第14話 神器生成

 手に取れ、とりゅーちゃんは言った。梓は目の前で白く光り輝く何かに手を伸ばし、そっと掴んだ。するとカッと輝きが増し、眩しさに耐えかねて再び目を閉じた。


「うわっ!?」

「眩し……っ」

「お前たち、目を開けて見てみよ」


 呆れを含んだりゅーちゃんの言葉を受け、梓と大輝はそろそろと目を開ける。そして、自分の手に握られているものを初めて目にした。


「これが……?」

「想像よりしっかりしてる」

「お前たちの想像に、我が力とそれに見合う外見が付与されているからな。けれど、紛れもなくお前たちそれぞれのために創り出された『神器』だ」

「神器……」


 梓の手にあるのは、大振りの剣。広めの剣身に、細身の柄が付いている。つばの部分には、りゅーちゃんの瞳のような爽やかな淡い青の石が嵌め込まれていた。


「何だか、清涼な気みたいなものを感じる。神社の中っていうイメージの。……これが、神器」

「梓は大振りの、大輝は細身の剣を選んだか」


 りゅーちゃんの言葉の通り、梓のものと反対の外見を持つのが大樹の剣だ。一見ポキリと折れそうなほど細い剣身だが、揺るぎなく真っ直ぐでブレがない。鍔には水色ではなく、真っ赤な太陽のような石が嵌め込まれている。


「なんか、らしいな。梓の」

「なんかって何だよ。でも、わかる気がする」

「だろ? ……これで、オレも二人の力になれるのか」


 グッと強く剣の柄を握り締めた大輝に、りゅーちゃんは「すぐに戦えるわけじゃない」と一言釘を刺す。


「何の心得もない者が突然剣を持ったとて、すぐに思う通りに動けると思うなよ。神器がお前たちを助けてはくれるが、おごらず精進することだ」

「つまり、練習しろってことか?」

「そういうことだ」


 ふっと微笑んだりゅーちゃんは、二人にもう一度剣を自分に向かって差し出すように言う。それに少年たちが素直に応じると、りゅーちゃんはそれぞれの剣に手をかざした。


「あっ」

「……消えた?」

「お前たち二人の中に剣を納めさせてもらった。勿論、剣が体を貫いているわけではないから安心しろ」


 望めば取り出すことが出来る。りゅーちゃんにそう言われ、梓はおそるおそる手のひらに剣を出すイメージで「来い」と呼んでみた。

 すると手のひらからポンッと小さな光の玉が弾き出され、見る間に剣の形へと変貌した。梓はそれを掴み、息を吐く。じんと手のひらを介して、強い力が伝わってくる気がした。


「りゅーちゃん、必ず使いこなして、守りたいものを守れるようになるから」

「楽しみにしていようか」

「誰かにコーチを頼むか? でも実践の剣技なんて、誰に頼めば良いかわからないよな……」

「がむしゃらに剣を振るっても、敵と渡り合うことは難しいよね」


 剣道や柔道を習うことは出来るかもしれないが、梓たちが望むのは実践的な技術だ。りゅーちゃんはといえば、人を教えるような力はないと首を横に振る。

 誰か適切な師はいないものか。首を捻っていた大輝が、ふと「あっ」と声を上げる。


「どうした?」

「さっきの人は?」

「さっきのって……日守の?」

「そうそう。あの人の弓矢の使い方もナイフのさばき方も、ビシッと決まってたし。きっと指導者を紹介してくれるんじゃないか?」


 一理ある。梓はそう思い、早速メッセージを七海に送った。今日助けてもらった感謝と共に。

 アプリを閉じると、既に夕刻に差し掛かっていた。


「じゃあ、日守さんから返事が返ってきたらまた言うよ」

「わかった。また明日な、二人共」


 手を振り去って行く大輝を見送る梓に、りゅーちゃんがぼそりと言った。あやつは不思議な奴だな、と。

 その言葉に対して、梓はふっと笑ってしまう。


「昔からだ、あいつが不思議なのは。すぐに人に手を差し伸べて、自分が危険な目に合うかもしれないのに」

「……私に、これまで友というものはいなかったからわからない。だが、大切にしろよ」

「わかってる。それに、りゅーちゃんに友だちがいなかったのは、だからな?」

「梓……」


 梓の言葉が意味することを、りゅーちゃんは正確に理解した。そう、もう彼には友がいる。


「友のためにというのは、私には遠いことだと思っていたんだがな」

「何か言ったか?」

「……いや、何でもない」


 帰るぞ、と梓は笑う。既に剣の出し入れは習得し、今の彼の手には剣はない。そういえば大輝もまた、すぐに自分のものにしていた。


(全く、面白い者たちだ)


 あと十歩も歩けば、梓の家の敷地内だ。りゅーちゃんは瞬時に周囲に注意を払い、危険はないと判断して家に入った。




 一方、大輝は剣を収めた右手を開いたり閉じたりしながら歩いていた。この手の中に、誰かを守れるようになる力がある。そう思うと、気持ちが高揚した。

 浮足立ちそうになるのを堪える。自分はまだ、スタート地点に立っただけだ。これから使い方を学び、自分のものにしなければならない。

 冷静に冷静に。自分に言い聞かせていた大輝は、後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に振り返る。


「……お兄ちゃん?」

「おお。お帰り、咲季さき

「ただいま。お兄ちゃんもお帰り」


 微笑んだのは、春日咲季かすがさき。小学五年生の、大輝の妹だ。ツインテールにピンク色のシュシュを付け、桃色のランドセルが揺れる。

 大輝の隣を歩く咲季は、兄を見上げて首を傾げた。


「……何か、良いことあった?」

「そんなに顔緩んでるか?」

「そうじゃないけど、何となく」

「そっか。……ちょっと、嬉しいことがあったんだ。まだスタートラインだけど、これから絶対にモノにして見せる」


 真っ直ぐに暮れていく空を見つめ、大輝は拳を握り締めた。


「……。うん、お兄ちゃんなら大丈夫だよ」


 謎の間を取って、咲季は微笑んだ。

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