第十八話 権威からの勧誘


 後日。日課にもなっているフーリと共に行っている勉強も済ませ、タイミングよく訪れた師匠と魔法の訓練に勤しんでいた頃、こちらに向かって近づいてきた使用人から伝言を受け取った。


「アクト様。旦那様がお呼びです。至急執務室に来るようにと」

「父さんが? …分かった、すぐに行こう。下がっていいぞ」


 恭しい態度を保ちながら伝言を伝えてくれたメイドに軽く礼を返し、チラリと遠くで師匠と共に訓練に励んでいる妹の姿を見る。

 彼女たちは現在火属性魔法の修練に集中しており、こちらに意識を割いている様子はない。


 現在も大規模な炎が飛び交う光景が目の前に広がっており、見る者が見ればまるで地獄の煉獄のようだと思ってもおかしくはないだろう。

 師匠はフーリに怪我をさせないようにと注意を払ってくれているのでそこに関しての心配はしていないが、フーリの方はその莫大な魔力にものを言わせてとんでもない出力で魔法を放っているので、それに対抗すべく師匠の火力も増していっている。


 その結果がこの遠くに離れていても熱が伝わってくる炎の応酬であり、そこに夢中になっている二人は俺のいる方なんて見向きもしていない。


 …いや、フーリに関してはどれだけ魔法に集中していても俺の方に意識を割く余裕を残しているのでその視線を感じるが、少なくとも俺自身はやることが無い状況だ。

 一言この場を後にするとだけ伝えていれば、後ほど何かを言われることもないだろう。


「師匠! 父さんに呼ばれたので少し行ってきます! …フーリ、俺が居なくてもちゃんと師匠の言うことを聞くようにな」

「はいはーい。フーリのことは任せてくれちゃって大丈夫だよ」

「……分かりました。なるべく早く帰ってきてくださいね?」

「分かってるよ」


 明らかに不服といった表情を浮かべながらこちらを見つめてくるフーリだったが、父さんの呼び出しともなれば無視をするわけにはいかないという事情も理解してくれているようで、渋々ながら送り出してくれた。

 彼女に我慢ばかりさせるのも可哀想だし、戻ってきたら目一杯構ってあげるとしよう。


 そのまま俺は庭を後にし、父さんのいる屋敷の執務室へと歩みを進めていく。

 その道中で、今回呼ばれた用件について考えてみるが……正直、あまり良い予感はしていなかった。


(前にも呼び出されたことは何度かあったけど、そのどれも緊急性のあるものではなかった。なのに今日に限っては至急なんてことまで付け加えている……何の用だ?)


 以前から父さんに呼ばれたことは幾度か経験しているが、それらは来客の有無の確認だったり勉強の進捗確認だったりと、そこまで重要度の高いものでもなかった。

 だというのに、今回は明らかに優先度が高いと思われる事態だ。そして、そんな事柄に思い当たることがないと言ってしまえば嘘になるが……当たってほしい推測でもなかった。


(…まぁ、こればかりは父さんに聞かないと分からないな。具体的なことは話を聞いてからだ)


 色々と思考を重ねてはみたが、やはり実際に話を聞かないことには何も進まない。

 ともかくまずは父さんからの用件を聞くために、俺は足早に廊下を進んでいった。




「…父さん。アクトです」

「入っていいぞ」


 執務室の前にやってきた俺は扉を軽くノックし、中にいるであろう父さんに向かって来訪を告げる。

 そうすると向こうから入室を許可され、それに従って部屋に入っていけば……廊下にいた時とは異なる、張り詰めたような空気感が肌を刺してきた。


(…この雰囲気。話は仕事関係のものだったか…?)


 普段は家族の前では朗らかな雰囲気を見せる父さんだが、プライベートと仕事では意識を切り替える父親の面も知っている俺としては、この空気は仕事に関する用件を伝えるためのものだと察することができた。

 …しかし、このタイミングでなおかつ、父さんの仕事とも関わるようなこととなると尚更楽しい話題である予感は消え失せていく。


「…それで、話とは何でしょうか。至急向かえとのことなので伺いましたが……」

「それに関してはすまない。何しろ急を要する事態だったものでな」


 いつもの和やかな家族関係とは違い、今の父さんは貴族家当主としての顔で話しかけてきている。

 ならばこちらも相応の態度を取るべきだろうと思い、俺も普段とは口調を改めて返答を重ねる。


「…ふぅ。実はな、ついこの前のことだが、教会から一通の手紙が届いたのだ」

「……教会から?」

「あぁ。その内容というのがお前も想像はついているかもしれないが、フローリアをこちらに所属させないかという類のものだった」

「…なるほど。しかし、それなら大したことでもないでしょう。貴族相手ならばともかく、それを断ったところで特に角も立ちません」


 父さんの口からもたらされたのは、俺の方でもある程度予想はしていたことだった。


 教会。それは世界創造の女神を信仰する集団であり、組織である。

 その影響力は世界全土に広がっており、フィービル伯爵領にも教会は存在していて、決して少なくない領民がそこに通い詰めている。


 前世の価値観を持つ俺からしたら神だなんだと言われたところでそこまで関心も持てないのだが、この世界では彼らが強い力を持っている。

 …そして、その要因の一助となっているのがやつらが光属性の魔法使いのほとんどを囲っているから、という理由もある。


 フーリも所持している光属性の魔法。

 これは数ある魔法適性の中でも唯一、という特性を有しており、その有用性は他と比較しても群を抜いているとされている。


 ただでさえ医療技術が発達しておらず、外傷の回復でさえままならないこの世界で、その特性の価値は計り知れない。

 そして教会に所属している者達は、その希少性と有用性から『光属性は神から特別に授けられた適性であり、それは万人に振るわれるべきだ』という教義を説いているのだ。


 …主に後半部分の内容には同意するが、前半部分に限ってはあまり理解できないな。

 そもそも魔法の適性というのは全てが平等であり、そこに優劣なんてものは付けられるものではない。


 確かに光属性の魔法が便利なものであることは分かるが、それはあくまで一属性の一面性に過ぎず、他の属性であっても優れている点など探せばいくらでも見つけられてしまう。

 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に教会の者達は光属性の適性持ちを少しずつ自分たちの元へと集めていき、その魔法を民衆に行使することで更なる信仰心を高めているそうだ。


 そうして今、フーリが光属性の適性を持っていることを公にしたことによって、その矛先が我が家にまで向けられた、と。


 だが、分からない。

 いくら教会が世界に広い影響力を持っているとは言っても、こちらは貴族だ。

 その程度の要求なら容易に跳ね除けられそうなものだが……なぜ、父さんは悩んだような素振りを見せているのだろうか。


 そんな俺の疑念を感じ取ったのか、父さんが言葉を続ける。

 …そして、その言葉は想定を遥かに超えてくるものだった。


「アクトの言う通り、これが普通の誘いであったなら断りを入れても問題はない。…だが、今回に限ってはそうもいかない」

「……と、言いますと?」

「…この手紙の送り主だがな。教皇猊下直々の誘いだったのだよ」

「っ! …それは、本当ですか」

「間違いない。念のために確認もし直したが、手違いはないとのことだ」


 …そういうことか。

 どうして貴族の身分を持っているこちら側が容易に動けないのかと疑問に思っていたが、そういうことならば納得できる。


 教皇というのは、世界中に広がっている教会組織の中でも最高位に位置する指導者のことであり、その権力は場合によっては一国に匹敵、あるいは凌駕するとも言われている。

 実際は教会そのものに政治に関わるような権利など無いはずだが、数多の民衆を味方につけている彼らの力はそんなことなど軽く無視してくる。


 もし、仮にの話ではあるが、フィービル伯爵家が教会全体から不況を買ったとしたら、その時は領地が潰れる……とまではいかずとも、最悪の場合領内に存在している教会の施設が立ち退いていき、領民の多くも離れていくだろう。

 ゆえに、この誘いは無視できない。向こうの実質的な権力を考慮しても、今後の付き合い方を考えてみても、無碍にするという選択肢は選べなかった。


 …これが通常の光属性の適性持ちが相手だったとしたら、あちらとしてもここまで大規模な勧誘はしてこなかっただろう。

 しかし、この件に限ってはフーリという三重適性を持つ極めて強力な才能を持つ妹を引き入れるために、こちらが拒否しにくい状況を作り出してきたのだろう。


「あちらとしてもフローリアの存在は無視できないのだろう。…何せ、三重適性持ちという凄まじい才能を持った子だ。もし引き抜くことができれば、教会側にも箔が付く」

「…そうでしょうね。それこそ、フーリならばいずれは聖女として担ぎ上げられたとしても不思議ではない」


 あの時、フーリの適性を示すガラス玉から放たれた光を見て確信したが、彼女には圧倒的なまでの光属性に対する才能がある。

 それは他の二属性と比較してみても明らかであり、それだけの力を持つフーリであれば教皇に次ぐ権力を持つ聖女にだってなれてもおかしくはない。


 …だが、それはあくまで教会にとって体のいい駒としての立場でしかない。

 おそらく向こう側の思惑としては、フーリを幼い頃から自分たちの傍に置いておくことで信頼感を築かせ、最終的には使い勝手のいい神輿にでも据えるつもりなのだろう。


 考えすぎだと思われるかもしれないが、彼女の利用価値というのはそれほどまでに高く、注目を集めてしまうものなんだ。

 さすがの俺も貴族たちからの接触までは予想していたが、ここまで事が大きくなるとは思っていなかった。


 それだけフーリの才能を取り込もうとしている輩が多い証左でもあるし、貴族の立場から考えれば有力者と縁を作ることができるということから喜ぶべきものなのかもしれないが……あの子の兄としては、そんな道を辿ってほしくはない。


「となると、まず教会からの要求を突っぱねることはできない。…しかし、無条件に向こうの誘いを飲むわけにもいかないでしょう」

「そうだ。なので向こうとの話し合いの末、折衷案として一度フローリアを領内の教会へ視察に向かわせることになった」

「…そういうことですか」


 父さんの話を聞いて、おおよその流れが見えてきた。

 確かに向こうの条件を一方的に飲むこともできない以上、その辺りが落としどころではある。


 …だが、教会とてそれを黙って静観するつもりなど無いだろう。

 フーリが足を運んだ際に彼女を懐柔するための手を打ってくるだろうし、その可能性は非常に高い。


 まぁ、フーリが俺と離れるような選択肢を取るとは到底考えられないし、俺や身内以外にはそう簡単に心を許すことの無い警戒心を併せ持ってもいるので、フーリが引き込まれるような展開はないと思うが……向こうが強硬的な手段を持ち出してこないとも限らない。


 そうなっても問題がないように護衛の騎士を付き添わせはするだろうが、彼らだけでは対処しきれないようなこともあるだろう。

 何しろ、相手は教会の中でもそれなりの地位にいるような者がほぼ確実に出張ってくる。

 そんな相手に騎士だけでは、いざという時にフーリを守り切れない可能性も出てくる。


 そんな懸念事項を合わせて考えれば、おのずとこの後の流れにも察しがついてくる。

 つまり、この件で俺が呼び出された用件というのは………。


「…向こうが強硬手段に応じてくる可能性がある以上、一定以上の権限を持った者が傍にいた方がいい。そうなると、俺がフーリの視察に付き添え、ということでしょうか」

「…本当に、聡明な子に育ってくれて嬉しくもあるが少し複雑でもあるな。だが、


 やはり、俺の想定で間違ってはいなかったようだ。

 この件に限っては、父さんや母さんがフーリに付いていくということはまずできない。


 当主である父さんは立場があるのでもとより、実の母親である母さんを共に向かわせるというのも、向こうに『自分たちを信頼していないのか!』と考えられるリスクがあるのだ。

 それを考慮すれば、両親は力になれない。


 ならばどうするか。

 答えは簡単だ。唯一の兄妹でもある俺がと言い張ってしまえばいい。


 そうすれば子供の気まぐれゆえに向こうも真っ向から拒否したところで無駄だと思ってくれるだろうし、無用な反感を買ってしまうこともない。

 多少教会にとっての俺のイメージを悪くするかもしれないが、その程度は何の問題にもならない。


 そもそも、俺自身はフーリを守るためなら自分に悪評がつこうが構わないのだ。

 そんな意味のない評価よりも、彼女を幸せにしてやるためにできることをする方が俺にとっては重要であり、そちらの方が優先度は遥かに高い。


 …それに、フーリとは傍にいてやると約束をしているのだ。

 そんな約束一つ守れなくして、彼女の兄を名乗ることなどできやしないだろう。


「分かりました。その提案、お受けいたします」

「…良いのか? こんなことを言うのはあれだが、アクトの立場を利用しているようなものだ。別に受け入れずとも、お前のことを責めたりはしない」

「構いません。俺からすればフーリを守る以上に優先することなどありませんし、あの子を幸せにしてやるためなら手段は選ばない。そう決めてますから」

「…そうか。重ねて言うが、すまない」


 父さんは俺のことを利用するような形になってしまったことを悔いるように謝ってくるが、別にそんなことを気にはしない。

 この状況を乗り切るためにはそれが最善であることに変わりはないし、こういったことに備えるという意味でも実力を磨き続けてきたのだから。

 それに、一度落ちた評判ならばあとから取り戻してしまえばいい。それくらいの猶予はあるはずだ。


 こうして、俺のフーリの視察への同伴が決定した。

 どんな展開になっていくかは分からないが、少なくとも彼女にとって悪い結果にならないよう、俺も全力を尽くさないとな。

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