闘を繰り返す中、大輝は動くタイミングを見計らっていた。目の前にいる敵、咲季は余裕の笑みを浮かべて乗っている狼の首を撫でている。


「来ないの、お兄ちゃん?」

「……」

「来ないのなら、あたしから行くよっ」


 まるで「ジェットコースターに乗ろっ」とでも言うように楽しそうに、咲季は狼に指示を出す。狼は主の指示を受け、土煙を上げながら大輝に向かって突進した。

 狼の真っ赤な瞳に、目を逸らさない大輝が映る。目標の手前でグッと前足に力を入れ、頭から噛み千切るために跳躍した。


「ばいばい」

「――するわけにはいかないんだよ!」

「!」


 狼が大口を開け牙を剥き出しにした途端、大輝の剣が狼を上回る速さで動く。瞬時に目標を定めると、一気に斬撃を放つ。


「おぉぉぉぉぉっ!」


 斬撃は光となって狼にぶつかる。

 しかしそれより更に速く、小さな獣たちが狼の前に飛び出した。ぴょんぴょんと跳ねるそれらは、自ら大輝の斬撃にぶつかって消える。それは連続して続き、狼に届く頃にはその勢いは弱まっていた。

 狼に前足で踏み弾かせ、咲季は「残念でした」と嗤う。彼女の前には、ポコポコと小さな四つ足の獣が現れ立ち塞がった。


「勢いは全部削いだ。これで同じ手は使えないよ?」

「……みたいだな。けど、一度くらいで諦めない」

「相変わらずだね、お兄ちゃん」


 くすっと笑った咲季は、次にその小さな獣たちを差し向ける。三十センチくらいのそれらは、よく見れば小さな狼の姿をしていた。


「ちっちゃいからって侮らないでね」

「当たり前だ」


 一体を叩き落とし、大輝は剣を構え直した。ひっきりなしに飛び掛かって来る獣たちをいなし、躱し、斬って落とす。しかし数が多く、次第に手が追いつかなくなっていく。


「うっ」


 とうとう、小さな獣の爪が大輝の二の腕を傷付けた。傷から血が溢れ、服の袖を赤く染める。浅い傷であったはずだが、思いの外出て来る血の量が多く、大輝はぎょっとした。


「何で、こんなに傷が浅いのに……」

「驚いた?」


 クスクス嗤う咲季は、もったいぶらずに種明かしをする。


「あのね。獣につけられた傷は、見た目に浅くても人にとっては深い傷になるんだよ。龍の加護がある梓くんたちは少し特殊だけど、?」

「――っ」


 これは、単なる煽りだ。大輝は頭ではそう理解しているが、面と向かって言われると堪えるものがある。

 大輝の顔がわずかに歪んだのを見て、咲季は「してやったり」と微笑みを浮かべた。兄の性格は、ずっと傍で妹として見てきたために熟知している。精神的にダメージを与え、更に物理的にも倒せば、兄は落ちるはずだ。

 そんな咲季の作戦を知らず、大輝は絶えず襲い掛かって来る小さな獣たちを払いながら思考を安定させようと試みていた。それでも咲季の言葉が反響し、息が乱れる。


(違う。いや確かにオレは、みんなとは違う。元々りゅーちゃんと縁があったわけじゃない。加護? なんてものがないのは当然で……オレは、オレは……)


 くらりと眩暈がして、獣の体当たりをまともに食らう。バランスを崩してしりもちをつけば、これ幸いと獣たちが大輝に殺到した。

 鋭い爪で引っかかれ、牙で噛みつかれる。大輝は剣を振り回すが、それにあたって消える獣はごく一部だ。


「痛っ」

「もう降参しなよ、お兄ちゃん。降参するなら、命だけは助けてあげる」

「……っ」


 血が流れ、冷静な思考回路を閉ざしていく。その中でも、大輝は何とか思考を保とうと、深呼吸を繰り返す。血を流したせいで体は重いが、仲間たちの声が聞こえるからと剣を握り直した。


(降参はしない。オレたちは、りゅーちゃんを守ると決めたんだ。りゅーちゃンを守って、この国を、世界を守るんだって。例えオレが本当は要らない存在だとしても、梓やりゅーちゃんは言ってくれたじゃないか)


 以前、大輝は一度だけりゅーちゃんに尋ねたことがある。東京旅行前のある時、偶然二人きりになることがあった。


「りゅーちゃん」

「何だ、大輝?」

「……オレが、梓やりゅーちゃんたちと一緒に戦って良いのかな?」

「どうして、そう思う?」


 丁度、もしかしたら咲季は近衛倭に関係しているのではないか、という疑いが大輝の中に生じ始めていた頃のこと。四家と何の関係もない自分が、何の特別な力もない自分が、一緒にいることは意味がないどころか迷惑なのではないか。時折思うのだと正直に話した。

 するとりゅーちゃんは「そうか……」と息を吐いて瞑目し、次に瞼を上げた時に大輝にデコピンした。パチンという良い音が響く。


「痛っ!?」

「お前は馬鹿か?」

「酷くないか!? 人が真剣に悩んで……」

「私も梓も、大輝を邪魔だと思ったことも言ったことも一度もないぞ。当然、他の仲間たちもな」


 デコピンの痛みに耐えていた大輝は、りゅーちゃんの言葉に顔を上げる。目が合って、水色の瞳が細くなった。


「りゅーちゃん?」

「大輝、確かにお前は四家ではない。だが、私はお前が必要だと確信している。当然梓にとっても、お前は必要不可欠な仲間だと考えているんだ。仲間として、友だちとして、梓にとっても私にとっても、きみは大事な存在なんだよ。大輝」

「……ありがと、りゅーちゃん」

「ふふ、泣いているのか? これからも宜しく頼むぞ」


 自然と流れて来た涙を手の甲で拭い、大輝はもう一度「ありがとう」と繰り返した。戦士としての自分の、大切な決意の思い出。大輝はそれを胸に、咲季を真っ直ぐに見上げた。


「四家から見れば部外者だが、俺は俺自身が必要だと仲間が言ってくれた言葉を信じるから」

「……へえ」


 消えない瞳の輝きに、咲季が舌打ちする。更なる攻撃に備え、大輝は息を整え斬撃を放った。

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