第十四話 習得の余地
今日も今日とて師匠との模擬戦で無事にボコボコにされ、所々小さな傷こそついているが、大きな怪我は負っていない。
…また負けかぁ。もう数えきれないくらい繰り返してきたことではあるけど、やっぱりこの悔しさだけはいつまで経っても慣れなさそうだ。
「今日の【身体強化】は中々だったね。何だかいつにも増して気迫があったって感じだったよ」
「……フーリが見てましたからね。そりゃ気合いも入りますよ」
地面に倒れ込んでいる俺のことを見下ろしてくるようにしながら師匠が声を掛けてくるが、妹の前で無様な姿をさらしてしまったことは情けなく思う。
…本気で勝ちに行ったんだけどな。まだまだ実力面では届いてないってことか。
以前から全力で挑んできた師匠との特訓ではあるが、それもあの日、フーリが産まれてからはより勢いを増すように自分を追い込んで鍛えるようにしている。
その理由としては、やはり彼女が産まれてきた直後に命の危機に瀕していたことが、俺の心にとっても大きな変化を与えたと思っている。
いくら莫大な魔力を持っていようと、どれだけ多大な才能の片鱗を感じさせようと、結局フーリも本質を辿れば一人の小さな女の子に過ぎないんだ。
そんな大切なんて言葉では到底足りないくらいに愛しい妹が、ほんの些細なことをキッカケとしてその命を失ってしまったかもしれない。
あの時は俺の力が上手くかみ合ったからこそ何とかできたが、それも結果論でしかない。
もしもあの時、魔力の操作技術が足りていなかったら、少しでも訓練を怠っていて、力を磨いてこなかったら。
たったそれだけのことで、家族の安寧が奪われてしまうかもしれないんだ。
そんなのは認められない。そんなことにはさせないためにも、家族や妹を周囲の害意から守るために、俺自身の実力を高めることは必須事項でもあった。
もちろん、俺一人でできることなんてたかが知れている。
もし本当に俺が全ての悪意をはねのけるくらいの力を身につけようとすれば、俺だけではなく頼りになる人脈なんかもいずれは必要になってくるだろう。
だが、今はまだ子供でしかない俺にそんなつながりを作れるだけの情報網なんてあるはずもなく、それは後ほど着手することにして、現在はまだどうにかできそうな俺自身の技量を高めている最中だった。
日々の魔力操作の鍛錬、基礎体力向上のための走り込みや武器の取り扱い方を学び、属性魔法を磨くことも忘れない。
なかなかにハードな毎日ではあるが、これも全ては家族のため、そしてフーリを守ってやるためだと思えば不思議とやる気が湧き上がってきた。
…まぁ、まだ師匠には遠く及んでいないし満足できるレベルにもなっていないが、確実に成長できていることは間違いない。
「にぃさま! 大丈夫ですか!?」
そうしてそのまま倒れ込むように模擬戦の疲労をゆっくりと癒していると、結界に守られていたはずのフーリが心配そうにしながらこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
模擬戦の間は俺の言いつけを守って大人しく見守ってくれていた彼女だったが、こうして訓練も一段落してもう出て行っても大丈夫だと判断したのだろう。
俺たちもこれ以上は危険な魔法なんて使うこともないし、それを咎めることもない。
…だけど、あれだけ意気込んでおきながら結局無様な姿を見せてしまったことには思うところもある。
「ああ、俺は特に問題もないから大丈夫だよ。…にしても、情けないところを見せちゃったな」
「情けなくなんてないです! むしろ、格好良かったですから!」
「そうか? …なら良かった」
どうやら、フーリは俺が倒れ込んだのを見てまともに立つこともできないくらいの重傷を負ってしまったのではないかと思い慌てて近づいてきてくれたようだ。
さすがの俺たちも訓練でそこまでの大怪我をすることはないし、あったとしてもすぐに治療をするようにしているのでそんなことはないのだが……この景色に不慣れなフーリが誤解してしまうことも理解できる。
それと、てっきりフーリも俺が惨敗した姿に幻滅したものだとばかり思っていたのだが、彼女は幻滅するどころかむしろ興奮した様子でこちらを持ち上げてくる。
とりあえず、フーリに頼りない兄だと思われていないのなら一安心かな。
彼女を守るために鍛えているこの身だが、やはり妹の前では格好つけたくなるのが兄心というものだ。
そんな複雑な心境を知ってか知らずか、フーリも俺の安否を確かめるために全身をペタペタと触っていたが……それも一段落すると、思いもよらぬことを言ってきた。
「…にぃさま、私も魔法を使ってみたいです。だ、駄目でしょうか?」
「え? フーリも魔法を?」
「はい! 私もにぃさまと同じようにやってみたいです!」
「……そうだな」
彼女から申し出てきた言葉。
フーリも魔法を覚えたいという希望に意表を突かれてしまったが、冷静に考えてみれば悪いことではない。
通常、貴族が魔法に関して修練を積んでいくのは大体五歳から六歳の間からであり、それを考えればフーリにはまだ少し早いのだが……別に早く始めたから不都合があるというわけでもない。
あぁ、俺に関しては色々と例外だ。なんせ生まれた時からやってきたことだし。
それは置いておくとしても、貴族にとって魔法を行使できるかどうかはかなり重要な要素だ。
例えば、この世界では前世には存在していなかった
どこから現れるのか、どのようにして繁殖しているのかなど明らかになっていない部分も多い存在だが、共通しているのは自分たち以外の存在に対して無差別に害意を振りまいてくるということであり、それは人にとっても大きな脅威であった。
そして、もし自治領内に埒外の力量を持った魔獣が現れた時には貴族は率先して民を先導し、その危機に立ち向かわなければならない。
貴族の仕事は領地の維持であると共に、いざという時の防衛戦力でもあるのだ。
俺もまだ実際に出会ったことはないが、そんな相手が将来現れないとも限らない。
そんな時は俺も全力をもって迎撃に当たるが、俺一人だけでは手が回らないことだってあるだろう。
それを考えれば、万が一フーリを守ることができない状況になってしまったとしても、ある程度自衛のための魔法を扱えるようになってくれれば俺としても安心できる。
…それに、フーリにはあの膨大なんてレベルではないほどの魔力があるし、それを腐らせてしまうのはさすがにもったいない。
もちろん、彼女の意思が最優先であることに違いはないがこうしてフーリ自ら魔法を学びたいと言ってくれている以上、今から妹を鍛えておくのも決して選択肢として無しではない。
むしろ、フーリの安全性を高められるようになることは大歓迎であり、その申し出は受け入れても構わないだろう。
少しの間悩むような素振りを見せながら、そんな思考を頭の中で巡らせる。
まぁ俺の独断だけで決めてしまうのも危険だし、一応師匠の考えも聞いておこうか。
「どう思いますか、師匠。俺としては今から魔法を使えるようになっておくことは良いと思うんですけど……」
「いいんじゃない? 私もアクトに教えてる身だし、そこに一人二人増えたくらいなら大して変わらないしね」
「ふーむ……分かりました」
師匠からありがたくも頼もしいお言葉を頂いたことで、意思も固まった。
……よし! そこまで迷うことでもないし、これがいずれ良い選択だったと思える日も来るだろう。
「わかった。じゃあフーリ。これから一緒に魔法を使ってみようか」
「ほ、本当ですか! 嬉しいです!」
「あぁ。…ただし一つ約束してほしいんだが、魔法を使うのはお前の身に危険が迫ったり必要に駆られた時か、俺たちとの訓練の時だけにしてくれ。むやみやたらに魔法を見せびらかすようなことはしないようにってな」
「はい! にぃさま以外の前では絶対に使いません!」
俺はフーリに魔法を覚えることを許可する代わりに、一つの条件を出した。
それは魔法を扱う場面を限定することであり、こんなことを約束させたのにもしっかりと理由がある。
彼女がどんな属性に適性を持っているのかは分からないが、あれだけの量の魔力を有するフーリのことだ。
属性に関係なくすぐにでも強大な魔法が扱えるようになるだろうし、それは俺としても嬉しい限りのこと。
…だが、俺以外の者にとってはそうとは限らない。
自分よりも幼い者が自らよりも遥かに強力な魔法を使えたり、圧倒的な才能があると分かればいらぬ妬みを買ってしまうこともあるだろう。
俺が危惧しているのは、フーリが魔法を行使する瞬間を目の当たりにした者達から余計な悪意を向けられてしまうことだった。
当然、そんなことになれば俺も全力で対処に当たるが、そもそもそんな事態にはさせたくない。
ゆえに、他人の目に留まるような場では魔法の扱いを最低限のものとし、然るべき時までは細々と練習をさせようと思ってこの提案をしたのだ。
そんな俺の無茶ぶりに対して、フーリは迷う素振りさえ見せることなく即答してくる。
…大分勝手なことを言ったと思うんだけど、まさか即答してくるとは思わなかった。
しかも、サラッとフーリも俺以外の前では使わないと宣言しているが……さすがに、師匠の前では普通に使ってくれていいからな? そうしないと色々と困ることもあるし。
まぁ、それは後々言っておけばいいか。
今は、念願の魔法を覚えられることに満面の笑みを浮かべている妹の可愛い姿を、この目に焼き付けておくとしよう。
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