第十七話 妹の魔法訓練
「フーリ、もう少し魔力の消費量を減らせるか? そしたら多分ちょうどよくなると思うぞ」
「やってみます! むむむ……こ、こうでしょうか?」
フーリの三重適性が発覚してから三週間後。
あれから俺たちの周りで大きな変化は起きていないが、そうでない場所では大騒ぎになっているらしい。
それもそのはずだ。何せ、通常ならば二つだけでも良いとされている魔法の適性に、常識外の三つもの適性を持った者が貴族の中から現れたのだから、騒ぎにもなる。
あの日からそれとなく父さんに確認をしているが、やはりそこら中の貴族からフーリに向けて茶会の誘いや遠回しな縁談の申し込みなどがひっきりなしにやってきているらしい。
現在は父さんが断りの返事を入れてくれているので何とかなっているが、それもそう長くは続かないだろう。
今は誘いが来るのが我が家よりも家格で劣っている者が多いので、特に角を立てずにいられているが……逆に言えば、伯爵家よりも権力の強いどこかから申し出があったりすれば、容易に断ることはできない。
あぁ。それと余談ではあるが、フーリの適性が公のものとなってからなぜか俺に対する縁談の話も増えているらしい。
以前までは伯爵家の長子ということもあって、その頃から話自体は存在していたが……それが急激に増えたそうだ。
…まぁ、理由は十中八九俺との婚約を結ぶことで、フーリとも間接的につながりを作ろうとしているのだろう。
そのあまりの回りくどさに溜め息もこぼれてきそうだが、そこまでやってくるのが貴族とも言える。
しかし、俺の方は婚約にもまだ興味はないし、何よりもフーリを守るために力を付けなければならないのだ。
幸いにも婚約を決めるまでにもまだ猶予は残されているし、それまでに答えは出しておけばいいだろう。
そんなこんなで、この数週間で状況が大きく動いてきているが、俺たちに対して直接何かがあったかと聞かれるとそんなことはない。
それどころか、あれだけのことがあったのにも関わらずむしろ落ち着けているくらいのものであり、現在はフーリと共に魔法の鍛錬に勤しんでいるところだった。
「うーん。できるならもう少し小さい方がいいな。ほら、こんな感じだ」
「難しいですね……小さくしようとは思うのですが、どうしても規模が大きくなってしまいます」
俺が手本代わりに手のひらサイズの水の球を作り出して見せると、彼女もそれを真似て実行しようとするが、やはり一回り大きくなってしまった。
フーリの魔法適性が判明したとき、最初は指導に関しては師匠に任せようかとも思っていた。
しかし、俺も彼女と同じ水属性に適性を持っていることと、同じ属性を持っている者同士でしか共有できないこともあるだろうという師匠の助言によって、今では模擬戦を終えた後に師匠が火属性魔法を、俺が水属性魔法を教えるという二人体制でフーリに教えるようになっていた。
光属性魔法に関しては、その特性上中々に修練を積むことが難しいので、今では簡単な光の球を出現させるくらいの内容に留めてもらっている。
しかし、まだまだ師匠に実力も及んでいない身で俺が妹に教えられるほどのことがあるのかとも思ったが……他でもないフーリ本人からの強い要望もあって、こうして指導に加わっている。
そして、彼女に教え始めてから初めて知った事実ではあったが、どうやらフーリはその膨大な魔力を持っている弊害ゆえか、細かい魔力操作が少し苦手な傾向にあるようだった。
最初に魔法を使わせた時には拳大の火球を作ってみるように言ったというのに、まさか出力を間違えて屋敷を吹き飛ばしかねないほどの豪炎を生み出してしまうとは思っていなかった。
俺と師匠で慌てて対処に当たったのでそれも事なきを得たが、あのまま指向性を失って魔法がぶちかまされていれば、一体どうなっていたことか……。
ともかく、そんな経緯もあってからは手始めに魔力の操作を主として練習することとなり、俺レベル……とまではいかずとも、目標として最終的には師匠レベルの技量を身に着けてもらいたいと思っている。
魔力の操作練度を高めていけば、【身体強化】を始めとした無属性魔法の恩恵も受けられるし、そうなれば必然的に彼女の身を守ってくれる手段として安全性も高まっていくはずだ。
そんなことを考えながら、こちらで時折魔力の操作の仕方を実践して手本を見せながら教えていき、教え始めてから三週間が経過した今では完璧とは言わずとも、それなりの制御ができるようになってきた。
ここまで早くフーリが成長できたのも、何よりも彼女自身が強いやる気を漲らせながら学ぶ姿勢を見せたからこそであり、兄としても妹の成長に鼻が高かった。
「こうして……ここで魔力を抑えて……ふっ! あっ、で、できました!」
「おぉっ! やったな、フーリ! 上手くできたじゃないか!」
そんな思考に耽っていると、俺が考えに集中している間にも出力を抑えた魔法を発動させようとしていたフーリが、ようやく小さな水球を生み出すことに成功したようだった。
やっと上手くいった魔法に、心から嬉しそうな笑みを浮かべている妹に対して、俺の方からも手放しの称賛を送る。
練習の最中はあまり過剰に甘やかしては彼女自身のためにならないと、できる限り厳しく接するようにしているが、それは彼女の努力を褒めない理由にはならない。
厳しくするところはしっかりと厳しくするが、フーリの努力の結果として出されたことに関してはこちらも全力で褒めてやる。
そうしてやれば、彼女も嬉しそうにはにかんでくるので、それにつられて俺の方も無意識の間に笑みがこぼれてくるようだった
「それなら、今日は水属性魔法に関してはこれくらいでいいかもな。なら、次は【身体強化】について教えよう」
「はい! お願いします!」
フーリもまだ一度だけとはいえ、魔力の正確な制御を成功させることができた。
正直、精密な魔力操作を要する無属性魔法を教えるのはもう少し先になると思っていたのだが……ここまでできたのならば、もう練習を始めてしまってもいいだろう。
「【身体強化】だけどな、まずフーリはこれをどういう魔法だと思ってる?」
「えっ? …うーん、確か以前にぃさまに聞いた話では、体の外に魔力を纏うことで肉体の能力が向上するということでしたが……違うのですか?」
「あぁ、違うな」
フーリが言っていることは、世間一般で認識されている【身体強化】の概要であり、そしてこれは、他でもない俺が教えたことでもある。
そう。俺はフーリに対して、あえて間違った知識を伝えていたのだ。
そんな事前に教えられていた知識とは異なった事実を告げられたフーリは戸惑った様子を見せていたが、当然こんな面倒な真似をしたのには理由がある。
俺と師匠が開発したオリジナルの【身体強化】は性能こそ凄まじいものの、それゆえに世間に与える影響が大きすぎるのだ。
なんせ、それまで大して役にも立たなかった魔法が一転して、とてつもない有用性を秘めていると分かればその技術を求める者は多くいるだろう。
そんな中で、もしフーリがこの【身体強化】を当たり前のものとして人前で披露してしまえば、そこから俺たちが見つけ出した無属性魔法の可能性を探られる可能性は高い。
だからこそ、俺は初めに一般的に普及されている魔法の扱い方をフーリに教え、そして今から教えるものがおかしいものであるという事実をしっかりと理解してもらうためにこんなことをした。
俺としては別に人前で披露すること自体は構わないのだが、そこからうっかり口を滑らせてしまうといったトラブルを発生させないためにも、この処置は必要なものだった。
「もちろんそれでも【身体強化】は使える。だけど、それだとあまり強い効果ではないだろ?」
「…そうですね。私でも簡単に発動はできますが、そこまで身体能力が上がったという実感はないです」
そう言うとフーリは、自分の肉体の周辺に魔力を集約させて【身体強化】を発動させる。
その状態で手を握って開くといった動作を繰り返しているが、やはりその使い方では大した強化幅にはならないのだろう。
まだ身体能力が未熟な子供の身なので、その効果が感じづらいというのもあるのだろうが……どちらにせよ、実戦で使えるようなレベルではない。
「それなんだけどな……今から俺も使ってみるから、よく見ててくれ。…よっと」
「は、はい」
フーリが【身体強化】を解いた後、俺は従来のやり方とは異なるオリジナルの【身体強化】を発動させる。
とりあえず、効果量の差が目に見えるくらいに分かればいいので、強化は五倍くらいで十分だろう。
「ふっ!」
「にぃさま? 一体何を……っ!?」
可能な限り周囲に被害が出ないように力加減を意識しながら、俺は真上に向かって跳躍する。
予想としては数メートル程度の高さまでジャンプできればいい方だと考えていたのだが、どうやら十メートル近い高さまで飛んでしまったようだ。
下の方でフーリが驚いたような顔をしているのを確認しながら、俺は次第に落下していく体の感覚に従って静かに着地する。
「……っと。まぁ、これが俺と師匠が使ってる【身体強化】だな。フーリの使ってるものとは……違うことは分かったか?」
「…はい。私の使うものではそこまでの出力は出せませんし……一体、どうやったのですか?」
まだ困惑したように呆然としている彼女だったが、すぐに意識を切り替えるとこちらに疑問を投げかけてくる。
その疑問も最もなものだし、俺も特に隠すものでもないので素直に真相を明かす。
「具体的に言うと、これは体の外じゃなくて内側に向かって魔力を集約させてるんだ。イメージとしては、肉体に魔力を浸透させてる感じだな」
「……なるほど。確かに魔力を纏うだけよりも、肉体に直接付与した方が効果が大きくなるのは道理です。…しかしそれならどうして、この方法が一般に広まっていないのですか?」
やはり、フーリは飲み込みが早い。
俺がほんの一言原理を明かしただけで、もうオリジナルの魔法の効果を看破してしまったくらいだ。
そして同時に、このやり方が一般的になっていない理由についても疑問を覚えるくらいなのだから、彼女の頭の回転の良さには恐れ入る。
「結論から言っちゃうと、このやり方は高度な魔力の操作練度が必須条件なんだ。それに加えて、上がりすぎた身体能力に反応速度を間に合わせるためにも、感覚強化の魔法を併用しなくちゃいけない」
「そういうことですか……それなら使い手が限られるのにも納得です。少なくとも、今の私では使えませんから」
俺が実践してみせた様子と話した内容から、これがいかに高難度を誇る技か理解したのだろう。
現在の彼女の技量ではまだ扱えないことは事実だし、その事実をしっかりと受け止めていることから無茶な挑戦をすることもないだろう。
だが、今使えないからといって諦めるわけではない。
むしろ、それをこれから完璧にするためにもこの魔法を教えたのだから。
「これからフーリには、この【身体強化】を使えるようになってもらう。もちろん時間はかかると思うけど、それでもフーリならできると信じてるよ」
「……分かりました。難しいでしょうけど、やってみせます!」
俺の言葉に自身のやる気を刺激されたのか、その碧色の瞳に炎を灯すかのように気合いを漲らせている。
…この調子ならすぐにでも使えるようになりそうだな。彼女の魔法に関する才能の高さを考えれば、それも的外れではないだろう。
「あぁ、それと。このやり方は他言無用にしてくれ。安易に広めるわけにはいかないからな」
「分かっています。…誰にでも使える魔法がこんな価値を秘めていると知られれば、何が起こるか想像もつきません」
「理解しているならそれでいいさ。それじゃ、魔力の制御訓練に移ろう」
必要ないとは思ったが、念のためにフーリに魔法のことを口止めしておけば、彼女もそれを広めることに対するリスクには思い至っていたのだろう。
そのあまりの聡明さに苦笑が出てくるが、可愛い妹が賢いことは兄として嬉しい限りである。
その後、俺たちはひたすらに魔法の訓練を重ねながら時間を忘れるかのように没頭していった。
…そして後日。俺のもとに一つの報せが入ってくることになる。
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