第47話 梓VS倭
――キンッ。
梓の剣を、近衛倭は余裕の動きで受け止める。梓にとっては渾身の一撃に近く、止められたことで彼は表情を曇らせた。
「まだなのか……」
「そうだ。私にはまだ届かない。――残念だな」
「うわっ!」
体格からして、差があるのだ。大人の男である近衛倭と、まだ高校生の梓。体格差は力の強さの差に比例し、梓はいとも簡単に吹っ飛ばされる。
背中を思い切り岩にぶつけ、鋭い痛みが走った。嫌な音も聞こえたため、もしかしたら何かが折れているかもしれない。そんなことを頭の隅で考えつつも、梓の意識は別の方向に向いていた。
「まだ……諦めるもんか」
「そうだぞ、梓。無茶を承知だが……頼む」
「頼まれてるよ」
剣を杖代わりにして、立ち上がる。そして襲い掛かって来た近衛倭の剣を、間一髪で飛び退き躱す。梓は砂まみれになりながら、膝立ちで再度剣を弾き返した。
思いがけず耐える梓に、近衛倭は驚きの表情を浮かべる。
「――ほお、頑張るか」
「当然だ。俺は、戦うって決めたんだから」
背中の痛みを無視し、腕を引いて思い切り叩き付けるように振り下ろす。当然受け止められるが、梓は安定感のある近衛倭を利用し、彼の頭上を取る。剣を叩き付けたままの勢いを利用し、体ごとぐるっと半回転させたのだ。
「なっ」
「いくぞ!」
近衛倭の肩を蹴って跳び上がり、見上げて来た彼の顔面目掛けて剣を振るう。顔を狙うことに躊躇いがないわけではないが、今は互いに命懸けだ。
「おおおおおっ!」
「ガキが!」
落下速度を利用し、梓は力いっぱい剣を振るう。
近衛倭も同様に、梓を斬って捨てようと構える。カチリと剣が鳴った時には、銀色の刃は天を向いていた。
その間、わずか。二つの剣が交差し、火花が散る。りゅーちゃんは梓の名を呼ぼうとして、その声を呑み込んだ。
(梓……!)
小さな拳を握り締め、りゅーちゃんは二人の激しい剣撃の行方を見守る。本来の力があれば、こんな敵など一瞬で倒すことが出来た。しかし今、五歳児の姿のりゅーちゃんは幽霊に近い存在だ。龍の力は本体でなければ、つまりは創生の龍が目覚めなければ使うことは出来ない。
(何度も考えて、何度も答えを出しただろうが。私は……私が彼らを助けるために戦うということは、この国の崩壊を意味する。だから、絶対に出来ない。それは、彼らの気持ちを無視することだ)
この姿のままでは、何も出来ない。敵もそれをわかっているから、一切攻撃を仕掛けては来ない。それは良いのだが、自分勝手なことに疎外感を感じてしまう。りゅーちゃんは奥歯を噛み締め、ただ梓たちの勝利を願うだけだ。
「……っ」
「ほら、ほら! 来ないのか!?」
「行くに決まってるだろ!」
一方の梓は、一刀両断する気でいたが跳ね返され、現在防戦一方となっていた。
自分に分があると気付いた近衛倭は自分のペースに乗り、リズミカルに梓を追い詰めていく。その一閃一閃は重く、梓の剣を持つ手が何度も痺れを訴えた。
それでも剣を持ち応戦していた梓だが、不意を突かれて剣を取り落としてしまう。取り落とすと同時に腹を蹴られ、梓はしりもちをついて咳込む。
「うわっ……ごほっ」
「そろそろ認めろ。お前ごときでは、私には勝てん」
「嫌だッ」
体中の痛みを堪え、梓は取り落とした剣を掴む。そしてもつれそうになる足にけしかけ、近衛倭に向かって行く。
諦めの悪い梓に呆れつつ、近衛倭はどう圧倒的な差を見せるかを思案していた。何度も何度も歯向かって来る子どもに辟易し、近衛倭は渾身の力を込めて神の力を籠めた斬撃を浴びせかける。
「さっさと負けを認めろ!」
「そっくりそのままお返ししてやる!」
梓はそう叫び、わずかに見出した隙を突く。それは、近衛倭の死角に気付いたコンマ何秒の世界。しかしそれが突破口になると信じ、思い切り剣撃を放つ。
「……っ!」
剣撃は近衛倭のこめかみを掠り、驚いた彼は数歩退く。それを好機と受け取り、梓は今一歩前へ出る。
「梓!」
「梓くん」
「梓」
「梓っ」
「梓さん」
「――行け、梓」
仲間たちの声が聞こえる。それは鮮明に梓の耳朶を叩き、梓は静かに息を吸い込んだ。
その時、何かが梓の中で弾ける。大波となって心に直接注ぎ込まれたのは、いつかの記憶。
――いつか必ず、この力を使う時が来る。その時まで、眠らせておかなくては。
「……誰、だ?」
思いがけない記憶の奔流に、梓の動きが止まる。
それを、近衛倭が好機と狙わないわけがない。体制を立て直し、梓の首を狙って剣を叩き込んだ。
「死ね!! ……何っ!?」
「……」
近衛倭の剣が動かない。彼はより深く斬り込もうとしているにもかかわらず、全く動かすことが出来ない。
何が起きているのか。見れば、淡い水色の光に包まれた刃に、受け止められている。
刃は剣であり、その剣は梓の手の中にあった。
「何だ……? その、忌々しい光は!」
「――ッ!」
「グッ」
近衛倭を弾き返し、梓はようやくちらりと自分の剣を見た。近衛倭が「忌々しい」と言った光は、空のような水色で、暖かく優しい光だと感じる。そしてその光の意味を、梓は理解した。
「これは……りゅーちゃんを守りたいっていう人たちの残した光だ。俺に力を貸してくれる……だから、俺はお前に勝つ!」
「太古の力、だと……」
「……あの時の」
りゅーちゃんが目を見開き、更に何かを感じて振り返る。すると梓と優だけではなく、七海と誠、そして命の武器や体がそれぞれの色に光り輝いていた。彼らも光の意味を理解し、動きと表情が変わる。
「……ここからが本番だぞ、近衛倭」
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