第十六話 優れた才覚、その余波


 フーリがまさかの三重適性持ちだという衝撃的な事実が発覚した後、俺は即座に周辺の警戒に移った。

 幸い庭の修復が終わった後に使用人たちはそれぞれの持ち場に戻っていったようで、この場で起きたことを知る者はいなさそうだが……念には念を入れて、俺たち以外の魔力の痕跡が残っていないかなども細かく調べ上げていった。


 気にしすぎと思われるかもしれないが、万が一この場面を魔法か何かで覗き見なんてされていれば大事になることは避けられない。

 ゆえに、俺もここは手を抜かずそこら一帯を調べ上げ、それらしきものが見当たらないと分かるとやっと肩の力を抜くことができた。


(……とりあえず、フーリの適性に関して現状はバレた様子はない。そこは一安心か)

「…あの、にぃさま? さっきからずっと黙っていますが……もしかして、適正属性で何か駄目なことでもありましたか?」

「…ん? あぁいや、別に駄目なわけじゃないさ。それどころか凄いことだよ! やっぱりフーリは自慢の妹だな!」

「きゃっ! ほ、本当ですか?」

「もちろんだ! こんなにすごいことは滅多にないからな!」


 俺がずっと何も言わなかったことに不安を感じさせてしまったのだろう。

 恐る恐るといった様子でこちらの顔色を窺うように尋ねてきたフーリに、俺は嘘偽りない称賛の言葉を送った。


 …そうだ。あまりにも規格外な事態に頭が追い付いていなかったが、この子がとんでもない才能を持っていること自体はとても喜ばしいことなんだ。

 ただ、それが周囲に広まった時の影響を考えれば少し面倒なことになってしまうというだけのことで、彼女の才能そのものに悪いことなど無い。


 なので、その意味も込めて全力で褒めたたえてやれば、ようやくフーリも安心したように笑ってくれた。


「なら良かったです! …しかし、さっき何か悩んだようにしていましたが、やはり困ったようなことがあったのではないですか?」


 …ふむ。やはり我が妹は俺のことをよく見ているようだ。

 フーリに余計な心配をさせないようにととっさに笑顔を作って彼女を安心させようとしたが、その際のわずかな違和感を感じ取ったのだろう。


 しかし、今度の問いかけは先ほどまでのような不安を滲ませたようなものではなく、純粋に俺を困らせているものの中身が気になって聞いてきたという様子だが……どう答えたものだろうか。

 まだ三歳になったばかりの幼い彼女に、莫大な才能を生まれ持ったことによって起こりえる貴族社会の陰湿な思惑なんかを想像できるわけがないし、それを教えればショックを与えてしまう可能性もあるので、ここは慎重に伝えなければならない。


「うーん……困ったってほどでもないんだけどな。ただ……フーリがこうして凄い才能があるってわかったら、周りの人たちから良く思われないこともあるんだよ」

「そうなのですか? 適性は人それぞれなのですから、そこまで気にすることでもないと思いますが……」

「フーリは優しいな。…だけど、そうは思わない人も中にはいるってことだ」


 どこまでも他者を尊重できる優しい心をもって育ってくれた妹にこちらも嬉しくなってくるが、それだけでは上手くいかないのが貴族というものだ。

 少なくとも、この事実はそれだけの影響力があることなのだから。


 それを言い聞かせなければならないのは少し心苦しくなってくるが、今言っておかなければ危険に晒されてしまうのは他でもないフーリ自身なのだ。

 その危険性を無視するという選択肢はありえない。


「ないとは思いたいけど、もしかしたらフーリの才能を知った誰かが無理やり自分たちのところに連れて行こうとするかもしれない。そうしたら、俺たちももう一緒に会うことはできなくなる」

「そ、そんなのは嫌です! にぃさまと一緒にいられないなんて……!」


 この言葉はこれまでの中でも特に効果覿面だったようで、俺と離れ離れになってしまう可能性を示唆した途端に、フーリはわずかに涙目になりながらこちらに縋ってきた。

 俺が言うのもなんだが、相当にブラコンの気質がある彼女にとって、その可能性は耐え難いものだったのだろう。

 脅かすつもりはなかったので、すぐに俺も彼女を安心させるように抱きしめ返してやれば、言葉を続けていく。


「あぁ、そうだな。俺もフーリと離れるなんて嫌だ。…だけど、そんなに心配しなくても大丈夫だ」

「……え?」


 俺の発言が予想外のものだったのか、胸にうずめるようにしていた可愛らしい顔をこちらに見上げてきながら、フーリは不思議そうに見つめてきていた。


「たとえどんな状況になったとしても、俺だけは絶対にフーリの味方だ。誰かから悪意を向けられたとしても必ず守ってやるし、傍を離れることはないと約束する。…だから、不安になる必要なんてない」

「にぃさま……はい! 絶対ににぃさまとは離れません!」


 その発言を実行するかのように、俺のことを力強く抱きしめてくるフーリ。

 俺もそれに抵抗することはなく、そのまま彼女の好きなようにさせてやる。



 …とりあえず、一旦は丸く収められたようでホッとした。

 俺がフーリに対して話したことは全て本音だが、会話の中で最優先にしたことは彼女が自分の適性を嫌ってしまうことを避けることだった。


 彼女はきっと優れすぎた才能ゆえに、その光から善悪問わずに多くの者を惹き付けてくるだろう。

 そしてそれは、フーリ自身が望まぬ者であっても同じことだ。


 しかし、俺としてはそんなことで彼女に自分の才能を疎ましく思ってほしくはなかったのだ。

 どれだけ輝かしい天賦の才であっても、それ自体には何の罪もない。

 だからこそ、俺は彼女の適性を知った瞬間にフーリをあらゆる悪意から守り通して見せるという覚悟を決めたのだ。


 莫大な才能と膨大な魔力を持つ彼女に対して、俺程度の子供が守るなんて言えば笑われるのが良いところだが、たとえ他者から何を言われようともこの決意を曲げるつもりはない。


 確かに、俺の力量ではフーリを守り抜くのは難しいかもしれない。

 持って生まれた才能も、その実力だっていずれは追い抜かされていくかもしれない。


 それでも、それ以前に俺は彼女の兄なのだ。

 最愛の妹一人さえ守れないなんてことは認められないし、俺自身もそんな情けない未来に甘んじるつもりはない。

 紛れもない天才である彼女を守るために、近くにいてやるためにも、俺はさらに力を身に付けていかなければならない。


 まだ離れる様子がないフーリの頭を優しく撫でてやりながら、内心でそんな覚悟を固めていった。

 いつまでそうしていたのか。具体的な時間感覚すら曖昧になってしまっていたが、少しすると近くで黙って見守っていた師匠が話しかけてきた。


「…アクト。これからどうするの?」

「…ひとまず、父さんにこのことを報告ですかね。さすがにこれを黙っておくわけにはいきませんから」


 彼女が聞いてきたのは、フーリの三重適性についてどう取り扱うのかということだったが……いくら何でも、この事実を隠し通すことはできない。

 発表するまでの一時的な引き延ばしならば可能かもしれないが、それもいずれは露見することでしかないし、それならば最初から父さんに話を通しておいて、対応を任せた方が無難だ。


 もちろん、父さんに伝えた時点で他の貴族たちにも噂が広まっていってしまうことは避けられないが……こればかりは致し方ない。

 そもそも、フーリのことを明かさずに沈黙の姿勢を貫いていれば、それが露見したときになぜ黙っていたのかと他の家から糾弾される恐れもある。


 決してゼロではない可能性を考えれば、隠し通すのも得策だとは言えないのだ。

 それにあの父さんのことだし、こちらに被害が及ばないように最大限配慮はしてくれるだろうが……それにも限界はある。


 それを補助するためにも、俺も可能な限り準備は整えておくとしよう。

 そんな俺の返答を聞いて、師匠は眉間にしわを寄せながら考え込んでいるようだった。


「…そうだね。多分それが一番無難に収められる」

「えぇ。そうと決まれば、早めに行動しておいた方が良さそうですね」


 今日は父さんも屋敷にいるはずだし、この時間は執務室で仕事にとりかかっているはずだ。

 そこを訪ねれば、すぐに会うこともできるだろう。


 そうしてある程度の行動指針を決めた俺たちは、すぐにでも行動に移っていった。

 もともとの目的でもあった魔法の訓練は一時中止することになってしまったが、それもまた今度やるとフーリと約束して受け入れてもらった。


 そのまま庭から屋敷へと戻っていき、父さんへ報告をするために執務室へと向かえば、幸いにもすぐに話すことができた。

 そして、肝心の要件を話していけば大層驚かれてしまったが、そこはさすがに貴族の現当主と言うべきか、すぐに冷静さを取り戻してこちらの意図も汲んでもらえた。

 大方は予想通り、さすがにこの事実を全て隠すことは難しいので、それなりの数の家に情報が伝わるだろうと言われてしまったが……それは想定済みの事態だ。


 俺たちも既にやるべきことは定めているし、話題の張本人であるフーリとも話は済ませてある。

 その意思を示せば、父さんも少し申し訳なさそうにしつつも、できる範囲で対処はしておくと言ってくれた。




 …そして、後日。

 リナリア王国の貴族たちは、ある筋から届いた報せで話題は持ちきりだった。


 それは、王国貴族でもあるフィービル伯爵家から前代未聞でもある三重適性を持つ子供が現れたというのだ。

 まさしく天才といって差し支えないほどの逸材であり、多くの貴族がコンタクトを取ろうと動き始める。


 その波は次第に大きなものとなっていき……事態は、俺たちの予想通りのものとなっていった。



 …しかし、その荒波の中でも想定外の事態とは常に起こりえるものだ。

 そんな想定外が俺たちのもとまでやってくるのは、フーリの適性が判明してから三週間が経ってからのことだった。

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