第13話 守るための力を

 ふぅ、と日守の少女は息を吐く。くるりと梓たちを振り返り、にこりと微笑んだ。


「みんな、怪我はない?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「そう、よかったわ」

「あの……」


 きちんと自己紹介もしていない。自分も名乗るから、名前を教えて欲しいと梓が言う前に、その隙を与えない声が飛んで来る。梓たちが目を向ければ、大柄なスーツ姿の男性が駆けて来ていた。


「お嬢様!」

「……来ちゃったか」

「足が速すぎます。久し振りの実戦だからと言って、俺を置いて行かないで下さい!」

「置いて行ったのはごめんなさい。でも、駆けつけなければと必死だったのよ」

「確かに、お嬢様が行くべきではありましたが……」

「そうでしょう?」


 叱られながらも、お嬢様と呼ばれた少女は微笑む。ちらりとりゅーちゃんを見て、更に言葉を続けた。


「それに、創生の龍と会えたのだから結果良ければ、でしょう?」

「全く、仕方がありませんね」


 降参だとばかりに肩を竦ませた男性は、呆気に取られ自分たちを見ている梓たちに気付いて頭を下げた。


「申し遅れました。俺は、一条優いちじょうすぐると申します。お嬢様のお付き……まあ、ボディガードのようなことをしております」

わたくしは、日守七海ひもりななみと申します。助けになれてよかったですわ」


 優と名乗った青年は、おそらく七海より年上だろう。七海は聞けば大学一年生ということで、梓たちより年上だった。


「助けて頂いて、ありがとうございます。俺は美津野木梓、こっちは春日大輝。俺の友人です。そして、ご存知の通り創生の龍の……」

「今は、便宜上『りゅーちゃん』と名乗っている」

「りゅーちゃんとは、可愛らしいお名前ですね」


 七海はニコニコとりゅーちゃんに目線の高さを合わせるためにしゃがみ、握手をした。

 梓に続き大輝も二人と挨拶を交わし、一通りの自己紹介が済む。こんな道の真ん中で立ち止まっているわけにもいかない、と七海が苦笑した。


「今日のところは、これでおいとま致しますわ。こちらからもお教えするから、宜しければ連絡先を教えて頂いても良いかしら?」

「勿論です。……えっと、これで」

「わかったわ。登録をしたから、後でこちらから一通送るわね」

「はい、待ってますね」


 同じようなやり取りが七海と大輝の間でも行われ、次いで優とも行われた。

 それから梓たちは七海と優と別れ、目の前の梓の家に集まることにした。一体何があったのか、と大輝に詰め寄られた結果である。


「……梓を襲った奴って、りゅーちゃんのこと狙ってる奴の仲間なのか?」


 ごくんと出された麦茶を一口飲み込んだ大輝に問いかけられ、りゅーちゃんはこくんと頷く。


「そうだな。私が見たことは別の者だったから、部下や仲間だと考えて良いだろう」

「本人は下僕って言ってたけどな。……でも、本当に本当なんだって改めて自覚したよ」


 梓は微苦笑を浮かべ、追いかけっことは全然違うと呟いた。


「前は、感情のないロボットと速さを競っている気分だった。実際そうだったし、命の危機は感じたけど、今回とはまるで違う」

「……オレは何というか、真正面からぶつけられてるって思った。悪意とか敵意とか、そういう良くないものを」

「何か、わかる気がする。明確に『あ、俺のことを殺そうとしている』ことを、肌で感じる感覚っていうのかな」


 肌で感じる己への敵意。梓はこれまでの人生で経験したことのない体験に、体がこわばるのを感じた。ある意味走るだけだった前回は、それに集中すれびよかったから。

 だから、七海が来てくれた時安心した。もう大丈夫だと。


「でも同時に、りゅーちゃんの助けになりたいっていう自分の気持ちを裏切っている気がした。戦う力を持たない俺だけど、日守さんみたいに守る力が欲しいんだって自覚した」

「戦うではなくて、か」

「……何か変なこと言ったか?」


 目を瞬かせる梓に、りゅーちゃんは「いや、何でもない」と微笑む。それからりゅーちゃんは、大輝の方を向いた。


「大輝は? どう思う」

「梓がりゅーちゃんを守るなら、オレは2人のことを守る。梓が自分から傷付きに行くのなら、その隣に立てるように。共に前を向けるように」

「……大輝」

「決まりだな」


 友人の言葉に、梓は思わずじんとした。声が震えそうになるのを堪え、りゅーちゃんに向かって「決まりって何がだよ?」と返す。


「梓と大輝、二人が己の思いを叶えるための手伝いをしよう。二人共、そこに並んで片手を出せ」

「お、おお」

「わかった」


 梓と大輝は顔を見合わせ立ち上がり、それぞれに右手を差し出した。するとりゅーちゃんも立ち上がり、二人の手のひらに自分の手のひらを重ねる。

 じんわりと暖かくなっていく手のひらだが、りゅーちゃんの手は触れていない。どうしてかと梓たちが固唾を呑む中、りゅーちゃんは目を閉じた。


「りゅーちゃん、これは……」

「お前たちに、これから戦う力を授ける。もともと水の気を持つ者たちは戦うための力を持たないが、お前は特殊らしい」

「特殊?」


 空いた左手で自分を指差す梓に、見ていないはずのりゅーちゃんが頷く。そして、大輝の方も向いて「お前が一番謎だよ」と低く笑う。


「謎ってなんだよ」

「そのままの意味だ。大昔から私と縁があるわけではない。それなのに、私の力がお前に共鳴しているんだ。……何故だろうな」

「オレに訊くなよ」


 大輝が肩を竦め、りゅーちゃんは「それもそうか」と小さく笑う。その間にも梓と大輝の手のひらは熱を帯び、更に白い発光体が浮き上がっていた。


「これは……」

「想像しろ、二人共。お前たちの戦いの形を。……これからお前たちを巻き込む戦いは、決してやわなものじゃない。それでも良いと言うのなら」

「覚悟は出来てる」

「当然だ」


 梓と大輝は次々に答え、ほぼ同時に瞼を閉じた。そしてそれぞれ、頭の中で武器を想像する。最もしっくりとくる武器の形を。武器は無形から有形へ、発光体が姿を変える。


「手に取れ」


 りゅーちゃんの言葉に瞼を上げると、梓と大輝の手のひらの上に、彼らが想像した武器が浮かんでいた。

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