第三十話 頂点への宣誓


 俺にとっては生まれて初めてとなる殺し合いを無事に勝利という結果で収めた俺は、すぐさまその場を後にして他の魔獣を探し続けていた。

 途中、何度か小鬼のような見た目をしたゴブリンや昆虫型の魔獣とも遭遇したが、特に危なげもなくササっと倒すことができた。


 …しかし、そんなことを何度も続けてきたが肝心の警報級の魔獣は一向に見つかる気配を見せない。

 これでも周辺の生物の存在を感知する【探知】の腕前には自信があるし、見落とした可能性は低いはずだ。


 もちろん、俺の【探知】から逃れうるほどに魔力の隠蔽技術が上手い相手がここにいれば話は別だが、そんな存在がいたとしても何らかの違和感は引っ掛かってくるだろう。

 それを全く感じないということは、ここには目当ての強さを持った敵はいないということだが………。


「この辺りにいないとなると、もう少し奥まで進まないと駄目か……ん?」


 そこまで考えたところで、俺の魔力探知範囲内に妙な反応があることに気が付いた。

 その反応の元はどうやら単独で動き回っているようだが、そこから感じられる魔力の大きさがこれまでのものと比べれば明らかに大きいものなのだ。


 これはもしかすると……ようやく目的の相手に巡り合えたかもしれない。


 それに気が付くと同時に、俺はそれまで踏みしめていた地面を全力で蹴りつけて自分自身を吹き飛ばすかのようにしながら移動方向に舵を切る。

 この先に何が待ち構えているのかは分からないが、やっと見つけられた標的だ。

 わずかでも逃がすことの無いよう、細心の注意を払っておこう。




(…あいつか。【探知】に反応していた魔獣は)


 森の中を駆けていくこと数十秒。

 圧倒的な速度にものを言わせてここまで走り続けてきたが、ここまでやってくると標的であろう対象はすぐに見つけ出すことができた。


 そこにいたのは、体長が優に二メートルは超えている熊のような姿をした魔獣であり、何か獲物でも探しているのは周辺をうろついているがその体躯から発せられているオーラが尋常なものではなかった。

 これまでに見てきた一般級の魔獣たちもそれなりに威圧感にも近い圧のようなものは感じられていたが、ことこいつに限ってはそれと比較にならないほどに感じられる迫力というものに差がある。


 今だって、数メートルは離れた場所からその様子を観察している俺でさえ近づき難い雰囲気というものを味わっているのだから、魔獣としての格の差を実感せざるを得ない。


(けどまぁ……負けるつもりは微塵もないけどさ)


 だが、どれだけ異様な雰囲気を放っていようと相手は知性無き魔獣だ。

 いくら単体で強固な実力を有していようと、こちらが取れる手段は無数にあるし、打てる手だって用意してきている。


 それらを駆使して戦えば……勝ち筋は決してゼロではない。


(とりあえず、まずはお手並み拝見といくか)


 なんにせよ、俺とあの熊との間にある実力差は一度確認しておきたい。

 どちらの力量が上回っているのかどうかは、この戦いにおける立ち回り方でも重要な指針の一つになってくる。


 まずは様子見がてら、こちらの存在に気が付かれていない間に一度奇襲をかけよう。


「……ふっ!」


 両者の距離を一瞬で縮めながら意識を切り替え直し、気合いを込めながら短剣を渾身の力で振るおうとする。

 その速度は常人ならばまずまともに反応することすらできずにやられるほどのものであり、ここに来るまでに倒してきた魔獣も到底ついてこれないほどのものだった。


 …だが、あの熊との距離が目前まで迫ったところで想定外の事態が発生する。

 やつの首めがけて短剣を突き刺そうとした瞬間、まるでこちらの動きを認識したかのように俺に向かってその巨腕を振るってきたのだ。


「っ! ちぃっ!」


 【身体強化】によって数倍化された速度にまともに反応されたことへの衝撃と返されるとは思っていなかった反撃に一瞬思考が鈍るが、その動作を視認した直後に俺は回避行動をとる。

 しかし、正面から直線状に向かって突っ走った運動エネルギーを即座に回避へと切り替えることは相当に無茶だったのか、完全には避けきることができずに腕の一撃を食らってしまった。


「ゴアアアアアアアアッ!!」

「…ゲッホ!」


 その巨体には見合わぬスピードをもって振るわれた一撃を何とか両腕を使って防御するが、込められた勢いは殺しきれず思い切り吹き飛ばされる。

 その衝撃で背後にあった木の幹へと叩きつけられ、同時に肺に溜まっていた空気が吐き出されていった。


 そのまま俺は転がるかのようにして地面に倒れ込み、想いもしていなかった反撃によってふらつく体を必死に支えながら今の一瞬の攻防に思いを馳せる。


 …油断していたつもりはない。

 万に一つもやられることのないように【身体強化】は全力で発動させていたし、俺が今の一撃を耐えきれたのもそれに伴って向上していた防御力のおかげだろう。


 それでも、心のどこかでは慢心してしまっていたのかもしれない。

 これまでに相対してきた一般級の魔獣を苦労せずとも上回れたことから、こいつを相手にしても同じような考えで真正面から突破できると思い上がっていた。


 見当違いも良いところだ。

 所詮、俺は同年代に比べて少し戦える程度の子供に過ぎず、ほんの少しのきっかけで死ぬレベルの実力しか持っていないというのに。

 その程度の力で満足し、停滞しかけていた俺自身の甘さに嫌気が差してくる。


「はぁ…はぁ……! …ほんと、嫌になる」


 木にぶつかった時に切り傷でも負ったのだろう。

 漏れ出す荒い呼吸を繰り返し、額から垂れてきた血を軽く拭いながら俺は眼前のを見据える。


 …こいつは間違いなく、今の俺よりも強い。それは純然たる事実だ。

 だからこそ、ここで超えることに意味がある。


 俺の目的は何だ? フーリを守ってやれるくらいの実力を身に着けることだろう。

 なればこそ、足を止めている暇なんてない。

 こんなところで足踏みをしていれば、その領域にはいつまで経っても踏み込めはしないのだから。


「上には上がいる……嫌って程理解させられた。だからもう、俺は自分の強さに満足しない。…誰にも届かないくらい、強くなってやるよ」


 それはある意味、俺にとっても初めてのだった。

 現在進行形で俺の命を刈り取ってこようとしてくる敵に対して、お前を超えることでそれを証明するために。


 他者に聞かれれば鼻で笑われるような、そんな夢物語のような子供の戯言だと思われるだろう。

 それでも、今の俺にとっては大きな意味を持つ言葉で……これからの目的を明確に示したものだった。


 フーリを、俺の大切なものを守るためには力がいる。

 それを成すために……俺は、他の何者も届くことの無い頂点を志すと決意した。


「待たせたな。さっきは舐めてかかって悪かった。…ここからは、手加減抜きの本気でいく」

「…グアァァ!」


 ふらつきかける足元を無理やり立ち直らせ、痛んでくる頭の痛覚を無視して眼前に立ち尽くしていた敵の咆哮を一身に向けられながら、それでも俺は不敵に笑う。

 やつが今抱いている感情が怒りなのか、獲物を狩る捕食者として絶対的自信なのかは分からない。


 どちらにせよ、相対する俺としてはあまり関係のないことだ。

 …どんな結果になろうと、俺は勝利をつかみ取るために全力を尽くすだけだ。


 かくして俺たちは、少しの間視線を交わらせ……その直後に魔法を発動させた俺と、こちらを捻りつぶさんと言わんばかりにその巨躯を振るわせ始める。

 目指すは勝利。ただその一点のみ。


 この戦いが終わった後に立ち上がっている者は……ただ一人だ。

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