第二話 魔法と家系


 俺が転生してから数か月が経過し、その間にもかなりの情報を集めることができた。

 赤ん坊ということもあって、普段はベッドの上で寝転がっている時間が大半なのだが……それでも、細かな情報収集を心がけてきた甲斐もあった。


 まず、数多く得てきた情報の中でこれが一番の衝撃だったんだが………どうやら俺が転生したのは異世界だったらしい。

 …うん。何を言ってるんだと言われてもおかしくない発言だというのは嫌と言うほど分かっているが、そうとしか言いようがないのだ。


 俺がこの事実を認識したのは生まれてから十日ほどが経った頃であり、その決定打にもなったのが、おそらくメイドだと思われる者達がなんと魔法を扱っていたのだ。

 何やらぶつぶつと言葉をつぶやいたと思った次の瞬間、その指先から水の球が出現した。


 いやはや、あの時の衝撃といったら、自分が転生したと分かった時と張り合えるくらいには凄まじいものだった。

 もちろん、その光景も偶然見かけただけで詳しいことは何もわかっていないし、それが魔法に似た何かだという可能性も捨てきれないが……今俺の目の前に広がっている景色からして、それも一概に否定しずらいのだ。


(…これ、何なんだろうな)


 眼前に広がる光景。

 それは、青とも緑ともつかない不思議なが、宙に漂っているというものだった。

 この何かに関しても、ある時試しにと目に力を込めてみたら偶然見えてきたものなのだが……その正体が一向に分からないので、首を傾げるばかりである。


 ただ、何も思い当たるものがないかと言えばそうでもない。

 偶然見かけた魔法らしきもの。そして目の前に漂う謎の何か。

 単なる気のせいに過ぎないかもしれないが、これらは何かのつながりがあるように思えてならないのだ。


(…もしここが本当に異世界だとして、あれが魔法だとしたら……これってもしかして、魔力とかそういうものか?)


 俺は前世でも、趣味の一環として異世界への転生を題材とした作品を読んでいたこともあったので、それと照らし合わせて考えてみればこの不思議なものは魔力のようなものではないかと推測できた。

 確証は何もないが、なんとなく大きく外れてもいないような気がするので良い線をいっているのではないだろうか。


(だとすると……これにも上手く説明がつけられるかな)


 意識を空中の魔力らしきものから逸らし、視界に力を込めるのをやめるとそれは途端に見えなくなる。

 次に俺が意識したのは、己の体の内側。具体的にはそこに感じ取れる言葉では言い表しにくい感覚だった。


 それを自覚したのはつい最近のことであり、これまでは特段触れてこようとも思わなかったのだが、魔法や魔力の存在を知ってしまえば無視をするわけにもいかない。

 腹の少し下に位置する辺り、そこにもまた不思議な塊のようなものがあることに先日気が付いたのだ。


 生まれ持った感覚だからか、特にそれを不快に思うこともないが……気になるものであることは確かだ。

 この体内にある妙なもの。そして先ほども見た宙に浮かび上がっていた何か。

 …これらが同じものだと仮定すれば、おそらく俺の中にあるものが、自分の保有している魔力なのではないだろうか。


(まだ何も分かってないけど……こういうのって、何か動かせたりするものか?)


「だっ…! うむ、あぁーっ!」


 体内に存在している謎の塊に触れてみようと、気合いを入れて声を張り上げながら手足をバタバタと振り回し、何とか魔力を操作しようとがむしゃらになっていると……ほんの少しだが、塊が移動したような気がした。


(おっ! 案外簡単に動かせるもんだな!)


 想定ではもっとてこずるものだと思っていたのだが、それに反して体内の魔力を動かすことは容易に成功した。

 これもきっと技術としては初歩の初歩であることに違いはないのだろうが……なんにせよ、大きな一歩であることにも変わりない。


 現状では魔法の扱い方なんかはさっぱりなので、しばらくはこれを継続してやってみればいいか。


(なら今度は、できるだけ広い範囲に動かせるように……って、うお!?)

「アクトちゃーん! まだお昼寝してなかったの? 駄目でしょう? ちゃんとお休みしてなきゃ!」


 今の体感でなんとなくの感覚はつかめた気がするので、次の挑戦に意気込んでいるといきなり体が空中に持ち上げられる。

 唐突に不安定になった平衡感覚に戸惑いが襲ってくるが、すぐに誰かの胸元に抱きしめられ、ホッとする。


「奥様! アクト様のお世話は私達が責任を持って行いますので、どうかそのあたりで…!」

「いいじゃない! 私だって息子との関わりを大事にしたいのよ。ねー、アクトちゃん」


 俺のことを持ち上げて抱きしめてきたのは、母親のセシル・フィービル。

 我が当主の正妻にして、血のつながった母親でもあるのだが……こうしたスキンシップは心臓にも悪いのでできればやめてほしい。


 …それともう気づいているとは思うが、これが異世界に転生してから驚いたことの一つ。

 俺は最初、部屋の様子や広さからしてそれとなく裕福な家に生まれたのかと楽観視してしまっていたが、現実はそれどころではなかった。


 なんと我が家はこの国の土地を一部任される貴族であり、代々その役割を担うフィービル伯爵家というらしい。

 そして何より、俺はこの家の長男として生まれたため、いずれとはいえそれを引き継ぐ義務があると………。


 その事実に気が付いた時、さすがに震えたよ。

 前世では単なる小市民でしかなかった自分に貴族の役割など務まるわけがないと思っていたし、それは今でもそう思っている。

 しかし、いくら我儘を言ったところで逃げようのない宿命だし、どれだけ騒いでも変えられるものでもないので、最近では半ば受け入れていることだった。


 自分に貴族としても働きができるかどうかは甚だ疑問だが、それに必要な知識なんかはこれから吸収していけばいい話だし、そう焦ることでもない。

 少なくとも、逃げることだけはないように腹を括ったということだ。


 だけど、その事実を知ってしまえば俺が生まれた時のあの喜びようにも納得がいく。

 何しろ自分の家を継ぐ長男が無事に生まれたんだから、それを祝うなという方が土台無理な話だ。


「アクトちゃんは本当に可愛いわねー。こんなに良い子なら、将来は格好良くなること間違いなしだわ!」

「あ、あの奥様……そろそろアクト様を寝かせませんと、お休みの時間ですので…」

「あら、もうそんな時間? それじゃ寂しいけど、お休みなさい。また見に来るわね!」


 傍にいたメイドから忠言を受けると、さすがの母もこれ以上無理をさせるつもりはないのか大人しくベッドの上に戻してくれた。

 だが、最初は家にメイドがいるという事実にも戸惑っていたというのに、さすがに数か月もここで生活をしていれば見慣れてしまったというのだから、人間の適応能力というのは凄まじいものだ。


 貴族ならこれくらいの使用人に囲まれた生活は当然なんだろうけど、やっぱり他人に身の回りの世話をしてもらうのって結構勇気がいるものだ。

 赤ん坊だから全部任せないと駄目なんだけどさ。


 いずれにせよ、今も俺の世話はメイドたちが交代制で見てくれているし、お腹が空いた時にはすぐにミルクを飲ませてくれたりもするので不自由することもない。

 …まぁ、排泄の世話なんかは少し気恥ずかしくもあるけど、こればっかりは今の体ではどうしようもないからね。

 前世の記憶があるからこその弊害なんだろうけど……もうそれは諦めた。


「それではアクト様? ゆっくりお休みなさってください」

「あーぅ……」


 そんなメイドの言葉を耳にすると、何か毛布のようなものが掛けられた気がする。

 俺の方も初めての魔力に干渉したことによって精神的な疲労が蓄積していたのか、その魅力に逆らうこともできずに静かな寝息が部屋に広がっていく。



 …あ、そういえば魔力の操作訓練しようと思ってたのにできてないや。

 まぁ良いか。それも明日以降にやるとしよう………。

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