第十二話 可愛い我儘
俺たちが部屋でじゃれついていると、不意にそこに向かってくる一つの影があった。
その影はフーリのことを愛でている俺の姿を見るや否や、呆れたような感情を滲ませながら声を掛けてきた。
「あぁ、やっぱりフーリといたよ……アクト。妹が可愛いのは分かるけど、構いすぎじゃない?」
「あ、師匠。来てたんですね」
話しかけてきたのは、我が師匠でもあるレティシア。
火属性魔法の腕に関しては他の追随を許さない技量を持つ彼女には、三年が経った今でもまともに一撃を入れられていない有様だ。
…しかし、師匠と出会ってから既に四年は経過しているというのに、全く見た目に変化が無いんだよな。
燃えるような赤髪は元より、身長や背格好、顔立ちにもほんのわずかな差異が見られないので、何か特別な方法でも使って肉体の成長を止めてるのではないかと最近では疑っている。
(…まぁ、俺としては師匠が綺麗なままなのは嬉しいけどさ。それでもやっぱり不思議だよな……)
出会ったばかりの美しさが健在なことは彼女の弟子として嬉しいことでもあるが、やはり気になることにも違いないのでいずれ問いただしてみよう。
それよりも、師匠がここにいるということはもう特訓の時間か。
「結構前から来てたんだけど……気づかなかったの?」
「あ、多分その時はフーリに本を読み聞かせてましたね。それに夢中で気づきませんでした」
いつもなら師匠が屋敷に訪れたタイミングで魔力を感知して気が付くのだが、今日に限ってはフーリに構うことに夢中でそれを疎かにしてしまっていた。
…少し気が緩みすぎてたかもな。いくらフーリが可愛いとはいっても、それは油断していい理由にはならないし。
三年という月日は俺の実力を引き上げるのにも十分すぎる時間であり、今では魔法の力量もかなりのものになってきたと思っている。
水属性の魔法ももちろんのこと、あれも相当に強力な手札だし、使い勝手を考えれば場合によっては水属性以上の効果を持っていると断言できるくらいだ。
「はぁ……まぁいいけど、そんなんじゃいつか妹離れできなくなるんじゃない?」
「……否定も難しいですね」
溜め息交じりに漏らされた一言に俺は即座に否定しようとしたが、冷静に考えてフーリから距離を取るとか考えられなくなってきているかもしれない。
自分でもここまでシスコンになるとは思っていなかったが、これも全てはフーリが可愛いからだ。間違いない。
それはさておき、妹離れの件はまたその時になったら考えればいいか。
問題を先送りにしただけだと言われるかもしれないが、今考えたところで答えが出るとも思えない。
「まっ、それはいいや。とりあえずさっさと庭に行こう。今日はどれだけできるかも気になるしね」
「分かりましたよ。…悪い、フーリ。ちょっと師匠と魔法の訓練してくるから、放してくれるか?」
フーリとの時間が無くなってしまったことは非常に心苦しいが、師匠との訓練も俺にとっては比重が大きいもののためすっぽかすわけにもいかない。
なので、彼女に今も尚しっかりとつかまれている服を放してくれと言えば……実に不満気に頬を膨らませながら、一向に手放す気配のないフーリがそこにはいた。
「むぅ……嫌です! にぃさまは最近レティシアと過ごしすぎなのですから、私とも一緒にいてください!」
「…あー、そ、それはごめんな? これが終わったらまた一緒にいてやれるから、今だけちょっと行かせてくれないか?」
「嫌です!」
まさに聞く耳持たずと言った様子で、俺が魔法の特訓に行くことを拒んでくるフーリ。
…しまったなぁ。確かにここ最近は師匠が連日訪れていたので、それに付き合うように模擬戦を続けていたが……その間、彼女を一人にしてしまっていた不満が爆発してしまったみたいだ。
もちろん、その埋め合わせをするためにも模擬戦を終えた後にはしっかり彼女と一緒に過ごしていたんだが……フーリからすれば、俺がいない時間というのは退屈で仕方ないものだったんだろう。
そしてそんな時間を今日も味わうことになるのかとなれば……この態度も致し方ないか。
「…師匠、どうしましょうか。この状態のフーリを一人にしてあげたくはないんですけど……」
「そうだねぇ……フーリのブラコンっぷりも知っていたつもりではあったけど、それを甘く見てたよ。まさか私との模擬戦にまで嫉妬してくるとは……」
俺たちからすれば単なる魔法の練習時間でしかないんだが、どうもフーリはそれのことを、師匠が俺のことを独占していると認識しているきらいがある。
実際はそんなことは全くないし、何なら俺もできることなら彼女と一緒にいてやりたいのだが、フーリにとってはそんなこと知る由もない。
…うーん。本当にどうするか。
こうなってしまえばフーリは俺から決して離れようとはしないし、無理やり引きはがすのも可哀そうだし………。
現在進行形でしがみついてくるフーリの頭を優しく撫でながら、ほんのりと説得を試みるがそれも成果は著しくない。
むしろ絶対に離すまいと握る力を強くしてくる始末で、もはや打つ手がなくなってしまった。
そんなどうしようもない状況に頭を悩ませていると……隣で何かを考えるような素振りをしていた師匠が、とある提案をしてきた。
「…それならいっそのこと、フーリも庭に連れてきたら? 別に邪魔をしようってわけじゃないだろうし、フーリはアクトと一緒に居られたらいいんだよね?」
「連れてくって……魔法の特訓にですか?」
「そうそう」
「…それは危ないでしょう。模擬戦の中で流れ弾だって飛んでくかもしれないのに……」
いくら師匠も手加減をしてくれているとはいえ、模擬戦では相手に意識を集中させる分、周囲への警戒が疎かになりがちだ。
そんな中でまだまともに魔法を習ってもいないフーリを連れて行ったりしたら、大怪我をしてしまうことだって十分にありえる。
なので、その案はさすがに認められない。
そう思って苦言を呈するが、師匠もそんなことは織り込み済みだったのか言葉を続けてくる。
「ちゃんと対策は考えてあるよ。フーリには私が結界を張ってあげれば魔法が間違って飛んで行っても防げるし、結界が破れるレベルの魔法は使わないしね。それなら大丈夫でしょ」
「……それなら、まぁ…」
…確かに、師匠が直々に彼女を守ってくれるというのならこれ以上なく安心できる。
まだフーリを連れていくことに不安が残っていないと言えば嘘になってしまうが……考えたところで、それ以外の妙案も浮かんでこないことも事実だった。
これ以上時間を浪費するわけにもいかないし、ともかく本人の意思を確認してみようか。
「…フーリ。もしよかったら魔法の練習を見に来ないか? 少し危ないかもしれないから、もちろん嫌だったら……」
「行きます! 見に行きたいです!」
「おぉ…まさかの即答だよ」
先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。
一瞬にして顔を上げながら期待に満ちた瞳をこちらに向け、詳細を聞くまでもなく返事をしてきたフーリに思わず苦笑してしまう。
…まぁ、フーリの場合は俺と一緒にいられるなら何でもいいんだろうな。
じゃなきゃこんな反応はしないだろうし。
なんにせよ、これでひとまずは意見も丸く収まった。
満足げに俺の胸の内で笑っている彼女の表情を見れば、この後の模擬戦の辛さも楽々と乗り越えられる気さえしてくるのだから、不思議なものだ。
「じゃ、行こうか。フーリは……しばらくは離れなさそうだし、アクトが運んであげな」
「はいはい。分かってますよ」
未だにしがみついてくるフーリは、いざ移動するとなっても離れる気配が微塵もないので、俺が抱っこをして運ぶことになった。
いつまでも甘えん坊な彼女には困ったものだが、そんなところも可愛らしいのだから反則である。
ともかく、何だかんだでフーリが見守る中で行われることになった模擬戦だ。
兄として格好悪い姿は見せられないし、いつもよりも何倍も気合いを入れて臨むこととしよう。
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