第十五話 圧倒的なもの
フーリに対して魔法の使用許可を出した俺は、ひとまず先ほどまでの模擬戦で荒らしてしまった庭を一通り片付け終えてから話を進めることにした。
傍にいた使用人に後片付けを頼めば、それほど時間をかけずとも作業は進んでいき、あっという間に庭も元の姿を取り戻していた。
そうして綺麗な姿となった庭の中で、俺と師匠がフーリに対して向き直すような位置に立ちながら話を始めた。
「じゃっ、これからはフーリも魔法を使っていくわけだけど……魔法に関してはどこまで知ってるの?」
「あっ、それならもう基本的なことは知ってますね。暇なときに俺が教えたことがあったんで」
「はい! 属性やそれらに関することは聞いています!」
師匠がフーリの魔法に対する認識について問いただしてくるが、それに関しては俺が既に一通り教えていたりする。
日々の生活の中で本の読み聞かせやちょっとした勉強もどきのようなものをフーリにしてきたが、これもその一環としてやっていた。
将来確実に必要になってくる知識だし、教えても無駄にはならないだろうなんて軽い気持ちでしたことだったんだが……思っていたよりも遥かに早く活用の機会が訪れたので、まぁ結果オーライだ。
なんにせよ、その辺りのことは網羅しているので長々とした説明を行う必要もない。
師匠もそのことに納得したように頷いた後、懐から見慣れたガラス玉を取り出してフーリの小さな掌に載せる。
「そっかそっか。なら解説はすっ飛ばして適性調べちゃっても良さそうだね。…はい、じゃあこの玉に魔力を注いでくれる?」
「は、はい! ……こ、こうでしょうか」
両手で大事そうにガラス玉を受け取ったフーリは、言われた通りに自身の魔力を注いでいこうとする……が、どこかその魔力の流れがぎこちないようにも思えた。
もともとの魔力量が莫大なので、その分の魔力はしっかりと注がれていることは確かなのだが、何というか…そこに運ばれるまでの過程で運用している魔力にロスが生じてしまっているのだ。
フーリも必死に魔力を注いでいこうと頑張っているのはよく伝わってくるが、その魔力量に反して作業は非常にゆっくりとしたペースで進んでいく。
…おかしいな。俺の時はもっと早く終わったと思うんだけど………。
「…師匠。確か俺があのガラス玉に魔力込めた時はもっと早く終わりましたよね? それにしてはフーリも頑張ってはいますけど、なんだか時間がかかってませんか?」
「いや、普通ならあの速度が普通だからね? アクトは魔力操作の練度が初めから高かったからあっという間に終わっただけで、むしろフーリは初めてなのによくできてる方だよ」
…あっ、言われてみれば確かにそうだった。
普段から当たり前のように行っているので忘れがちだが、俺の魔力操作の技術は同年代と比較しても圧倒的であり、それこそ世界的に見ても有数のレベルになってきている。
それは相当な実力者である師匠を凌駕している時点で分かり切った事実だし、俺自身常日頃から意識しているようにはしているのだが……どうやら、気づかぬ間にこれを至極当然のものとして認識してしまっていたらしい。
…駄目だな。俺に才能があることは喜ばしいことだけど、それを誰にでもできると思い込んで、無理やり同レベルの結果を他人に求めようとするのは典型的な失敗のパターンだ。
そんな思考に陥らないようにと気を付けていたはずなのに、自分の身に備わっている特別さに胡坐をかこうとしてしまっていた。
今そのことに思い至ったのは、ある意味幸運だったかもな。
俺の才能は特別なものだ。それは間違いないし、純然たる事実だ。
しかし、その事実にふんぞり返るだけで他者を慮ることがなくなってしまえば、それこそ様々な意味で手遅れになってしまう。
…これからは、そんな思考にならないようより一層気を付けていこう。
俺の中でせめぎ合っている平凡と非凡の境界線を崩さないことは、重要なことになってくるはずだ
自身の中で己の特別さを正しく認識し、またそれが他人にとって当たり前でないことをしっかりと把握しておく。
そうした意思を自己の内に固めていった俺は、今も尚集中しているフーリを見守っていった。
「…ふむ、そんなところでいいかな。フーリ! もうやめてもいいよ!」
「…はぁ……はぁ…は、はい…」
それから少し時間が経ち、ようやく師匠からのオーケーサインが出されたことでフーリも魔力の操作を止める。
初めて行った魔力の操作は幼い体には想像以上に堪えたようで、彼女は今も肩で息をしながら歩くのさえおぼつかなくなってしまっている。
そんな状態の妹を放っておけるはずもなく、俺はすぐさまフーリの近くに駆け寄ると、彼女を支えるような形で抱きかかえる。
「お疲れ様、フーリ。初めての魔力の操作だったし、疲れたろ?」
「あっ……にぃさま。えへへ……少しだけ疲れちゃいました」
「よく頑張ったな。偉いぞ」
慣れないことで疲れただろうに、ここまで一生懸命に努力できるフーリを本当に誇りに思う。
いつものような無邪気さこそないが、俺の胸の内で褒められたことによって笑いかけてくれた妹の頭を優しく撫でながら彼女から魔力を込め終わったガラス玉を受け取ると、それは次第に淡い光を伴って周囲を照らし出す。
そこで示された色は……水色。
まるでこちらを優しく包み込むかのような心地よさすら覚えさせられるその色は、彼女の有する適性をこれ以上なくはっきりと教えてくれた。
(フーリも適性は俺と同じ水属性だったのか! それは少し嬉しいかも………ん?)
フーリの適性も無事に判明し、流れも一段落した。
ゆえに、俺は少しばかり気を抜こうとして……だからこそ、さしもの俺でさえこの後の展開を予想することなどできはしなかった。
「……えっ」
そうして漏らされた声は、一体誰のものだったのか。
そんなことにも意識を避けられなくなってしまうほどに、今の俺たちは眼前の光景から目が離せなくなってしまっていた。
徐々に落ち着いてくるガラス玉のほのかな水色の輝き。
そして、それが静まっていったかと思えば……次の瞬間、燃え盛るような赤の輝きが周辺を照らしていった。
その光は戸惑う俺と師匠のことなど嘲笑うかのように轟轟とした光源を放ち続け、フーリの適性を示してくれていた。
……さらに、これで終わりではない。
深紅の光はその熱を失っていくかのように少しずつガラス玉の透明感を取り戻していき……そうして俺たちは、今日一番の驚きに晒されることになる。
淡い水色と激しくも苛烈な赤色。その二つが消えていったとき、それまでとは比べ物にもならないほどに強烈な眩さを誇る金色の光が、俺たちの視界を塗りつぶしていった。
「っ!」
自らの視界を潰されないように反射的に瞳を閉じ、とっさにフーリの目も守るために抱きしめていた彼女の腰をつかんでさらに近寄らせた。
一瞬の出来事に混乱してしまったが、状況を把握するために落ち着いて薄目を開きながらもう一度確認してみれば、先ほどまでと変わりなくガラス玉は金の眩さを周囲に示し続けている。
ようやくその光が収まって来た時、何が何やら分からないといった様子のフーリと、あまりにも信じられない事実に呆然としている俺と師匠の姿がそこにはあった。
…しかし、いつまでも思考停止したままではいられない。
この純然たる事実を、無視するわけにはいかないのだから。
「……師匠、今のって…」
「…うん。私も信じられないけど……フーリは、適性を持つ属性が三つ……三重適性がある」
…やはり、今のはそういうことだったか。
淡い水色の輝きを放った水属性。猛烈な熱を感じさせてくるような赤い光をもたらした火属性。
そして……おそらくは、希少とされているはずの金色の輝きを解き放った、光属性。
通常ならば一つだけを持つはずであり、二つだけでも滅多にないとされている複数の適性持ち。
そんな中で、本来ならありえないはずの三重適性。
どうやら俺の妹は、こちらの想像を遥かに超えてくる才能を持っていたようだった。
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