第二十五話 実戦へ赴こう
無事にフーリの教会への視察も一段落し、あれから教会側の接触も問題なく減ってきたようでそのまま数日が経過したが、平和な日々が続いている。
そんな中で俺は一人で屋敷の中を歩いていたが、そうしていると不意に背後から声が掛けられた。
「やっほー! アクト、久しぶりだね。元気だった?」
「…師匠、お久しぶりです。ずっと屋敷まで来てませんでしたけど、何してたんですか?」
はつらつとした声色を出しながら近づいてきたのは、聞き間違えようもない俺の師匠でもあるレティシアのもの。
視察に向かってからは今日まで顔を合わせていなかったので何だか久しぶりな気がしてくるが、ようやく前に言っていた用事とやらが片付いたのだろうか?
「ちょいと野暮用があってね。まぁそれはいずれ教えてあげるよ」
「……今教えてくれはしないんですね」
「申し訳ないけどこればっかりはね。…ところで、フーリはどこに行ったの? いつもアクトと一緒にいるのに、今日はいないなんて珍しいね」
何だか話題を無理やり逸らされたような気がしないでもないが、こういう時の師匠は追及したところで教えてくれないことは長年の付き合いで分かり切っているので、こちらも諦めて質問に答える。
「フーリは教会に怪我人の治療のボランティアに出かけてますよ。なので今はいないですね」
「あれ? フーリって確か教会に狙われてたんだよね? それなのに一人で行かせても大丈夫なの?」
「……まぁ、そこは本人の要望もあったからこそですね」
現在のフーリは師匠にも言った通り、教会に治療人員としてのボランティアに参加するために出かけている。
ここで驚いたのは、そのボランティアに赴くことをフーリ本人から志願されたことだ。
どうやらあの教会での出来事は彼女の中でも良い心持ちの変化をもたらしてくれたようで、『自分の力が誰かのためになるのなら、それを使ってあげたい』と懇願された。
…そんな妹の宣言を聞いた俺は、フーリが他者のためを思って行動できる人間に成長してくれていることを嬉しく思った。
しかし、俺の独断だけでも決められることではないので、ひとまず父さんに相談してみようということになり、話を持ち掛けてきたところ……結果から言えば、了承をもらうことができた。
もちろん、スムーズに話が進んだわけではない。
フーリの才能を教会が狙っていると考えられる以上、過剰な接触をすることはその気があると向こうに思わせることにもなりえるし、考え無しに行動するわけにはいかない。
なので話し合いの結果、連日訪れるのはリスクが高いので治療のボランティアは日を置いてすること。
その日に起こった出来事をしっかりと報告することを義務付けることで決着をつけた。
落としどころとしてはその辺りが妥当だろうし、教会側の接触も考慮すれば報告の義務は必須だ。
フーリもそのことは把握していたのか、この条件を飲み込んだ。
それからというもの、数日に一度はフーリが教会に出向くことになった。…本音を言えば、まだ心に不安も残ってはいるのだが……何しろ彼女自身が決めたことなのだ。
それを信じて送り出してやらなければ、兄としての面目も立たないだろう。
自分にそう言い聞かせながらフーリを見送り、少しずつ立派に成長していくあの子の姿にほんの少しの寂しさも感じながら、俺は今日を一人で過ごしているところだった。
そして、そのタイミングで師匠がやってきたところだったが……彼女がやってきたということは、これから魔法訓練の時間か。
もはや慣れ切ってしまった唐突な訪問ではあったが、この師匠の弟子として魔法を学んでいる以上、これくらいの柔軟性は嫌でも身に付くものだった。
目の前に立っている師匠を見上げながらそんなことを考えていると、なぜか彼女はその口元に笑みを浮かべながら今日の訓練内容を俺に告げてくる。
「そっか。フーリがいないならちょうど良かったかな」
「ちょうどいいって……一体何するんですか?」
「アクトも大分実力を身に着けてきたからね。今日は趣向を変えて実戦訓練に行くよ!」
「実戦……?」
これまた予想外の一言が師匠の口から放たれてきたが、何と今日の訓練内容はいつものような模擬戦とは違うらしい。
彼女の言う実戦というものがどういったものなのかは皆目見当もつかなかったが、向こうは既にやる気に満ち溢れているので、予定は組みあがっているのだろう。
ただ、俺の実力が一定のラインに到達したと認めてもらえたことは非常に喜ばしいが、いきなり実戦に赴くと言われても困惑するばかりだ。
「そんな唐突に言われても、この近くに実戦に使えるような場所なんてないですよ? 遠出するとなると、それなりに時間もいりますし…」
「まあまあ。その辺りはちゃんと考えてるから心配しなくても問題ないよ。とにかく、ちゃっちゃと準備してきて庭に集合ね!」
「……はぁ。分かりましたよ」
俺の疑問などお見通しだったのか、どこか要領を得られないまま押し切られてしまうが、こちらとしては拒否もできないので従うしかない。
一体何をするのか欠片も分からないが、師匠も考えはあるようだし多分大丈夫だろう。…さすがに考え無しに外に出るなんてことはないよな?
自分の中でそんな不安が湧き上がってきてしまうが、師匠はそんなことを考えている俺にはお構いなしに庭へと向かって行こうとしているので、俺の方も準備を整えるために異動を開始する。
…まっ、いつもとは違う訓練に内心ワクワクしている俺がいることも事実だし、強くなるためにもしっかりとこなしていくとしよう。
◆
「おっ、来たね。それじゃあ早速行こうか!」
実戦訓練とやらのために持ち物やら装備やらを整えていた俺は、先に屋敷の庭で待ち構えていた師匠と再び合流し、どこへ行くのかも不明な訓練に赴こうとしていた。
…いやほんとに、せめて目的地くらいは教えてくれてもいいんじゃないだろうか。
「…師匠。その前にどこに行くのかくらいは教えてくれませんか? それによって移動手段だって変わってきますし、それを準備するとなるとやっぱり今からでは……」
「場所に関しては行ってからのお楽しみだよ! それにさっきも言ったでしょ? そこら辺はしっかり考えてるって!」
「…そこはかとなく不安なんですけど」
俺の不安などどこ吹く風といった様子で自信満々な姿をこちらに見せているが、そもそも俺たちが今いるのはそれなりに人が多く暮らしている伯爵領の中心だ。
そんな街の中で実戦訓練なんてできるわけがないし、それこそこうした際に適した場所となると、この場からかなり離れた土地くらいのものだが……そこに移動するだけでも相応の時間は持っていかれるだろう。
一応俺たちは【身体強化】によって移動スピードを底上げするという手段も取れるので、それで強引に押し切ってしまうのもなしではないが、やはり効率的な選択肢ではない。
…となると、残すのは他の何らかの魔法で移動することくらいだが、俺の知っているものでそんな都合の良いものはないはず………いや、待て。
そこまで考えたところで、俺の頭の中で一つの魔法が候補に浮かび上がってくる。
通常ならばありはしないと一蹴するような可能性だが、なんせ相手は魔女とも呼ばれているあの師匠だ。使えたところで何ら不思議ではない。
それどころか、実際は使えて当然くらいのものだろう。
となると、もう訓練場所との距離は大した問題でもない。
…残った問題としては、その移動距離の壁が取っ払われたことによって、俺がどこに連れていかれるかが完全に不透明になってしまったことだ。
先ほどまでは街からはそれほど離れていない場所に行くことになるのだろうと何となくで予想していたので何も考えずにここまでついてきたが、目の前の師匠なら平気で俺のことを危険地帯に放り込むくらいのことはやってきそうなものだ。
ゆえに、俺はすぐに師匠に目的としている場所のことを問いただそうとした……が、それは一瞬遅かった。
「…ちょっと待ってください。師匠、今から向かうのってもしかして……」
「はいはい! じゃあ時間もないから早く行くよ! ほら、手を繋いで!」
「いや、だから少し待って───!」
「文句は聞かないからねー! ……【
そう言うや否や、俺の手を無理やりつかむと同時に師匠はその魔法名をつぶやく。
そうした次の瞬間には、俺たち二人の姿は屋敷から跡形もなく消え去っているのだった。
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