第3話 世界の災いへのカウントダウン

 神妙な顔つきで、齢五歳ほどに見える少女が話を進める。


「あやつの名は知らぬ。しかし我が本体の心臓を探し当て、龍を目醒めさせるための鍵を必ず見付けると言われては、動かぬわけにはいかない」

「……龍を目醒めさせるって言っても、龍は死んでるんだろ? お前はここにいるけど、一応」

「その通りだ」


 眉間にしわを寄せ、少女は頷く。


「確かに、龍は死んでいる。しかしここに私がいる通り、魂と体は近くに存在する。二つがもう一度合わされば、生き返ることが出来るのだよ」

「それは、お前の意思一つじゃないのか? どっちもお前なら、目覚めたければ体に戻れば良い。その逆もしかりだろう」

「そう単純な話ではない」


 立ち上がった少女は、足についた小石や砂を払いのける。そして、険しい顔で周囲をぐるりと見回した。


「ずっとここで話し込んでいては、怪しまれかねない。梓、お前の家に邪魔してもよいか?」

「何で俺の名前知ってるんだよ。両親は出張だし、問題な……いや、あるな」

「何が問題だ?」


 きょとんと首を傾げる少女を眺め、梓は頭を抱えたくなった。


「……高校生の俺が、家に幼女を連れ込んだら犯罪だろ。少なくとも、犯罪に間違われかねない」

「妹や従妹だと言えば良いだろう。全く……仕方がない。これならマシか?」


 そう言うが早いか、少女はその場でくるんっと一回転してみせた。すると腰まで伸びていた髪が肩に届かない長さになり、更に少し体つきが変わる。目も丸っこかったのが、少しだけ凛としたようだ。つまり、梓の目の前で少女が少年に変身したのである。

 思いがけない出来事に、梓の目は点になった。


「……え、お前女の子じゃないのか?」

「我は創生の龍。そこに性別などありはせん。この姿とて、魂魄では何かと不自由だから見せている姿にすぎんのだ。……流石に魂魄の力では、幼子の姿を取るのが精一杯だがな」

「女の子よりはましだな。いつあいつらが戻って来るかもわからないし、俺の家に行こうか」

「助かる」


 少年の姿になった龍の手を引き、梓はいつもより少しだけ早足で自宅へと向かう。その間、何となく後方に意識を向けていた。後ろからあの大人の男たちに押さえつけられたら、逃げられる気がしない。

 そうこうしているうちに、梓と少年は目的地へたどり着く。梓の家は祖父母も昔同居していた家だが、どちらも既にこの世の人ではない。別の場所で暮らすことも考えたが、両親がこの家で暮らすことを選んだ。梓自身この町を離れることに不安があったため、素直に築五十年ほどの平屋に住んでいる。庭の方には縁側があり、扉を開ければギギギと音がする。廊下もギシギシと悲鳴を上げる家だが、愛着があるのだ。

 梓はリュックから鍵を取り出し、戸を開ける。そして少年を招き入れると、きちんと鍵を閉め直した。


「……梓?」


 梓たちが家に入るところを見、大輝は首を傾げる。幼馴染で親友の彼は、梓に弟がいないこともいとこは梓よりも年上であることも知っている。

 何故梓が幼い男の子を連れているのか不思議に思ったが、これから塾に行かなければならない。大輝はその場を足早に去った。


「お茶で良いか?」

「ああ、ありがとう」


 少年をリビングに通し、梓は台所から持って来たお茶の入ったペットボトルからコップに注ぐ。残っていたクッキーを数枚お茶請けとして持って来た。そして、茶を一口飲む。ようやく自宅に帰って来た実感を得て、梓は無意識に息をついていた。


「それで? 続き、話してくれるんだよな?」

「ああ。……龍の体と魂を分離している状態から、二つを自分の意思で合わせてしまえば良いといったが、そうもいかない」

「何でだよ?」

「世界が崩壊するからだ。私は、自分で創り上げた世界を自ら壊す趣味はない」


 折角創り出したのだから、出来る限り存続して欲しいと考えるのは自然だろう。少年はそう言って、ズズッと茶を飲んだ。


「……それは、世界が壊れるのとはちょっと違うんじゃないか?」

「鋭いな。私の世界は壊れるが……まあ、意味合いが違うな」


 梓の指摘を受け、少年は小さく笑った。


「日本については想像に難くはないだろう? 国土が目を醒まし、生き物として動き出すのだから」

「……まあ、上で生活は出来ないよな」

「埋立地なども、いの一番に崩壊する。どのみち、全て崩れ去るがな。生き物も生かしてやることは難しいだろう」

「起きる前に外国に逃げれば?」

「お前一人が叫んだところで、影響力など高が知れている。それが真実だったと気付いた時、その者は既に海の藻屑だ」


 淡々と語られる最悪の未来。梓は実感こそないものの、想像して顔を青くした。

 それに、と少年は続ける。外国へ逃げても一時凌ぎにもならないと。


「何でだよ?」

「近隣の国で地震があった時のことを思い出してみろ。離れていても、日本に津波が届くことがあるだろう」

「……あるな。ニュースになる」

「その何十倍、何千倍という地殻変動だ。隣国は勿論、離れた国々も無事ではない」

「……マジで厄災じゃないか」


 天災どころの話ではない。くらくらと目眩を感じながら、梓は何とか口にしていたクッキーを飲み込む。


「神の怒りだと騒ぐ輩もいるだろうが……ただ大地の基礎が目醒めただけだと誰が思うかな」

「何か、ここだけで話してて良い内容に思えないんだけど」

「SNSとやらで広めるか? 炎上がオチだ」

「だよな」


 嘆息し、梓は味のしない茶を飲み干す。つられたように飲み干した少年は、窓の外を眺めて眉間のしわを深くした。


「あの男たちの主が動いている時点で、災いへのカウントダウンは始まっているようなものだがな」

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