第12話 日守の弓使い

 爽やかな風の音は、音とは裏腹に強い攻撃力を持っていた。少女の矢は女に躱されたが、矢が突き立った空き家の壁にはヒビが入る。


「何だ、あの威力……」

「あれは幻覚。本当はヒビなんて入ってないから、安心して」

「きみは一体……」

「説明は後で。今は、あいつを」


 黒髪をなびかせ、少女は女の方を振り返る。女も「思わぬ邪魔者が増えたわ」と嗤いつつ、体勢を整えた。


「その武器、日守ひもりね。伝説の弓使いまでこの時代に生まれていたなんて」

「ええ、そうね。だから、一旦手を引いてくれないかしら?」

「それは出来ない相談よ」


 女は少女の頼みを却下すると、トンッと一本退いた。そして間髪入れず、梓へと飛び掛かってくる。


「は!?」

「大人しく捕まりなさい」

「逃げて!」


 少女が矢を放ち、女の動きを遅らせる。それに感謝して、梓は呼吸が落ち着かないままに走り出す。 

 そのまま駆け続け、やがて自宅が見えて来る。梓は、そのまま家に飛び込むかどうか迷った。


「……梓?」

「りゅー……っ。出て、来るな!」

「何を……なるほど」


 切羽詰まった梓の様子に、偶然戸を開けたりゅーちゃんは現状を瞬時に理解した。

 それは、梓以外も同じこと。彼を追っていた女は、家から現れた少年に目を留めた。銀髪に水色の瞳、それは彼女のマスターが求める龍の特徴によく似ている。


「こっちも居た」

「梓、来い!」

「でもっ……」

「良いから!」


 険しい顔のりゅーちゃんに呼ばれ、梓は進路を変更した。そのまま飛びかかるようにりゅーちゃんに抱きつくと、彼はぽんぽんと幼子にするように梓の頭を撫でた。


「よく頑張ったな」

「俺、はっ……。でも、守ってくれ、た、人が……」

「守ってくれた人?」

「創生の龍」

「……」


 呼ばれたりゅーちゃんが顔を上げると、その鼻先に切っ先が突き付けられた。冷え冷えとした視線がぶつかる。


「……」

「……。お前、あやつの仲間か。私の永久の眠りを妨げようとする」

「あの方のことを『あやつ』呼ばわりするのは気に入らないけれど、その通りよ」


 りゅーちゃんと女は睨み合い、互いに次の動きを探る。圧倒的に立っている女に分があるはずだが、梓にはわかった。りゅーちゃんの全身から、闘気のようなものが噴き上がっていて隙がない。


(りゅーちゃん……)


 とっくの昔に呼吸は安定した。しかし闘気にあてられたのか、梓も容易には動くことが出来ない。そのまま膠着状態が続くかに思われたが、全く別のところから均衡は破られる。


「二人から離れなさい!」

「――っ!」


 スパンッという風を切る音と共に、黒髪の美少女が放つ矢が女の足元に突き刺さる。女は小さく舌打ちし、りゅーちゃんから剣を引いた。


「日守、邪魔ね」

「そのためにやってるから」

「ふぅん……。ナマイキね」


 女は面倒くさそうに笑うと、手にしていた細身の剣を少女へ向けた。

 しかし少女は臆することなく、弓と矢をナイフへと持ち替える。弓が唐突に消え、矢がナイフへと姿を変えたのだ。


「……やるの?」

「あの方には、鍵以外は殺しても構わないと命じられているから。容赦しないわよ」

「死んでなんかやらないから」


 二人の視線が交わり、同時に動く。

 女が剣を振るい、少女の首を狙う。しかしその刃は弾かれ、反対に懐をさらす。少女のナイフが女の胸を貫く前に女は身を退き、距離を取った。


「……っ」

「……!」


 決して大きな声は出さない。それでも繰り返される剣撃は激しく、金属音と共に火花が散った。少女の黒髪が揺れ、広がる。

 二人の女性の激しい戦いを間近に見て、梓は言葉を失っていた。ぺたんと地面に座り込み、隣のりゅーちゃんに言うわけでもなく呟く。


「凄い……」

「日守の弓使いか。懐かしいな、あの家の者の戦う姿をこの目で見るのは」

「日守は、四家の一つだよな。けど、どうして……」

「梓」


 真剣なりゅーちゃんの声に、梓はハッと顔を上げる。いつの間にか、視線が下がっていたらしい。顔を上げると、敵の女と拮抗した戦いを見せる少女の姿がある。彼女は弓矢の使い手らしいが、手の中のナイフという近接武器も使いこなしていた。


「りゅーちゃん、俺も戦える?」

「どうして?」

「……ようやくわかった。俺も、あいつらに狙われる『鍵』だ。だったら逃げてばかりじゃなくて、りゅーちゃんや大輝、これから出会うであろう四家の人たちや……この世界を守れるようになりたい」

「世界を守るとは、大きく出たな」

「りゅーちゃんが言ったんだろ? りゅーちゃんが、創生の龍が目覚めたら、この世界は終わるんだって」


 世界を終わらそうと思う敵の心情は、梓には全く理解出来ない。理解しようとも思わないが、これだけは言うことが出来る。


「俺はこの世界が好きだし、たくさん大切なものがある。だから、他人に簡単に壊されたくない」

「……ふふ。そうか」


 突然笑ったりゅーちゃんに、梓は「俺は本気だからな」と顔をしかめる。目の前で名前も知らない少女が、自分たちに女が向かわないように戦ってくれているのだ。ただの足手まといではなく、共に戦いたい。


「――梓!」

「え、大輝!?」


 その時、突然聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえた。立ち上がっていた梓が振り返ると、大輝がこちらに駆けて来るのが見える。


「何で……」

「さあな、これも導きだろう。……さて」


 りゅーちゃんも立ち上がり、大輝の声でその場から距離を取った女へ向かって視線を向ける。


「どうする? 足りないというのなら、私も相手になろうか」

「……龍相手では、分が悪い。今回は、退いて差し上げるわ」


 そう言うと、女は踵を返し跳躍した。その跳躍力は常人を優に超え、二階建ての住宅の屋根の上に立つ。


「次は、命を貰うわ」

「させない」

「……」


 はっきりと梓が宣言すると、女はそれ以上何も言わずに姿を消した。しん、とその場が静まり返る。


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