第十一話 成長した姿
「にぃさま! にぃさま! このご本を読んでください!」
「ん? フーリか! もちろんいいぞ!」
屋敷に響き渡る可愛らしい幼子の声。
パッと振り返れば、そこにはふわふわとした銀髪のセミロングを揺らしながら、深い碧色の瞳を輝かせた美しい幼女がこちらに向かってちょこちょこと走ってきており、その姿を見て俺は頬をほころばせる。
彼女こそは俺の妹にして、世界で最も可愛らしい子でもあるフーリこと、フローリア・フィービルだ。
あの日、フーリが産まれてから既に三年が経過し、俺も今では六歳となった。
彼女が成長するまでの三年間、俺は常に全力の愛情をもってフーリに接し続けてきた。
時には本を読み聞かせてやったり、またある時には一緒に寝たり、風呂に入ったり等々。
正直傍仕えのメイドよりも、両親よりも一緒に過ごしてきた時間は長いと断言できるレベルだったが、目に入れても可愛くない妹と過ごせるならば苦ではないどころか幸福に満ち溢れていたものだった。
そしてこれは俺の勝手な願いかもしれないが、彼女には優しい子に育ってほしいと思っている。
あの膨大なんて言葉では足りないくらいの魔力量からも分かる通り、フーリにはとてつもない魔法への才能があるのだろう。
しかし、一歩間違えればそれは傲慢の材料ともなりえるものだ。
自分は他人よりも優れている。他者など取るに足らないものでしかない。…そんな考えを持ってほしくはなかったのだ。
ゆえに、俺は共に過ごす時間の中でフーリの道徳心を養うためにも、隣人愛の大切さや弱き者を守ることの尊さを教えてきた。
その甲斐もあってか今では、フーリも他者を軽んじることのない優しい心を持った子に成長してくれた。
ただ、前に述べたように外せない用事以外の時間はずっとフーリと共に過ごしてきたので、さすがに構いすぎて嫌われてしまうかもしれない、なんて懸念も密かに思っていたのだが……そんな俺の予想に反して、フーリは非常によく俺に懐いてくれた。
それこそ、赤ん坊の頃なんかは俺が傍にいないと泣き出してしまうくらいのものだったので、必然的に一緒に過ごす時間が増えたという事情もあるが………。
ただ、明らかにその懐き方が普通ではなかったので、一度師匠にどうしてフーリがこんなにも俺に懐いているのか聞いてみたことがある。
すると師匠曰く、「フーリはアクトが自分を助けてくれたことを覚えていて、その影響から懐いてくれているのではないか」という回答が帰ってきた。
なるほど。確かに、フーリが産まれてきたあの時に俺は彼女の魔力に干渉して一命を取り留めさせたし、そのことから俺に恩義のようなものを感じているというのならこの懐き具合も納得できる。
俺としてもフーリが自分のことを嫌ってほしくはないし、こうして近くにいてくれるのは嬉しい限りなので、それ以上は特に深掘りもしなかった。
…まぁ色々と語ってきたが、結局は俺の妹が最高に可愛いということだ。
そんな妹に本の読み聞かせをせがまれた今、これを断る兄など存在しない!
「それで? 何の本を読めばいいんだ?」
「これです! これがいいです!」
そう言ってフーリが目の前に差し出してくるのは、この国ではかなりメジャーな物語でもある『聖剣英雄譚』という一冊の本。
内容としては、平凡な平民だった男がある時聖剣という伝説の武器に選ばれ、それをキッカケとして力を得ながら成長していき、様々な困難を乗り越えながらも幸せな結末を目指していく……というかなりありきたりなものだ。
だが、ありきたりのものだからこそ根強い人気もあるようで、この世界に生きていれば誰もが一度は聞いたことのあるくらいには知名度がある。
かくいう俺も幼い頃には母さんから読み聞かせられたし、内容に関してはしっかり履修済みだ。
「よしよし、それじゃ読もうか。ほら、こっちにおいで」
「はい! 失礼します!」
そう言うと、フーリは本を読むために座った俺の膝の上にぽすっと収まってくる。
彼女に本を読み聞かせるときはこれが俺たちのフォーメーションであり、いつの間にか当たり前のものになっていた。
実を言うと、この体勢を続けていると足が痺れてくるので少しきついのだが……一度、それを理由に降りてみないか? とそれとなく聞いてみたところ、フーリが涙目になりながらこちらを見つめてくるので、やむなく断念した。
…最愛の妹の涙に勝てる兄など存在しない。彼女を泣かせるくらいなら、俺は自分の足でも何でも犠牲にしてみせよう。
そんなよく分からない覚悟を決めていると、フーリが期待に満ちた瞳を向けながらわくわくした様子で待ち構えている。
「それじゃあいくぞ。昔、ある村には平凡な若者が───」
それから俺は物語を一ページ一ページ朗読していき、本の分厚さもそこまでのものではないのでほんの十数分程度で読み終えた。
パタン、とそれまで開いていた本を閉じ、一仕事終えてほっと一息ついていると、膝の上に座っていたフーリが満面の笑みをこちらに向けてくる。
「面白かったです! やはり、最後のお姫様と結ばれるところは感動しました!」
「そうかそうか。そう言ってもらえたなら読んだ甲斐もあったかな」
大枠の中身としては冒険譚を題材にしていることもあって、戦闘や友情をテーマにした場面が多いのだが……フーリも女の子といったところか。
最後の描写で主人公とその国の姫が結ばれるところには、無邪気な憧れを抱いたようにはしゃいでいる。
(…だけどこういうのは、物語の専売特許だよな。普通は国の王族と平民が結ばれるなんてよっぽどのことでもない限りありえないし)
そんな妹の姿を眺めながら、俺の頭では少し冷めた思考が浮かんでくる。
確かに物語としては美しい結末だが、それはあくまでフィクションとして構成されているからだ。
これを現実に置き換えて考えるなら、まず王族の姫と会話をするなどいくら聖剣を所有する身だからといって気軽にできるものではない。
下手をすれば、話しかけた段階で不敬だといって首を飛ばされても文句は言えない。
それほどまでに貴族と平民の身分の違いは大きいし、この世界では血筋が重要視されているのだ。
だからこそ、その身分制度に不満を抱えているやつらも中にはいるわけで………。
(…けど、少なくともフーリにはそんなことを気にしないで生きてほしいもんだ)
貴族として生を受けた以上、面倒なしがらみからは逃れられない。
それは平民の上に立つ者として、決して避けられないことではあるが……そういったことには縛られすぎないでほしいと思わずにはいられなかった。
まぁ、少なくとも今はそんなことを考える時ではないだろう。
フーリが貴族としての責務を背負うようになるまでまだまだ時間は残っているし、それまでは存分に可愛がってやればいい。
「フーリは本当にいい子だよなぁ。兄として誇らしいよ」
「本当ですか? にぃさまにそう言ってもらえるなら嬉しいです!」
「こんな良い妹がいてくれて俺は幸せ者だよ。よし、もっと頭を撫でてやろう!」
俺の体の中にすっぽりと収まっているフーリのことを世辞抜きで褒めながらその頭を撫でてやれば、彼女は心から嬉しそうな笑顔を浮かべながらこちらにもたれかかってくる。
そんなちょっとした仕草も可愛らしく、もはや狙ってやっているのではないかと思えてきそうな魅力を秘めているフーリに俺はさらに撫でる力を強くしてやった。
フーリの綺麗な髪型は崩さないように細心の注意を払いながら、目一杯の愛を伝えるようにわしゃわしゃと触れていれば、彼女もそれで上機嫌になったようでさらに笑ってくれた。
部屋に響く笑い声が空間を満たす中、俺たち兄妹はほんのひと時のじゃれ合いを楽しんでいった。
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