第四話 彼女との出会い


 書斎を出てからメアリーの案内に従って少し歩いていけば、すぐに食堂にはたどり着いた。

 もともと何度も利用している場所なので、自分だけでも特に迷うこともない。


 そして廊下と部屋を区切る重厚な扉をギィッ…と開けていくと、そこには見慣れた二人の姿があった。


「あらアクトちゃん! もう読書は終わったの?」

「かあさん! うん。さっきおわったよ」


 真っ先に声を掛けてきたのは母さんだ。その長い銀髪をたなびかせている様子は見ているだけでも様になっているくらい美しいが、本人がどちらかと言うと天真爛漫な性格をしているので、お茶目なところも多い。

 だがその分のストッパーとして父さんがいるので、上手く回っているんだけどな。


「アクトか。メアリーから文字が読めると聞いた時には驚いたが……さすが私たちの息子だな」

「あはは……とうさんもやめてよ」

「遠慮しなくていいのよ! アクトちゃんは天才なんだから!」


 席に座った俺の左側に座っているのは、この伯爵家の当主でもあるガリアン・フィービル。

 公の場では厳格な人物として知られている一方、プライベートでは家族思いな親として接してくれているので公私は分けるタイプなのだろう。


 そんな二人のもとですくすくと成長できたことは俺としても心から嬉しいし、優しさを持って育ててくれたことに感謝もしているのだが……あまり褒めちぎるのは勘弁してほしい。

 文字が読めることは前世の記憶もあったからこそ習得できたことだし、言ってしまえばズルをしているようなものだ。


 今は子供という立場だからこそ優秀に見られるのかもしれないが、いずれ成長していった頃にその本質が露見して幻滅されることは避けたいので、ほんのりと否定するが……逆効果だったな。

 母さんはますますヒートアップするように俺のことを称賛してくるし、父さんもそれに同意するように頷いている。


 …こうなったらせめて、父さんと母さんの期待を裏切らないように努力を続けるしかないな。




 そんなこんなで、食事をしながら家族とのたわいもない談笑をしていると、ふと父さんが何かを思い出したかのように俺の方に話題を振ってきた。


「あぁ、そうだアクト。一応伝えておこうと思っていたんだが、実は明日来客があるんだ」

「…おきゃくさん?」

「そうだな。公式の来訪ではないから、そこまで大々的に迎えるものではないが……アクトも会う機会があるかもしれないから、この場で知らせておくよ」


 それは寝耳に水だったが、特段おかしいことでもない。

 ここは伯爵家ということもあって普段から商人などの身分を持った者達が訪れることは多々あるし、俺が生まれてからもそれは同様だった。


 ただ、少しその知らせに違和感を覚えたのは明日の来客が非公式のものであるということと、その事実を両親が何よりも楽しみにしているような雰囲気を感じ取ったからだ。

 これが仕事であれば父さんたちもこんな雰囲気は出さないだろうし、どんな人が来るというんだ……?


 そんな疑問を頭の中で浮かばせていると、その様子を見ていた母さんが笑顔になりながら教えてくれた。


「ふふふっ。明日来るお客さんっていうのはね、お母さんたちの古い友人なのよ! いつもなら軽く話をして帰っちゃうんだけど、アクトちゃんが生まれてから来るのは初めてだしせっかくなら顔だけでも見せてあげたいのよね!」

「へぇ……!」


 どうやら訪れる来客というのは両親の個人的な友人のようだが、母さんの話を聞いて少し興味が湧いてきた。

 まず、伯爵家というそれなりに身分が高い我が家にアポイントを取れるというだけで一般人ではないことは確かだし、話を聞いた限りではこちらに対してへりくだっているような人物でもないようだ。


 そんな相手がいたという事実も今まで知らなかったし、聞かされてもこなかったが……少し顔を見てみたいと思ったことは確かだ。


「まぁあいつのことだ。またフラッと立ち寄って帰るだけかもしれないから、頭の片隅にでも留めておいてくれ」

「あの子ももう少し社交的になればいいのにね……そうすればもっと話せるのに」

「…わかった」


 …どうやら、相手方も良いところばかりではないらしい。

 期待と共に内心で不安も高まってきてしまったが、あとは流れに身を任せるしかなさそうだ。




 そして、翌日。

 屋敷では朝から使用人たちが慌ただしく動き回っており、来客の準備に追われている。


 いくら非公式の来訪と言ってもそれは出迎えをしない理由にはならないし、簡易的ではあってもそれなりの準備は必要なのだろう。

 だがそれは俺にはあまり関係のない話なので、現在は自室で魔力の操作をしながら退屈しのぎに興じているところだ。


 母さんからはこちらが呼んだら来てくれと言われているので、それまではすることもないのだ。


(…そろそろ魔法の扱い方なんかも覚えてみたいところだけど、これに関しては書斎にも情報が無かったんだよな)


 体内の魔力を操りながら考えるのは、今もなお扱い方に手を掛けられていない魔法に関することだ。

 生まれて間もない頃から魔力を操ってきたので、これに限れば手慣れてきたものだが……いくら魔力を操れたところで、それを使える場所が無ければ意味がない。


 先日、書斎に入った時にもそれに関連する本が無いかと一応探してはみたが、それらしきものは発見できず。

 もしかすればどこかしらにはあったのかもしれないが、昨日の一幕だけでは見つけることができなかった。


(魔力の操作ができることを言いふらさないようにしてきたけど、そろそろ賭けに出る時か……?)


 この二年間、ひたすらにコソコソと隠れながら行ってきた魔力操作の訓練だが、それだけでは意味がないことも理解できていた。

 結局はそれを発露させられなければ宝の持ち腐れでしかなく、これよりも先の段階に進むためには家族にこのことを明かして協力してもらった方がいいのかもしれない。


(…そうだな。そうと決まれば、今夜あたりにでも話してみよう)


 今後の予定は定まった。

 まだ魔法というものに対する認識が定まっていない中でこれについて話すことに不安を感じないと言えば嘘になるが、そんな不安を抱えていてもあの両親ならば大丈夫だとも断言できた。


 生まれてから二年。何も実践してきたのは魔力の操作だけじゃない。

 家族との触れあい。忙しい立場なはずなのに、必ずそのための時間を確保して俺と接してくれたあの二人との信頼だって築かれているんだ。


 少なくとも、これくらいのことを伝えたところで悪いようにはならないと言い切れるくらいには信用している。


(となると、何て言って切り出そうか……ここは無難に、『魔法ってどんなもの?』とかかな……?)


 家族に話す覚悟も決まったので、あとはどのようにして話すべきかを悩んでいると、ふと外から妙な音が聞こえてきた。

 現在、屋敷の中は来客への対応に追われているはずなので、廊下が慌ただしくなっていることは別に不思議でも何でもないのだが……なんというか、聞こえてくる足音がこちらに向かってきている気がするのだ。


 コツンッ、コツンッ……という軽快に廊下に響き渡ってくるような音は、迷うことなく俺の部屋の前に近づき……そこまで来た辺りで、ピタッとその足音を静めた。


(……誰だ? 父さんと母さんはこの時間は来ないはずだし……)


 時間帯的にも、両親がこの部屋に来ることはない。

 だとするとメアリーか他の誰かの可能性が考えられるが……なんとなくその予想も違う気がした。


 そんな部屋の前で立ち止まった来訪者の正体が気になり、向こうからは動く気配も感じられないのでこちらから扉を開けようと立ち上がった時……唐突に、勢いよくそれは開け放たれた。


「やっほー! ここに噂の息子君がいるって聞いたんだけど、いるかしら!」

「うわっ!?」


 バタン! という音と共に現れたのは、燃えるような赤髪を腰のあたりまで下げながら佇む美女。

 その顔立ちは、一目見ただけで多くの男を惹き付けるのだろうと容易に予想できる美貌であり、恰好はこげ茶色のローブと頭には三角帽子を被っており、何というか……まさに魔法使いといった様相だった。


 しかし、それだけ美しい女性が現れたとはいっても展開が唐突すぎたため、俺の心臓は驚きのあまりバクバクと高鳴り、尻もちをついてしまった。


「ありゃ、驚かせちゃった? ごめんねー。セシルたちに話を聞いてたら居ても立っても居られなくなっちゃってね!」

「…えぇと、どちらさまですか?」


 いきなりここまでやってきていきなり謝り始めた彼女だが、こちらとしては何が何やらさっぱりだ。

 なので、まずは相手のことを聞いておこうと質問を投げかければ、とてもあっさりとした様子で答えてくれた。


「ん? あっ、私のこと? 私はレティシア。今日はガリアンたちのところに遊びに来てたんだ。君のことは二人からよく聞いてるよ、よろしくね!」

「は、はぁ……」


 自分のペースで話しまくる彼女……レティシアは、どうやらこちらのことをある程度聞いていたようだ。

 それと、何と彼女こそが今日屋敷に訪れる来客その者だったらしい。


 倒れてしまった俺に向けて手を差し伸べてくるレティシアの掌をつかみながら立ち上がり、何だか変わった人だなぁなんて感想を抱いた。

 それと同時に、どこか底が見えない彼女の力量にもなんとなくではあるが勘付いた。



 …そして、この時の俺は微塵も考えてすらいなかった。

 こんな奇妙な出会いが、自分の運命に強く関わってくることになるなんてことは。


 こうして、俺は後に師匠となるレティシアとの邂逅を果たしたのだった。

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