貴族転生者、最愛の妹と異世界を謳歌する ~俺の妹が最高に可愛い~
進道 拓真
第一章
第一話 転生の定め
「おぎゃあ! おぎゃああっ!」
「おおっ、生まれたぞ!」
(………ん?)
身動きすらまともに取れないという不思議な感覚に違和感を感じた俺は、その妙な感覚に従って瞼を少しずつ開いていく。
そうして開いていった視線の先には、これまた見慣れない光景が広がっていた。
目の前には銀髪のロングヘアをふわりとたなびかせた美しい女性がおり、彼女は心から嬉しそうな表情を浮かべながらこちらを見つめてくる。
そんな女性の顔に俺は何だか無性に安心感を覚えてくるが……ふと別の方向を見てみると、こちらには色素の薄い茶髪であり、全体的に仕事のできる人間といった雰囲気を醸し出している男がいた。
「ガリアン、私たちの子供よ! ほら、もっと見てあげて」
「ああ。…とても可愛らしいな。きっと聡明な子に育つだろう」
彼もまた俺のことを満面の笑みで見てきており、何かを話しているようだが……耳もまともに働いていないのか上手く聞き取れない。
何が何だか状況が分からない俺は困惑の感情が強くなっていくが、そこであることを思い出した。
(ここはどこだ? そもそも俺はどこの誰で………っ!)
そこまで考えた段階で、脳裏には断片的な映像が浮かび上がってくる。
それは一人の男が地球と呼ばれる場所で暮らしていた時の記憶であり、いつものように仕事の残業を片付けてから帰宅する道中、疲労のあまり意識を失ったところでその映像は途切れている。
一気に流れ込んできた情報の渦に多少の頭痛が伴ってくるが、それ以上に現状に対する理解が深まったことでとてつもない衝撃が走ってきた。
(……マジか。多分…というか、ほぼ確実に転生したんだろうな)
記憶の中で見えてきた前世の自分。
普通の一般家庭に生まれ、普通に小学校に通い、そのまま中学、高校へと進学していった。
それからは自分の中でやりたいことも特になかったので、漫然とした気持ちのまま大学へと進み、就職を果たしたが………。
生来の責任感の強さゆえか、それともただ単に人が良かっただけか。
本来なら他人に頼んでおけばいい業務まで全て自分一人で抱え込む始末であり、その不器用さから日々残業をこなす毎日だった。
…おそらく、あの自分はその過労から倒れ込むまでに至り、断定はできないがそのまま亡くなったのだろう。
そしてにわかには信じがたいが、そのまま転生を果たした、と。
自分のことながら、今更なことでしかないがその阿呆さに呆れてくる。
とっとと周りに頼っておけばそんな結末を迎えずに済んだというのに……まぁ、それを言ったところで後の祭りか。
思わずこぼれそうになる溜め息を押し殺しながら、今はそんなことよりも現状を把握することの方が最優先だと意識を切り替えて、再び周囲を見渡してみる。
まず、自分がどうなっているのかを確認しようと動かしずらい手足を動かしてみれば、なかなか思い通りにはいかなかったが、眼前に持ってくることができた。
それは前世の見慣れた掌とは異なり、うるおいすら感じられる非常に小さな手であり、明らかに赤ん坊のものだった。
どうやら俺は赤子の姿で転生してきたようで、それならば周囲の男女……多分、母親と父親だと思われる彼らの反応にも納得がいく。
まだ言葉が聞き取りずらいので何とも言えないが、俺が生まれてきたことに大層喜んでいるようだったし、少なくとも愛情のある家庭に生まれることができたのは幸運だっただろう。
…ここまで喜んでくれると俺の方も嬉しくなってくるし、それに精神の方も体に多少なりとも引っ張られているのか、どこかこの人たちに親近感を感じているのだ。
前世では家族との仲も悪いものではなかったけれど、それでも特別良かったかと聞かれればそうとも言えなかった。
俺は就職するなり実家を出て一人暮らしを始めたし、それから両親とのつながりは非常に薄っぺらいものになってしまっていた。
俺以外に兄弟はおらず、一人っ子でもあったので親はしっかり可愛がってくれていたはずなのに、思い返してみればまともに親孝行すらできないまま死んでしまった。
…今更後悔したところで遅いのは分かり切っているが、それでもやるせない思いが募っていくのも事実だ。
(…だったら、今回の人生では家族を大切にしよう。もう、そのことで後悔はしたくない)
当たり前のように思っていた、家族と過ごせる時間。
それが決して永遠のものではなく、ふとした拍子に断たれてしまうものなのだということは嫌と言うほど実感できた。
ならば、何の因果で得られたのかも分からないこの命だが、それは何よりもまず家族や大切な人たちのために使おうと心に誓った。
いずれ断ち切られてしまう別れを、悔いの無いようにするためにも。
(でもまぁ、それも追々かな。なんせ現状も何も分からないし)
そうして決意を誓ったはいいが、ともかく今は情報が欲しいところだ。
家族との時間を大事にするのは当然だが、それと同じくらいにこの場所のことも知らなければならないのだから。
(見覚えは……ないな。少なくとも俺が前にいた場所とは全く似てないし、近くもなさそうだ)
周辺の環境を見渡して見てみれば、木材を主に使われて建てられた部屋の空間にシックを基調とした家具が置かれてある。
赤ん坊の体だからかもしれないが、かなり部屋の広さもあるように思えるしそれなりに裕福な家庭なのかもしれない。
それは今はいいか。
とりあえず、両親の容姿なんかからも考えれば日本人のものではないことは確かだし、やはり海外のどこかなのだろうか?
「…それにしても、泣き止んでから何も言わないけど、大丈夫なのか?」
「確かに……さっきからずっと周りを見てるけど、何か気になるものでもあるのかしら。シャーリー、どう思う?」
「特に体調が優れないようには思えませんが……少し変ですね」
(あっ、やばい。現状把握に集中しすぎてた)
キョロキョロと辺りに視線を動かし続けていると、その様子を不審に思った両親に心配そうな視線を向けられてしまった。
生まれた瞬間には唐突すぎる展開に混乱し、赤子の本能に従って大声を上げて泣き叫んでいたのだが、少し落ち着いてくるとその態度も放棄してしまっていた。
生後間もない赤ん坊がそんな反応を見せるなんて親からすれば不安の種でしかないし、それは二人の後ろで控えていたメイド服のようなものを身に纏っていた気品を感じる女性も同様だったようだ。
…とりあえず、声を上げておかないとさすがに不自然だったか。
「あ…ぅあ、だーっ!」
「わ、笑った! 笑ってくれたぞ!」
「本当? …あら、可愛い笑顔ね!」
俺はまだ成長しきっていない喉を震わせながら、必死に言葉をつむごうとしたのだが……まだまだそれには体が追い付いていないようで、舌足らずな音になってしまった。
だがそんな一声でも両親には十分すぎるものだったのか、無意識の内に浮かべていた笑顔に頬を緩めながら喜び合ってくれている。
このくらいのことで嬉しく思ってもらえるのは、こちらとしても冥利に尽きるので良いのだが……若干大げさではないかと思ってしまうのは、自分がある意味では当事者でありながら部外者だと感じているからだろう。
「ねぇガリアン。この子の名前だけど、どうするのかしら」
「それについてはもう考えてある。…アクト。この子の名前はアクトだ」
「あら! 良い名前ね! …私たちの可愛いアクト。どうか健やかに育ってね」
そう言うと母親と思わしき女性は、俺の頬を優しく撫でてくれる。
…アクトか。何だか少し照れくささもあるけど、大事な家族にもらった名前だ。
これからの俺は、その名前を背負って生きていこう。
その後も両親は俺の言動の一つ一つをつぶさに見守り、俺の方も赤ん坊の体力のなさゆえに次第に眠気が襲ってきた。
そんな様子を微笑ましそうに見る両親の姿を目にしながら、俺の意識はひとたびの闇へと誘われていく。
…こうして、俺の新たな生活は始まった。
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